33 兄の告白

ソル

それじゃあ、オレも告白するよ

エルカ

……え?

 きょとんとした、ワインレッドの大きな瞳。

 エルカの顔には、何を言われているのか分からない……と書いてある気がした。

 そんなエルカに、ソルは静かに説明する。

ソル

罪の告白だ

ソル

……オレも二人を刺しているんだ……オレが現場に来たのは二回、一回目はお前と父さんが接触して別の部屋に移動した後になるだろうな。

ソル

オレは血だまりの遺体を刺している。お前は父さんを疲弊させるために、わざと走り回ったんじゃないか?

エルカ

………確かに、私たちはあの場から離れているね

ソル

オレはあの二人を自分のナイフで刺したんだ。まぁ、別の部屋にお前たちがいるなんて知らなかったけどな。

ソル

目の前の二人しか目に入っていなかった。もしかすると、物音は聞こえていたのかもしれない

エルカ

知っていれば、ソルはあの人も殺害しようとしていた?

ソル

成功しているかは分からないけど、そうしていただろうな。あの時はオレも……あの二人を刺すつもりで家に入ったんだ。気持ちも高ぶっていた。

ソル

確実に出来ると思っていた。でも、実際に刺したのは、遺体だった。それで自分でやった気になって……バカみたいだな。

ソル

でも、お前と違ってオレは確実に刺している。そのナイフはきっと回収されているだろうよ。それにはオレの指紋がついている

 明るい表情でソルは言った。手に感触は残っている……。


 曖昧な記憶だけど、確かにこの手で握ったそれで彼らを刺した。

 そうだ、この罪を背負うのは彼女ではなく自分なのだ。


 ソルの告白をエルカは、ぼんやりとした目で聞いていた。

 そして、ふいに笑みを浮かべると静かに告げた。 

エルカ

…………嘘だね

ソル

え?

エルカ

確かにそのナイフに貴方の指紋はついているでしょうね。だけど、ソルも刺していない……

ソル

いや、オレはナイフで、あの人たちを

エルカ

何を言っているのかわからないよ。だって、ソルのナイフは玩具じゃないの?

ソル

……………う

エルカ

兄さんが言っていたよ、周囲を威嚇するために持ち歩いているだけの玩具のナイフだって。だから、怖がる必要はないって

ソル

……は、はははは……気付いていたのかよ

エルカ

ソルはナイフで刺したかもしれないけど、それは玩具のナイフ。そんなものでソルが犯人だって思う人はいないと思うよ。

エルカ

貴方のナイフは回収済だとしても、自警団の人たちもビックリしてるだろうね。凶器だと思ったら、柔らかい玩具なんだから

ソル

はははは………

 その通りだった。

 ソルが持ち歩いているのは先端が丸い玩具のナイフ。そんな玩具のナイフでは殺害なんて出来ない。

エルカ

ソルが二人を刺したと思ってしまった理由はね、私の私の父さんの魔法の所為だと思うの

ソル

え?

エルカ

父さんはまだ息があったみたい。どうしてなのかは分からないけど、ソルに幻覚を見せたみたいね。彼らを殺害するという幻覚を……

ソル

………そうだったのか

エルカ

炎以外にも魔法の気配があったの。幻覚魔法によってソルは目的を果たしたと錯覚。

エルカ

ソルは目的を果たしたから、その場から立ち去ろうとした。実際にはソルは手を汚さないまま、現場を去っていった

ソル

………っ

エルカ

………父さんの炎のお蔭で……私も、手を汚さずに済んでいるのだけどね

 どうして、そんなことをしたのだろうか。

 エルカとソルには殺意も動機も十分にあった。

 しかし、マースのその行動で手を汚すことはなかった。



 どうして、そんなことをしたのだろうか。

 すでに亡くなっているマースに、問いただすことはできない。

 想像するにしても、エルカやソルが、マースと過ごした時間は短すぎたのだ。

ソル

オレたちの手を汚さずに、オレたちが殺意を抱く自分たちに死を与えた。あの人はエルカの手を汚したくなかったのでは……

エルカ

父さんがいない今……わからないことだよ

ソル

そうだな……

エルカ

ほら、話を戻そうか。私があの人を突き落とした理由を教えてあげるね

ソル

ああ

エルカ

………あの時の私は逃げることしか出来なかった。逃げて時間を稼ぐことが私の目的だった。あの男を興奮させて疲弊させて、そしてあの地下に落とす。

エルカ

後は、父さんの炎が全部焼いてくれる。地下に落ちたあの人のことは殺せない。けれど、地下に入ったら自力で外に出ることはできない。

エルカ

そうなれば世間的には行方不明になるよね……真犯人は闇の中。現場に残されたのは血塗られたナイフ。それが状況証拠になって犯人は私になる

ソル

お前は、そうすることで……自分の罪になるって本気に思っていたのか

エルカ

もちろん

ソル

オレは自首しているぞ。オレが持っていたのは玩具のナイフだが、お前のナイフも残っていた。ナイトによれば、魔法で指紋が消える代物らしい。

ソル

だから、考えようによってはオレが使って指紋を消したとも考えられるだろう。あれがお前のものだと知っているのは家族だけ。

ソル

だけど、第三者にすればただの凶器だ。それが誰のものなのかなんて誰も気にしない。それを誰が使ったのかだ。現場から出てきたオレが、殺害したと騒げば、オレとナイフが結びつくだろう

エルカ

え………

 ソルの口元には、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。

 エルカは指紋が消えるものとは知らなかったらしい。

 目を大きく見開く。

 その反応を確認してからソルは苦笑いを浮かべる。



 もちろん、それだけでソルが犯人になることはないだろう。


 それはナイトにも指摘されていた。

 だから、エルカにも告げた通りに、地下書庫にいる真犯人を引っ張り出すしかない。

ソル

……まぁ、オレが犯人になるのも難しいだろうけどな

エルカ

兄さんが動くよね

ソル

お前があいつを解放しないというのなら……ナイトは罪を被る……それぐらいは朝飯前だろうよ

エルカ

……でしょうね

 あの兄なら二人分の罪を被れるだろう。

 エルカも苦笑で返していた。

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