31 少女の告白2 

エルカ

私は物音が聞こえなくなっただけで、あの人がいなくなったと思い込んでしまったの。あの時は、私も冷静じゃなかったから……

ソル

あいつは……お前を待ち伏せしていたのか

エルカ

多分ね………私はその可能性を失念していた。私が彼らを刺す直前に、あの人が声をかけてきたの。

エルカ

驚いた私はナイフを血だまりの中に落としてしまったの。これで血塗れのナイフは出来たんだよ

 ソルは目を細めて彼女の言葉に耳を傾ける。

 現場で発見されたという血濡れのナイフ。

 凶器の可能性が高いと言われていたそれの真相は、彼女が現場に落としただけのナイフだった。

ソル

それが凶器であると見られているそうだ。血塗れのナイフは、血だまりに落としたってだけだったのかよ。それで刺してなかったのか

エルカ

そうだよ。そのナイフでは刺してない。あの人が使っていた凶器は、今もあの人が持っているはず。それが本物の凶器だね……

ソル

………

エルカ

あの人は怪我をしていたよ。足を引きずっていた。それでも、私が子供で、相手が大人であることは変わらないよね? 

エルカ

正面で戦うなんて自殺行為はできない。かと言って、逃げるなんて選択肢もなかった

ソル

それで……

エルカ

あの二人にナイフを突き立てるのは後回し。だって私にとって、あの人は邪魔な存在だったから。邪魔者をどうにかすることが先決だと判断した。

エルカ

私の手ではどうすることも出来ないけど、地下書庫に突き落として閉じ込めてしまえば、時間が彼を殺してくれる。そう思ったの。幸い、父さんが放ってくれた炎もあるしね。

エルカ

火事を起こしたのは父さんだけど、これも私の罪に差し替えられる

 ソルはゾッとするものを感じて、彼女の頭から手を離していた。


 エルカは離れた手を一瞬だけ、名残惜しそうに見ていた。しかし、すぐに表情を元に戻す。


 先ほどからエルカは嬉々としていて楽しそうに話していた。幼い頃、物語の内容をソルに告げていたときのような無邪気な笑顔で。



 早口で事件の内容を語る。

ソル

そ、そして………お前は

 確認することが怖い。

 そう思いながらソルは彼女に問いかける。


 彼女に確認しなければならないことがあったのだ。

ソル

オレの父さんを地下書庫に閉じ込めたのか

 その言葉に、エルカの笑みが深まる。


 誇らしげな表情を見た瞬間、ソルの背中に寒気が走った。

エルカ

そうだよ。あれはソルが来る直前だったね。あの人は怪我をしていたし、扉を開いてすぐに急な階段があるとは思わなかったのでしょうね。

エルカ

簡単だった。私は地下に突き落として鍵をかけた。そこで、ソルと再会した。ソルが、それに気付くのは意外だったな………以上が私の告白です

 エルカと再会したときに聞こえた物音、


 あれは父親が転げ落ちた音だったのだ。

 あの時、エルカは鍵をかけてそれを投げ捨てていた気がする。


 話はこれで終わったのだろう。

 エルカはソルから離れて、再び優雅なお辞儀をする。

ソル

これが、お前しか知らない真相だな

エルカ

そうだよ……これを全部まとめて、一言にすると……

エルカ

…………全員、私が殺したのよ

 自らの罪の告白を終えたエルカは、嬉しそうに口元に笑みまで浮かべていた。


 しかし、ソルを見据える双眸は濁ったままで光を失っている。

ソル

な、何でそうなるんだよ。お前はあの二人を刺していないのに、どうして……

 言いながらソルはエルカに歩み寄った。

 エルカは二人を刺す直前にあの男と接触した。

 そして、その場を離れている。

 だから彼女は遺体に触れていない。



 それがどうして、全員を殺したことになるのだろうか。誰も殺していない。


 困惑するソルの瞳に、エルカの無邪気な笑みが返される。

エルカ

結果的にそれが真実になるからだよ。ちがう、私は、それを、真実にするの

ソル

違うだろ………やめてくれ

 エルカが視線を上げると、涙でぐしゃぐしゃになったソルの顔があった。


 年上の男の人に泣かれると困るのに、こんな顔をされたら、もう何も言えなくなってしまう。

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