では、そんな姉妹の様子に和み掛けるも、
とはいえ
と切り出した。
無償の加護というものは、与え過ぎては龍種の品位に関わります。ですから、宝物庫の番人、そちらを務めることに関しては"対価"を頂きましょう
その言葉は、やはり対価などという語に反して穏やかだった。
口元に柔らかな笑みを浮かべ、祈雨丸は緋奈
子の方をそっと見た。
!
視線を受けた緋奈子は、思わず背筋を伸ばした。
そして彼の聞き覚えのある言葉に、改めて先ほどのやり取りが思い出されてじわじわと赤くなっていく。
一方の綾緋は、“対価”という言葉に寧ろ納得したように頷く。
いいだろう。朱華が出せる対価ならば……
が、その二人の無言のやりとりを目に入れて怪訝そうな表情を浮かべた。
ええ、では
全てに構わず、祈雨丸は答える。
貴殿が姉君、朱華緋奈子を我が妻として迎えたい
……………………は?
たっぷり数秒。綾緋は固まって、呆然とした声を上げる。
その間は先ほどの緋奈子とよく似ていたかもしれない。
そして次の瞬間、
はぁーーー!?!?!ま、まてまてまて!!なぜそうなる!?!?
腹の底から抗議の声が出た。
なぜと申されましても……ここに至るまでには実に多くの事件、葛藤がありましたから、長いお話になるかと
ね、と同意を求めるように緋奈子に向けて笑う。
www
ワナワナしている綾緋がいる……
分かる(わかる)
普通に考えたら人として常識が吹き飛んでるもの、この蛇。
ただ、一つ申し上げるのであれば……強く、優しい、何処までも人らしい人、その魂の在り方。美しいと感じました。貴殿、綾緋さんが姉君を慕うように、祈雨もまた緋奈子さんに焦がれてやまないのです
……!!
真っ直ぐとしたその瞳に、綾緋はぐっと言葉に詰まった。
ワナワナと震え、ぱくぱくと口を開閉し、なんとか彼を弾劾しようとするのだが、言葉が出ない。
その一方で
ちょ………やめて……そ、その辺で……カンベンして……きーやん……
ストレートに褒め殺された緋奈子はというと、髪の色と同じくらい顔を赤くして、
もそもそとそんなことを呻いていた。
朱華姉妹をひっかきまわす蛇、ほんと悪い奴だな…!!
ふふwwww
ちなみになんですが、もうちょっと祈雨様から綾緋をいじりた…説得したいとかありますか???()
ふふw
綾緋、もうちょっと抗議してきそうではあるんですが、緋奈子がもう仲裁にはいるか、祈雨様からいじり…説得するかでお好きなほうにしようかな、と!
惚気(?)ならいくらでも出そうですが……抗議内容にも…寄るかな…?
ふふwww
じゃあ一言投げようかな!
おっ!
しかしそんな蚊の鳴くような緋奈子の言葉は、綾緋の耳には入らず、
そ、そんな、言で!ゆ、許されると思ったら大間違いだぞ!この……!第一そんな、人質のような……!!姑息なッ!!!!
ふんがー!!目が若干ぐるぐるしている。
こんらん している ようだ。
ああ、それについては……あたかも人身御供を強いるような物言いと勘違いさせてしまっていたら、すみません
と、祈雨丸はパニック状態のような綾緋を宥めるような口調で言う。
ですが、真の意味で御座います。龍種の体裁とはいえ、このような機に申し入れることをお許しください。……それに、私は人の意思を蔑ろになどいたしません。既に同意を頂いておりますれば
そうですよね?
と言いたげな祈雨丸の微笑みが、緋奈子に向けられた。
同意、だと……!?
音が出そうな勢いで、綾緋の視線もまた緋奈子に向けられる。
うぇ、え、ぇぇえとぉ……!!
二人の注目を受け、真っ赤になったまま、視線が右へ左へ。
そしてやがて観念したように、祈雨丸を見、そして綾緋を見、一つ頷いた。
ぅ、ぅん……、おっけー、した……
ふにゃっと、なんとも緩い笑みを浮かべて。
!!!!!!
衝撃を受け、固まったのは綾緋だった。
ふふww
ピシッってなってますね……!!!www
そのふにゃっとした表情を見て、
こちらもまた笑顔を隠し切れないと言った様子でいる。
~~~~~~!!!!
悟ってしまった。
綾緋は幼いながらに“理解”してしまった。
二人の間に流れるこの空気を。
ごめんて(笑顔)
姉は自らを犠牲にこの蛇に身を捧げなどというそういった悲壮な決意のようなものではなく、
ただ、一人の女として、この男の言葉を受け入れたのだ、と……!!
ごめんてぇ(にっこりするわ)
………………………
何か言いたげに顔を歪め、しかし何も言うことはなく、しばらくの沈黙の後長いため息をついた。
………………、蔵満祈雨
ぼそりと、地を這うような声で、どこか据わった目で祈雨丸をにらみつける。
……祈雨昏水都早社宮司、我が神名にて
一方の祈雨丸は、ただ真っ直ぐに綾緋を見据える。
申し訳なさ、あるいは慢心、しかしそのどちらでもない表情で。
改めて、祈雨丸は応答した。
……はい
……祈雨昏水都早社宮司
神名を名乗られ、改めてその名で呼びなおす。
貴様が姉さまに無体を強いたわけではないこと、それは納得しよう。姉さまも、朱華のためと己の意志を殺したわけでもないこと、これも……理解した
したくなかったが、というのが若干声ににじみ出ている。
ふふ、強情な妹よ……
努めて淡々と言う。
……正直なところ、私は貴様が姉さまをたぶらかしたと思っているし、私個人の感情としては!今すぐにでも奪い返してやりたいところではある!
最後のほうは抑えきれず声が荒ぶる。
しかし、すぐに
……だが
と落ち着きを取り戻す。
……それは私のただの我儘だ。そんなものよりも、私は姉さまに幸せになってほしい。姉さまが、貴様の隣にいることを幸せというのなら、私にはそれを阻むことはできない
あきらめと、そしてやっと小さな微笑みを浮かべてそう言った。
祈雨昏水都早社宮司。誓え。決して姉さまを悲しませるな。姉さまを泣かせるな。もし姉さまを苦しませてみろ。この私がすぐにでもその無駄に長い図体を焼き切ってやる
呪詛のような、それでいて祝福のような、そのような言葉を投げつける。
……
少しの沈黙ののち、祈雨丸は自らの左胸に手を当てた。
ええ、誓いましょう
ただ一言、述べた。
その時は貴殿の気が晴れるまで、この身を呪うがよい
――嘘は、最も忌むべきものであるが。
(幸せに、必ずするだなどと)
魔法使いとて運命に弄ばれる身であり、時として最愛たる人間一人の涙さえ、守れぬ日があるかも知れない。
呪うと言ったな、焼き切ると言ったな、我を。
朽ち縄を。
良いだろう、我がその誓い違えた日には、貴様の怒りを以て、水禍となろう。
故に、誓う。
約束、ではないのだ。
緋奈子さんを守りましょう、雨龍が誇りのある限り、永久に
……
その言葉をじっと聞き、そして頷いた。
その言葉、しかと聞いた
……綾緋
そんな妹に、緋奈子は優しく声をかける。
……ありがと
そうして、嬉しそうに笑った。
……もう、姉さまってば……
呆れたように、しかし綾緋もまた優しく笑んだ。
仕方ないなぁ
そう言いながら、どこか安心をにじませて。
……よかった
祈雨丸がぽつりと溢した言葉もまた、安心から来た言葉だった。
それは、魔法使いでも、龍でもない、一人の青年のような素朴な笑みだった。
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NEO HIMEISM 様
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