幕間

この街について魔女は語る

この話は聞かなかったことにして欲しい。だってこれは、ただの女の戯言なのだから。

私?

私は通りすがりの魔女よ

 この、トロアの街には人間と魔法使いが暮らしているの。

 かつて、この地は荒れ果てた大地だったわ。

 戦争によってこの辺りの集落は壊滅したの。

 かろうじて生き延びた人たちは貧しい生活を強いられていた。

 それは戦争が終わったあとも変わらなくね。

 ここを全な土地にしようと立ち上がった人間がいたの。

 その人間は「勇者」と呼ばれた人物。

勇者って不憫な職業だと思わない?

だって、どれだけ活躍したところでこの国を支配するのは王様。勇者というのは世界を脅威から守る為の使い捨ての兵器だったのね。利用されるだけ利用されで、用が済んだらさようならって

都合の良い男だったのよ。こうやって、辺境の地に英雄として追いやられるのだから

 ここは勇者が護れなかった土地。

 ここの住人たちからすれば、勇者は自分たちを見捨てた人物。

 訪れた勇者に彼らは憎悪を向けたそうよ。

 それでも、正義感の塊だった勇者は諦めなかった。
 たった一人で枯れた大地に緑を取り戻そうとしたわ。

 なんて、バカバカしいのだろう。

 周囲の目なんて気にせずに、彼は住人の幸せの為に大地を耕したわ。



 それは孤独な作業。

 広大な大地をたった一人で耕すのだから。

 それは無駄で無謀な作業。



 孤独な彼の前に現れたのは、流れ者の魔法使いだった。

 その魔法使いは、勇者としての彼の努力を称えた。

 魔法使いは勇者にとって初めての理解者だったの。
 そうね、親友と呼べる存在だったわ。



 一人ぼっちの勇者はもう孤独ではなかった。

 彼の隣には魔法使いがいるのだから。

 魔法使いの助言を受けた彼は、住人と同じボロボロの服を着たわ。

何のために……ですって?
彼らと同じ目線に立つ為よ

彼は身分差のない平等な世を目指したの。同じ人間同士、共に歩こうって、人々に提案したの

 彼は人々から意見を聞いて、魔法使いと相談して、そして実行したわ

 やがて彼に賛同する者が集まるのよ。

 人が集まると、人々は彼をリーダーとして認めたの。
 


 彼らは土地を耕し畑を作る。

 工房を作る、建物を作る、道路を作る。
 少しずつ、そこは街と呼ばれる姿に変わっていくわ。

さて、人口が増えるとどうなるかしら?
そうね、誰もが平等というわけにはいかなくなるわね

 裕福な者、貧しい者、強い者、弱い者、
 頭が良い者、器用な者、人々の間に格差が生まれてくる。


 街の中心人物である彼は叫んだわ。

身分差があっても共に支えて生きることを提案したの

強者はその強さで弱者を助ける。

弱者はその優しさで強者を支える。

共に平和な日々を生きるために……ってね

 その提案に人々は賛同したわ。

 平穏な日常を、共に悩み、共に歩むことを。

その誓いは、時を経ても語り継がれているはずだけど……

 今はなかったことにされているのよね。

 だって、魔法使いを虐げる為には不必要なものですから。


 平民は貴族のために生きるもの。


 それが、当たり前。これは誰も逆らえない。


 人間と魔法使いが手を取り合って共存していた。

 そんな事実は感じられない。



 そして恩人でもある魔法使いを特に虐げているわ。
魔法使いというだけで嫌がらせを受けるの。


 強者には弱者を虐げる権利を与えられるの。
 弱者には強者に虐げられる義務があるの。


 それが、今のトロアの街なの。

それでもね、一度は手を取り合おうとした人たちがいたのよ

 この街の常識に囚われない非常識な人間がいたのよ。

 十数年前の戦争のときに協力しようって動きはあったわ。

 だけど、手に手を取り合った彼らには罰が与えられたわ。

どんな罰かって?

フフフ、それは秘密よ

 手を取り合ったことは、記録には残されていないのだから。






 それは、ここだけの話になるわ。

でもね、この非常識な人間って今もいるのよ。貴方はどうかしらね? フフフ


『トロアの真相~オリビア・マーチの手記~』
 第一章  繁栄と崩壊と戯言 より
 オリビア・マーチ 著

幕間 この街について魔女は語る (※修正)

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