27 物語の続き

 記憶の映像はそこまでだった。

 忘れていた思い出は、もう忘れることができなかった。



 エルカは本を抱きしめて、あの頃の彼の笑顔を思い出す。

 いつも怒っていた彼が、プリンを食べなくても微笑んでくれたこと。

 それは幼心に小さな幸せをもたらしてくれた。

 初めてのプリン作りは大変だったが、二人とも初めてだから一緒に悩んで失敗して、そして最後には完成させることができた。


 欲しいものを自力で手に入れた二人は、その幸福感を共有していた。



 あの頃を思い出しながら、エルカは苦笑を零す。

エルカ

……ソルと一緒に作ったプリンは美味しかったよ

ソル

そうだな。お前がいなかったら、オレは自分で作ったプリンで腹壊すところだった………っと、そこまで思い出せばプリン王子の物語も思い出せるだろ?

エルカ

え?

ソル

………物語の続き、思い出したか

エルカ

え?

 ソルの声色がこんなにも優しいのは、初めてのような気がした。

 そこには何もないのに、頭に手がのせられているような不思議な感覚。


 そんなこと、ソルはしたことなかったのに。

 どうして、そう思ってしまうのだろう。

 エルカは目を閉ざす。


 目の前には誰もいない、この部屋にはエルカしかいない。

 だけど、目の前でソルがしゃがみこんで頭を撫でているような気がした。

 目を開いたら、そのソルは消えてしまうような気がした。

 だからエルカは目を閉ざしたまま、彼の言葉に耳を傾ける。

ソル

物語のプリン王子はどうしてた?

エルカ

確か、自分で……ちがう……みんなでプリンを作った

ソル

ほら、思い出しているじゃないか

エルカ

ソルって、もしかしなくても本当は全部知っているの?

ソル

知るかよ………プリンに関する思い出がヒントになると思っただけだ。とにかくお前は物語のことだけ考えればいいんだ

 そう言葉を返すソルの声は何だか悲しそうだった。

 彼は物語を進めることを望んでいないのだろうか。

 しかし、物語を進めなければ彼も捕らわれたまま。エルカには分からなかった。


 幸福に満たされていたあの日の記憶が脳裏に浮かび上がる。


 プリンを頬張るソルを眺めながら、エルカはその物語を描いていた。

エルカ

……

……

 ある日、王子さまは
森に向かいました。

 そこには、
まほうつかいの女の子がいました。

 王子さまは、女の子に言いました。

もっと、おいしいプリンが食べたいのだ

おうじさま……プリンよ

ちがう……もっと、もっと、もっと、おいしいプリンが食べたい

……

 こまりました。

 女の子の
よういできるプリンは
まほうで出すプリンだけ。


 王子さまの
こころが 泣いている

 王子さまの 
おなかが 泣いている


 泣いているのは
おなかだけではないことを

 女の子は知っていた。



 プリンがあれば、

王子さまのおなかも
 
こころも

 みたされていたはず。

また、いやなことがあったのね

ちがう

でも、まほうのプリンはそれ以上にはなれない

……ダメなのか

王子さま、自分でプリンを作ったらどうかしら

ボクが作れるものか?

私のまほうでは、これ以上のものは作れないの。ごめんなさいね

そんな……

うううう

……

 女の子はおどろきました。

 王子さまが
とつぜん
泣きだしたからです。


 かわいそうな王子さまは、
ずっとおしろで一人でした。


 みんなの気を
ひきたくて おこっただけ。

 おこれば、
みんなが来てくれるから。


 だけど、今はちがう。

 王子さまがおこれば、
プリンをさし出されるだけ。


 また、一人になってしまった。


 だから、みんなの気を引きたくて、


 もっと
おいしいしいプリンが食べたいと
さけんだだけ。


王子さまはプリンが食べたいのではないのね

……

プリンが食べたい

そんなに好きなら……一人で食べるプリンじゃまんぞくできないのなら

女の子は王子さまの手を
 にぎりました。

みんなで いっしょに作って、みんなで いっしょに食べれば良いのよ

……でも、ざいりょうがないよ

ざいりょうなら まほうで出せるからね

あ、ああ

そして、王子さまは
 女の子に手を引かれて

 おしろに向かいました。

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