04 扉の向こう
04 扉の向こう
目の前を真っ白なカーテンが横切る。
眩い光が作り上げたカーテン。
それは、エルカの目の前でゆったりと揺れていた。
眩しさに視界が慣れてくると、部屋の内部が少しずつ見えてきた。
エルカは観察するように凝視する。
これは……本棚?
まず、最初に目に飛び込んできたのは本棚。
それも、巨大な本棚がズラリと並んでいた。
いったい、どのくらい高いのだろうかと首を上に上げた。
しばらく見上げていたが、持ち上げていた首が痛みを訴えたので、エルカは視線を下げて考える。
(ここは、お爺様の地下書庫ではない)
それは、はっきり断言できること。
祖父の地下書庫は個人が所有するものとしては広かったと思う。しかし、ここはあの場所と比較できないほどの場所だろう。
まるで、世界の全てがここに保管されているような気がした。上下左右に視線を動かすと、どこを見ても本が目に入ってくる。
読書好きのエルカにとって、それは夢のような光景だった。
これだけの本があれば、永遠に飽きることなく読書を楽しむことが出来るだろう。
好奇心や探求心が膨れ上がって、そんなことを考えると自然に笑みが浮かぶ。
視線の端に義兄の姿が見えた。
彼は口を開けたまま立ち尽くしている。
エルカのように読書好きではないけれど、この光景に驚いているのだろう。
空間そのものが、二人を圧倒していた。
二人の足は、
自然に、
一歩ずつ、
確実に、
扉の向こうに、
踏み込んでいた。
それは、無意識の一歩だった。
もっとよく見たいという好奇心と欲望が、足を前へと踏み出す。
それは突如、背後で聞こえた騒音。
何かが乱暴に閉まる音が響いたので、二人は慌てて振り返った。
……え?
……は!!
え………まさか………私たち、部屋の中に入っちゃったの?
振り返った二人の目に映ったものは、自分たちが今、開いたばかりの扉だった。
それが
閉 じ て い る。
閉めた覚えのない扉が閉まっていた。
鉄の扉は、無言の圧力と冷たさをこちらに向けている。
い、いつの間に…………くそ、扉が閉まるなんて……っと、まだ開くかもしれない。行くぞ、エルカ
う、うん
二人が駆け足で扉に駆け寄った瞬間、部屋を照らしていた照明が消える。
視界が漆黒に染まる直前、エルカは扉に向けて手を伸ばしていた。
しかし、その先に扉はなかった。
届かなかったのではない。
すぐ目の前にあったはずなのに……な く な っ て い た。
手探りで探すが、虚空に触れるだけで何もない。
あの鉄の感触がどこにも見当たらない。
いったい何が……えっと………ソル、いるよね
あ、ああ……大丈夫だ
……よかった
声で互いの位置を確認しながら、周囲を警戒する。
声が近くで聞こえたということはソルは側にいるのだと、エルカは確信する。
そして小さく安堵していた。
しかし、その安堵も束の間のこと。
ハーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハ!!
な、なんだよ、次から次に……
……誰かがいるの?
エルカは耳を済ませて、笑い声の方向を探る。
暗闇の中に響く誰かの笑い声。
エルカのものでも、ソルのものでもない声変わり前の男の子のような声だった。
エルカは声の聞こえた方向を振り返る。
すると、闇の中に一筋の光が現れた。
その光の範囲が次第に広がっていくと、その中央あたりに黒い人影が現れる。
その影は手を仰ぐようなポーズで静止している。
あれが、声の主だろうと考えたエルカはそれを凝視する。
ぼんやりと少しずつ、影はその姿を明らかにした。
じゃぁーーーーん!!
王子参上!!
!
!
スポットライトの光でキラキラと輝く金色の髪はサラサラと風になびいている。
その頭には立派な王冠がのせられていた。
名乗った通り、王子様らしい美しく整った顔立ちの少年だった。
エルカは次にその服装を凝視して、目をパチパチとさせた。
その服装を何度も確認するように、瞬きさせる。
それは、カボチャパンツだった。
絵本に出て来る王子様が着るような衣装。
エルカが実物を見たのは幼い頃に見た演劇の衣装としてだろう。古い伝統衣装だが、今では王族だって着ていない。
日常生活で着用するには、多少の勇気と度胸が必要そうなカボチャパンツ。
それを、彼は堂々と着こなしていた。
自分に酔いしれるかのように、目を細める少年に羞恥心はなさそうだ。
…………
…………
……………
エルカは、首を横にブンブンと振る。これは夢なのだと思いたかった。
傍らに立っていたソルは真顔のまま硬直していた。
残念ながら、これは夢ではないらしい。
奇抜な容姿の少年は、確かに目の前にいる。
先ほどまで、エルカとソルには僅かな恐怖心があった。
自分たち以外の何者かの存在に、身構えていたというのに現れたのは奇抜な容姿の少年。
拍子抜けしたというように、二人は無表情な眼差しを少年に向けていた。
ハーッハハハハハ
………(チラッ)
少年は楽しそうに笑い続けていた。
時折、チラチラとこちらに視線を投げかけている。
おそらく、声をかけて欲しいのだろう。
それを、少年は全身でアピールしていた。
おうじ参上~~
………………
さんじょぉ
………………
………………
彼の身体は時が止まったかのように、同じポーズのまま。
そして、ただ同じ言葉を繰り返していた。
エルカもソルも、何も言わずにそれを見ていた。
声をかけてはいけないような気がしたのだ。