この話は実話です

作者

相変わらず栄えてんな……

学生時代、授業の空き時間があると、僕はよく大須商店街に来ていた。
電車を乗り換えて片道30分。授業の一コマが90分と考えると、滞在時間は決して長くは無かったが、欲しいものを決めて売っている店も知っているとなれば話は別だ。


大須商店街は学生だった当時から服屋や飲食店以外にもCDやコスプレ・ゴシック系の衣装やシルバーアクセサリー等のお店が乱立していた。
そして大須観音駅の近くにはライヴハウスもあり、まさしく色々な意味で栄えている街だった。

作者

今日は何を買おうかな

作者の買い物は、専らCDだった。
駅から歩いて5分以内にヴィジュアル系やHR・HM系のCD専門店があり、主に大須に来る理由はそこだった。


とはいえ、今回の目的はそこではなかった。

大須商店街の長所は、様々な店が入っていて、大体の探し物を済ませられること。
短所は、乱立しすぎていて目当ての場所を探すのに時間がかかることだ。


もう今となっては具体的な場所も覚えていないが、商店街の中ほどに行ったところにもうひとつヴィジュアル系の専門店があった。
建物の2階にある小さなショップだが、度々リリースイベントが開催されていたりと、コアなバンギャの溜まり場になっていた。

作者

マジか……インディーズとはいえここにもCD置いてないのか。タワレコで注文した方が早いかな…………

作者

ん?

その時目に入ったのは、建物の1階のアクセサリーショップだった。
内装は綺麗だが、お世辞にも繁盛してるとは言えず、年老いた外人の店主がフラフラと店内を歩き回っていた。

まだ少し時間があると、思い、そこに入ってみた

イラッシャイ

作者

おーこの指輪ドクロじゃん。かっこいいなー

何カオ探シデ?

作者

あーと、ネックレス見てみようかなって

コレナドドウデショウ?

作者

わぁオシャレ! いくらですか?

7200円デス

作者

ごめんなさい持ち合わせないからまた今度……

ソウデスカ

結局、その日は何も買わなかった。

だが、休みの日だったり空き時間に大須に行った時に何回か店に行った。


商品は高すぎてなかなか手が出せなかったし、その店を目当てに行ったことは無かったけど、あの店主の姿を見ると何故かホッとした。

そう、あの日までは

作者

あっこのピアス新しいのですか?

ハイ、先日入リマシタ

着ケタコトハ?

作者

やー無いですね。穴をあけるのがやっぱり痛そうで

ソウデモアリマセン。例エバコレハ磁石式ニナッテイテ、穴ヲ空ケズニ着ケルコトガデキマス

作者

へーすごいですね!

作者

そういえば、日本語お上手なんですね

タクサン勉強シマシタ

作者

ちなみになんですけど、ご出身は?

イスラエル

作者

えっ――――

…………

作者

あっ友達から連絡来たみたいなんで、そろそろ行きますね……

…………

その時の感覚をぼんやりと覚えている。

恐くなった。
確かにイスラエルという言葉が予想外だったのもあるが、それ以上に自分が想像よりも巨大な地雷を踏んだんじゃないかという疑念が。


あの時の店主の目は悲し気に虚ろだった。
だが、急いで退店する僕をじっと見つめていた。



今でもよく覚えている。
というより、頭から離れなかった。

それから数週間しないうちに店は閉店した。
やはり経営が難しかったのかは分からないが、タイミングが合いすぎて不気味だった。

僕のせいじゃないかとすら思った。


結局あの店で一度も買い物をしたことが無かった。
今でもシルバーアクセサリーを見ると店主の虚ろな表情が浮かんでくる。

何も買ってあげられなかったのが今も心残りだ。

夢を追うために上京を決めて間もなく、大須の一番大きいヴィジュアル系専門店が閉店した。



と言うことは、あの2階の店はもっと前になくなっているだろう。

だが、今となっては2階の店の内装や名前よりも、1階の店の年老いた外人のことが鮮明に出てくる。




あの人は今、どこで何をしているのだろう。






もしまたお店を開いているのなら、今度こそ何か買いに行きたい



あなたの話を聞いて逃げ出したことが、今も僕の心のしこりとなって残っている。

よいお年を

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