初仕事の機会はまもなく訪れた。数日後、郷須都からメールが届き「テーマは特に設けないから、まず一本書いてみてくれないか」との依頼があった。ここは腕の見せ所だ。そこで村瀬は以前から温めていたテーマを披露した。
現代人は商品そのものよりも、それに付随する記号的意味作用を消費すると言われている。芸術も人々を魅了しているのは作品の内容よりもイメージだ。現代では高級なイメージはどうやって作られ、広まっていくのかをマスメディアの動向の中に位置付けようとする試みだ。
アイデアは洪水のようにわいてきた。筆は実に早く進み、二週間ほどで一気に仕上げた。モーツァルトの交響曲と同じくらいの制作期間だ。村瀬は一本の論文がこんなに早く出来るのかと自分の力量に感嘆した。
書き上げてみて、こう思った。今回は今までとは毛色の違う論文になった。テクストを対象的に分析していくのではなく、様々なメディアを横断した視点から現代的なフィールドを一望できた。こんなエキサイティングな経験は初めてだ。
完成してから数分後には郷須都に電話をかけた。急ぐ必要はないからメールでも事足りるが、早く知らせたい気がしたのだ。電話がつながると、開口一番吉報を告げた。