五日後、ゆうなととばりは南里ノ町に向かった。

 ゆうなはできるだけ見目のよい、こっくりとした紺色の丈の長い衣を羽織ると、村を出た。

 街道を渡り、正門で身体検査、戸籍確認を済ませる。

 聖職者たちの苦い視線を感じながら、南里ノ町の敷石を踏むと、瞬間広がった世界に驚愕した。

 白、白、白。南里ノ町は白を基調とし、厳正に整備された町だった。

 道は全て石で舗装されており、建物も白い石造りのものに限定されていた。

 道路には神経質さを感じさせるほどに塵一つなく、南里ノ町が最も「美しい」と言われる理由が分かる。

南里ノ町は、清廉さや潔白さを重んじているから、白が基調なんだ

 とばりによれば、普段はもっと人が少なく、閑散としているという。

 彼は何度か、仕事でここに来たことがあるようだった。

 恐る恐る通りの奥に進むと、祭りの飾りが増え、賑やかさが増していった。

 周囲では、模様のついた着物の人物が目立つ。

柄の着物は貴族以上、白色の着物は聖職者にしか許されてない

僕たちの地味な着物がむしろ目立って見えるな

見れば、すぐ平民だと看破できるだろう

 やがて最奥にある斎場に辿り着くと、田舎から出てきた二人は、揃って目を丸くした。

これが、儀式の行われる、社

でかいな……

 間近で見れば視界に入りきらないほどの大きさである。

 絢爛な社の門、細やかにあしらわれた彫刻、それらは二人の目を釘づけにした。

 社の前には、長蛇の列があった。開け放たれた社の門は砂鉄を引き寄せる磁石のごとくに人間を吸い寄せていた。

 押し合いへし合い、何とか空間を見つけると、貴族たちの舌打ちが背後に響く。

何で平民がここいらに

立場をわきまえていないやつめ

追い出されないといいが

おい早くしろ

最後尾はどこだ

押すなって

祝福の儀の価値がまるで分ってない奴ばかりだ、くだらん

 あちらこちらで罵声が聞こえる。

 人数を減らそうと声高に詭弁を弄する者、身体を押し込めて無理に横入りする者もいた。

入れるかな

列は列だが漬物石のように動かないな

もう無理かもなあ

また悪い方向にばかり考えやがって

あきらめも肝心だよ

でも、あきらめてないんだろう

そうだね

 ゆうなが肩を竦める。と、並んだ二人の後方で、一際大きい罵声が轟いた。

暗民だ

おい、殺せ

 途端、周囲がどっと沸き、悲鳴、怒りの声が上がった。

西架ノ村に棲む、醜く汚れた化け物

この清浄な南里ノ町に侵入するとは何事か

 次々上がってくる喚声に、ゆうなは瞠目して後方を向いた。

 最低身分である暗民が、上位身分に殺される事件はよく耳にしたが、身近で遭遇するのは初めてだった。

 多くの人間が、何かを取り巻いているのだけは見ることができた。貴族を主とした集団が、ばたばたと動いている。

 それはさながら、漁獲した大魚の腹に、大勢で刃を入れているようすであった。

 殴る音、蹴る音、ぐしゃりとした嫌な音がした。

殺されてしまったのだろうか

暗民は"殺しても咎なし"と言われるんだったな

 その言葉通り、暗民の命を奪っても、罪には問われない。

 彼らは西の海より発生し、集落を作って暮らすと言われる。南里ノ町には入ることすら、許されていないはずだった。

潔白を良しとする地の裏側で、こうした区別が行われているのだ

 暗民ほど窮地には立たされていないものの、ゆうなの中に密かに渦巻いている、上位身分への悪意がじくじくと燃えた。

……

 とばりを見ると、彼も辛そうな表情をしていた。

 しかし、稚魚である二人はただ並んでいることしかできなかった。

どうして、"殺しても咎なし"なんだろうな

 とばりがぽつりと言った。それは差別をする上位身分の批判のようにも、単なる疑問のようにも解釈できた。

そもそも、彼らと僕らの違いって何

 ゆうなもこれまた二つの解釈ができるような返事をした。とばりは額を指し示した。

暗民(かれら)の額には、生まれつき焼き印があるんだってよ
それで区別されるらしい

 本当に焼き印があるのかは定かじゃないがな、ととばりは小声で付け足した。

焼き印か……同じ場所にあるようでも、刻印童子様のそれとは余程違うんだろうね

ああ
焼き印は、かつて刻印童子様を騙った名残だとも言われている

暗民が起こした大罪の一つだ、と

 このような会話をしていると、不意に、目の前に二人組の男達が現れた。

 彼らは暗民騒動で列を乱されたのか、苛立ちのある足取りで歩いてきた。

はあ、全く混んでやがる

……

 ゆうなは顔をしかめた。男達がゆうなたちの前に割り込んできたのである。

おれたちを入れる気なんかありゃしねえぜ

ま、この辺りくらいなら罰(ばち)は当たらないだろ

 男二人はゆうなたちに目もくれず、談笑し始めた。

 その光景を見たゆうなの頭に、かっと血が上った。突然現れた、妹を救う道を阻害する者を、彼は許すことができなかった。

そこをどいてください

おい、ゆうな

 とばりがゆうなを窘(たしな)めるのは殆ど間に合わなかった。

何だあ?

 男二人がこちらを振り向く。


 玲瓏な装飾が、胸元で揺れた。

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