第7幕
落鳴事件

サヴァラン

『ルビーを眺む部屋にて、共に燃ゆる少女の祈りを聞き届けよ』…これ、ヒントだよね、多分…

ルオネルト

ルビーがある部屋で、燃えてる女の子…?そういう美術品があるのかな…?

シオから受け取った紙ナプキンに書かれていたのは、『怪盗クラバットの忘れ物』の在処を示したヒントらしきものだった。おそらく、何らかの方法でこれを手にした泥棒も、この謎を解き機関室へ侵入したのだろう…でも…

サヴァラン

うう…だめだ、全然わかんない…

ルオネルト

とりあえず、ルビーがある車両を探そう。乗務員さんなら何か知らないかな?

サヴァラン

そうだね…聞いてみようか

確か…乗務員室は1号車だったはずだ。紙ナプキンを畳んで胸ポケットにしまい、俺達は1号車に向かった。
入口らしい扉はひとつしかない…つまり、機関室に入ることになったとしたら、乗務員室をつっきらなきゃ行けないってことだな…
乗務員室の扉の前に立っている男性に、ルオが人当たりのいい笑みを浮かべて声をかける。

ルオネルト

すみません、お聞きしたいことがあるのですが…

はい、何でしょうか?

ルオネルト

この列車に、ルビーが飾ってある車両とか…お部屋ってありますか?

ルビー…ですか?それなら…こちらに

ルオネルト

え?

乗務員がそう言って示したのは、天井付近の壁に飾られた赤い宝石だった。でも、これは…

サヴァラン

え、えっと…すみません。これが、ルビーですか?

ええ、この車両は様々な宝石で飾られておりまして…ルビーだけでも、この列車には500個以上飾られておりますね

サヴァラン

ご、ごひゃっこ!?

ルオネルト

ご、ごひゃっこ!?

慌てて辺りを見回してみると…確かに。乗務員に指し示された赤い宝石は、この範囲だけでも50以上はありそうだった。すっかり呆気に取られた俺達は、乗務員にお礼を言って1号車を後にした。

ルオネルト

ルビーって…もしかして、宝石のルビーじゃないのかな…?

サヴァラン

そうかもなぁ…これは素直に、機関室に特攻した方がいいかもしれない…

ルオネルト

うーん…それはそれでなんか悔しい…何とか分からないかなぁ、ルビーの正体…

2人であれこれと候補を出してみるが、どれもしっくり来ない。シオに聞いても教えてもらえないだろうし…どうしたものか…

アマンド

あら?サヴァラン、ルオ…こんな所で何してるの?

3号車に差し掛かったところで、アマンドとベルリーナと鉢合わせた…ん?3号車…?

ベルリーナ

探検でもしていたのですか?プールには水着でないと入れませんよ

アマンド

2人も一緒にどう?まだ夕食の時間には早いし…お腹空かせがてら、遊びましょ!

3号車…もとい、パウダールームからでてきた2人は…水着姿だった。

ルオネルト

2人とも、水着すごく似合ってるよ!それも2人で選んだの?

アマンド

ありがとう♪
そうよ。ワンピースと一緒にね

アマンド

リーナの水着、私のチョイスなんだけど結構自信あるのよ!ビキニタイプは恥ずかしいって言ってたから、肌の露出を抑えたロングスカートタイプにしてみたの。

ルオネルト

それでいて、肌と髪の色が引き立つように、マリンブルーベース…ホワイトのラインがアクセントになって、大人なシルエットの中に、キュートさがプラスされて…うん、リーナさんらしさが際立つデザインだね♪

アマンド

でしょー!!さすがルオ!分かってる♪

ベルリーナ

わ、私じゃなくて…アマンドさんの方が可愛いですよ!

ベルリーナ

私は…どちらかと言うと子供体型なので…アマンドさんのように、綺麗に着こなせないですし…それに…

ルオネルト

…確かに、アマンドの着こなしも素晴らしいね。ホワイトベースに、パステルピンクのお花模様…ハイビスカスだね。ハイビスカスは、海やプールに合わせるモチーフとして王道ではあるけれど、アシンメトリーのパレオが一個性として光る…

ルオネルト

何より、体型をカバーするのには向かないビキニの魅力を余すことなく発揮出来るポテンシャルも素晴らしい…ひとたびビーチに出れば、男性のハートは君のものだね♪

アマンド

も、もう!やだぁ!ルオったら褒めすぎ!!

ベルリーナ

ルオさんの言う通りですよ。すごく綺麗です、アマンドさん

アマンド

り、リーナ…

ルオネルト

うんうん…人も水着も相性バッチリ…これはうかうかしてられないね、サヴァランくん!

ルオネルト

…………サヴァランくん?

サヴァラン

…………ルオ

ルオネルト

大丈夫?目、据わってないよ?

サヴァラン

俺今なら死んでもいい…

ルオネルト

サヴァランくん!?

サヴァラン

エデンはここに…あった、のか…

ルオネルト

さ、サヴァランくーーーーん!?!?!?

アマンド

あなたがそこまでウブだとは思わなかったわ…

サヴァラン

あ、あはは…お恥ずかしい限りで…

ルオネルト

まあでも、あの状況は…ねえ?不意打ちだったわけだし、無理もないよ

サヴァラン

そう言ってくれるなら、その半笑いは今すぐやめてもらえないかなルオネルトくん?

ルオネルト

ぷっ…くくく、ご、ごめんだって…あはははっ!!

サヴァラン

〜〜〜〜〜!!

情けないことに2人の…主にベルリーナの水着姿を見て気絶した俺は、結局夕刻まで爆睡してしまい、アマンドとルオに茶化されながらレストランで夕食を食べていた。そこまで早い時間では無いはずだが、幽霊騒ぎの影響か、ここも人は疎らだった。こんな贅沢な場所から、幽霊騒ぎ一件だけで足が遠のいてしまうなんて…やっぱりもったいないなぁ…。

ベルリーナ

乗客が少ないので、ちょっと不思議な感じはしますが…こうして賑やかに食べられるのもいいですね

アマンド

そうね。幽霊の話だって、真実かどうかまだ分からないのに

サヴァラン

あれ?アマンド知ってたの?

アマンド

え?ええ…サヴァラン、あなたもしかして、新聞読んでないの?

サヴァラン

あー…えーっと…

ルオネルト

サヴァランくんは、毎回スイーツのミニコラムしか読んでないもんね。

サヴァラン

なんで知ってるんだよ…そうだけど…

ルオネルト

あははっ!やっぱり?

アマンド

もう…新聞くらい読みなさいよね…

ベルリーナ

でもその口ぶりだと…騒ぎについて知ってはいるのですね

サヴァラン

ああ、ちょっと知り合いからね

ルオネルト

バーカウンターにいるお兄さん2人、サヴァランくんのお友達なんだって!

アマンド

そうなの!?

アマンド

ここで働ける人って…すごい人脈持ってるのね、サヴァラン…

サヴァラン

短期バイトらしいけどね。後でみんなで行こうよ!カクテル美味しかったよ♪

ベルリーナ

少しだけなら、いいかもしれないですね。

アマンド

せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損よね!

…そうだ。あの謎…2人なら何かわかるかな?

サヴァラン

ねえ、ちょっと見てほしいものがあるんだけど…

2人に経緯を話すと、このことについては知らなかったらしく、暗号文を見ても直ぐにはピンと来なかったようだ。しかし少しすると、ベルリーナがゆっくりと口を開いた。

ベルリーナ

……『落鳴事件』のことかもしれないです

アマンド

らくめいじけん?

ルオネルト

…聞いたことあるかも

サヴァラン

え?どんな?

ベルリーナ

…落鳴事件はーー

17世紀初頭、当時急成長を遂げた貴族
エーデルワイス家の別荘付近に雷が落ち、
その一帯が全焼したという事件。

その日別荘には、当時当主の
ジュード=エーデルワイスの愛娘
ジュディ=エーデルワイスと、
数人の使用人が療養のため滞在していた。

落雷地点は、そこからさほど
離れていない森の中。
水場の少ない場所に落ちた雷は、
瞬く間に炎へと姿を変え、
別荘の中にいたジュディや
使用人諸共呑み込んだ。
  
  

消防隊が駆けつけ、鎮火させた時には、
そこにあったはずの命は全て狩り取られ、
真っ黒に焦げた焼け跡しか残らなかったという…

ベルリーナ

…このエーデルワイス号は、この事件で命を落としたジュディ=エーデルワイスの、没後350年に合わせて造られた列車なのです。恐らく、それにちなんだものなのではないでしょうか

サヴァラン

そうなんだ…

ベルリーナ

その関係で、ここの機関室にはジュディや被害者となった使用人を鎮めるための、小さな慰霊碑があるそうです。この列車を動かしている溶鉱炉も、当時別荘にあった暖炉をモチーフとしているそうですよ

アマンド

リーナ、よく知ってるわね

ベルリーナ

し、調べたんです…

ベルリーナは照れくさそうに笑いながら、ワイングラスに注がれた水をひとくち飲んだ。
…ん?そうなると、もしかして…

ベルリーナ

……くれぐれも、機関室に忍び込むなんて馬鹿な真似はよしてくださいよ。

サヴァラン

まっ、まっさかぁ〜???

ルオネルト

そんな事しないよ!!ね!サヴァランくん!!

サヴァラン

うんうん!!しないしない!!!

アマンド

うふふ、リーナってば心配性ね。一般人がそんな所に忍び込めるわけないでしょ?

ベルリーナ

……ええ、そうですね。それならいいのですが…

きっちり見抜かれてる…
でもまあ、確かにベルリーナの言う通りだし…謎が解けたし良かったねってことで、今回はこれで手を引こう…サクラにも止められてたしね。

その後少しだけ談笑し、このままバーカウンターに向かおうかという意見もでたが、朝も早かったのでこれで解散となった。それぞれの部屋に戻り、就寝準備を済ませ、あとはベッドに体を預け、眠るだけ……と、思っていたところで

ルオネルト

サヴァランくん!起きて!!今がチャンスだよ!!

サヴァラン

へ…?チャンスって…?

ルオネルト

へって…とぼけないでよ!機関室だよ、機関室!謎はスッキリ解けたんだし、あとは特攻あるのみ!でしょ!!

サヴァラン

え!?行くの…?

ルオネルト

行くよ!なんのために謎を解いたと思ってるのさ?

サヴァラン

いやでも…見回りとかいるんじゃないのかな?やめた方がーー

ルオネルト

それは大丈夫。さっき、ルビーについて聞いた時、乗務員室の中が少しだけ見えてたんだけど、中はさらに個室になっているみたいでね…

ルオネルト

誰もいないタイミングを見計らって書け抜ければ大丈夫だよ!

サヴァラン

い…入口に誰か居るんじゃないかな…?だって、つい最近盗難被害に会いそうになった場所だよ…?

ルオネルト

それも大丈夫!

ルオネルト

レストランで、ちょっとだけ従業員さんの話が聞こえて…あの扉の前は、見回りの順路の問題で、夜10:00からの30分の間、どうしても無人になるんだって!

サヴァラン

え、ええ…?

ルオネルト

だから!!その、30分の間だけ…!ね!お願い、サヴァランくん!!

ルオは、俺の両手を握って目を輝かせながら懇願してくる…いや…でも…

サヴァラン

……だめだ…一度諦めたと思ったけど、こうも揺すられると…怪盗としてお宝は逃せないという意地が…!

サヴァラン

……30分だけだよ…

ルオネルト

やった!ありがと、サヴァランくん♪

そんなわけで、10:00までのんびり過ごした俺達は、コソコソと客室を後にし、機関室へと急ぐのだった…。

ルオネルト

…あれ、あかないや

午後10時…来てみたはいいものの、鍵のことなんて考えてなかった…そりゃそうだよね…あかないよね…

サヴァラン

残念、こればかりはどうにもならないね…さ、帰ろ

ルオネルト

あ、待ってサヴァランくん!これ!!

ルオが指さした場所には、小さなモニターと数字のキーがついた機械があった。これは…

サヴァラン

電子ロックだね。さすがリゾート列車…

ルオネルト

これ、正しい数字を押せば開くんじゃないかな…?

サヴァラン

さすがにそれは調べようが…

ルオネルト

ちょっとやって見るね!

サヴァラン

ルオ!?

俺が止めるまもなく、ルオは

ルオネルト

これかなー?

と言いながら軽快に数字のキーを押していった。そして…

サヴァラン

……うそ…

扉は機械的な音を立てて開いてしまった。

ルオネルト

やった!開いたよサヴァランくん!!

サヴァラン

ルオ…知ってたの?

ルオネルト

ううん、感だよ

サヴァラン

感って…間違って警報が作動したらどうするつもりだったのさ!?

ルオネルト

ああ…ごめんね

ルオネルト

添乗員さんも、絶対間違わないわけじゃないと思って…二、三回までなら間違えても平気かなーって、思っちゃったんだ

ルオネルト

まさか一発で当たり引けるとは思わなかったけどね!

先ほどと同じようにキラキラと目を輝かせ始めたルオに、俺は底知れぬ何かを感じながら、脱力気味に『次からはちゃんと確認してね…』とだけ答えておいた。

中に入ると、そこは客室号車と似た作りになっているようだった。8つほどの小部屋と、突き当たりに鉄製の頑丈そうな扉があった。そちらは緊急時に備え、簡易的な閂が刺さっているだけだった。

サヴァラン

よい……しょっ…!

ルオネルト

よい……しょっ…!

少し重たいそれを2人でずらし、機関室に入った…

そこは、何の変哲もないボイラー室のようだった。しかし、ベルリーナの言う通り、溶鉱炉が暖炉のようにレンガ造りになっており、どことなく温かみを感じる…からくり式で、人がいなくても燃料を燃やせるようになっているようだ。

サヴァラン

うーん…ここに…あ、あれかな?

入ってきた扉のちょうど真上のあたりに、文字が書かれた石板が飾られている…おそらくあれが、ベルリーナが言っていた慰霊碑だろう。

ルオネルト

『ルビーを眺む部屋にて、共に燃ゆる少女の祈りを聞き届けよ』…もしかして、ルビーって溶鉱炉に入れられた石炭の事なのかな?

サヴァラン

え…?……ああ、熱されて赤くなるから…

ルオネルト

で、共に燃ゆる少女は…落鳴事件から、ジュディ=エーデルワイス…

サヴァラン

慰霊碑になにか書かれてるのかな?

ルオネルト

かもしれないね…サヴァランくん、肩車するから、調べてみてくれないかな?

サヴァラン

分かった。

間近で慰霊碑を見てみるものの、名前と祈りの文句以外には特に何も見られない…裏側もあるのかと思って確認しようとしたが、慰霊碑はしっかりと壁に固定されており、外すことは出来なかった。

ルオネルト

サヴァランくん、どう?

サヴァラン

うーん…特に何も見つからないよ。

ルオネルト

そっかぁ…残念…

俺を下ろし、あからさまに肩を落とすルオに笑いかけ

サヴァラン

思い出は別のことでも作れるさ。戻ろう

と言うと、ルオは少し寂しそうにこくりと頷いた。

ルオネルト

そうだね…ありがとう、サヴァランくん。

サヴァラン

いや…実は、俺もちょっと期待してたんだ。

ルオネルト

何を?

サヴァラン

怪盗クラバットの忘れ物。本当にあるなら、見てみたかったなーって…

ルオネルト

あはは、そうだね!

ルオネルト

でも、そういうのは伝説だから面白いのかもしれないね…あー、いい思い出になった!

機関室から外に出ようと、扉に手をかける…少し力を込めて、そこを押し開こうとした…その時だった。

ーークラバット…?

サヴァラン

ルオネルト

サヴァランくん、何か言った?

サヴァラン

…いや、俺は何も…

ルオネルト

うわっ…!な、なに!?

機関室の至る所から、少女のような笑い声が聞こえる…まさか、あの幻聴…?でも、それならルオには聞こないはず…

じゃあ…これは…?

ルオネルト

さ、サヴァランくん!あれ!!

溶鉱炉の方を指さし、かすかに震えながらルオが叫ぶ…ゆっくりとその方向へ視線を巡らすと、そこにはーー

???

同じ匂い…同じ気配…あなた、本当にクラバットなのね…

???

ずっと待っていたわ

足のない、半透明の少女が、溶鉱炉の縁に腰掛けていた。

???

さあ、さいごの問題よ

第7幕 3ホール目 落鳴事件

facebook twitter
pagetop