第7幕
怪盗クラバットの忘れ物

サクラ

僕はサクラ=ゲーテ。こっちは、兄弟のシオ。サヴァランくんとは友人なんだ。宜しくね

ルオネルト

ルオネルト=アインザッツです。こちらこそ、よろしくお願いします!

シオ

アインザッツ…?

サクラ

さ、こっち座って。せっかくだからなにかご馳走するよ

サヴァラン

ほんと!?やった!!俺スペシャルリゾート!!

ルオネルト

あ、じゃあ僕もそれで

シオ

…おう!待ってろ!!絶品のカクテルを作ってやるぜ!!

サクラ

ソフトドリンクにしとかなくていいのかい?

サヴァラン

だってここバーだよ?お酒飲まなきゃ!

サクラ

程々にしなよ。君たちまだ高校生なんだからね?

ルオネルト

あはは…はーい

シオはシェイカーに慣れた手つきでリキュールや氷を入れていき、小気味いい音を立ててそれを振り始めた。その姿はだいぶ様になっており、悔しいけど、ちょっとだけかっこよかった。

サクラ

ところで…今日はどうしたの?学校は?

サヴァラン

開校記念日ー。それと、三連休が被ったんだ。チケットは学祭の景品

サクラ

景品?なにか賞をとったの?

ルオネルト

はい!サヴァランくんスゴくかわ…むぐぐっ…!?

サヴァラン

そ、それはもういいから!!!

サクラ

サヴァラン

それより!!君たちはどうして?その…そっちこそ学校とか…

サクラ

ああ、大学はまだ夏休みなんだよ。で、これは短期バイト。

サクラ

たまたま、パトロンが見つけてきてね

サヴァラン

そっかぁ…いいなぁ大学。

シオ

……はいよ、お待たせさん

ハイビスカスの花で飾られた、オレンジベースのカクテルが目の前に出される。シェイクで砕かれた氷が程よく光を反射しており、水面がキラキラと光っている…こんなオシャレなの飲んだことないから、今更ながら緊張してきた…!

ルオネルト

美味しそう!!いただきまーす♪

シオ

おっ、いい飲みっぷりじゃん!じゃんじゃん飲め飲め〜!

シオ

あだっ!!

サクラ

こら、学生に無闇矢鱈にお酒を勧めない!

シオ

へいへーい……

サヴァラン

ふふ…二人ともここでもその調子なんだね。

サヴァラン

今は俺たちだけだからいいけど、他のお客さん来たら控えろよな

シオ

わーってるよ…ま、しばらく来ないだろうがな

ルオネルト

え?来ないって…?

ルオが聞き返すと、二人は一度顔を見合わせ、少し驚いた表情でこう返してきた。

シオ

聞いてねえの?

サヴァラン

聞いてないって…何を?

シオ

………

シオは少しだけ口角を上げ、手を顔の前にぷらんと垂らすと、こちらにずいっと寄ってきて、ただ一言。

シオ

出たんだよ…アレが、さ

サヴァラン

…………アレ?

ルオネルト

……なんですか、アレって…

シオ

え?嘘だろ?このポーズ、声音、表情で連想できる『アレ』ったら、アレしかねえだろ

サクラ

シオ…それ多分、伝わるの日本だけ

シオ

うそ!?

サヴァラン

ああ…ジャポネーゼジョークなんだね…ごめん、わからなくて…

ルオネルト

ジャパンでは『アレ』はこういう仕草で伝えるんですね…覚えておきます!

シオ

やめろ!!やめてくれ!!なんか虚しくなる!!

シオは顔を真っ赤にさせながら『オホン』と咳払いをすると、頬を掻きながら話し始めた。

シオ

……この列車の1号車が機関室を兼ねてるのは知ってるか?

サヴァラン

ああ、地図で確認したよ。立ち入り禁止って書いてあったね

シオ

そこに、先週こそ泥が出たらしいんだ。

サクラ

幸いすぐに見つかって、そのままお縄になったらしいんだけど…その後の事情聴取で、ずっと意味不明な発言をしてるんだそうだよ

サヴァラン

意味不明な発言?

サクラ

ああ。

サクラ

『…見たんだよ…俺達は見たんだ…お前達は何も見えなかったのかよ!?』……とね

サヴァラン

え…見えなかった…って…

シオ

そいつらに何が見えてたのかはわからねえ…だが、それを嗅ぎ付けたマスコミが口々にこう言い始めたんだ

シオ

『エーデルワイス号には悪霊が出る。容疑者はそれを見て、精神をおかしくしたんだ』…ってな

サクラ

それが色んなところで広まっちゃって…予約のキャンセルとかで、客足がめっきり減っちゃったんだ

サヴァラン

勿体ない…こんないい所なのに…

シオ

まあ…他の乗客が幽霊を見たって話もないし、機関室にさえ入らなきゃ問題ないと思うぜ。

サヴァラン

元々入れないところだしね…心配いらないよ……ルオ?

カクテルの入ったグラスをぼーっと眺めているルオに声をかけると、彼は『ああ、いや…大したことじゃないんだけど…』とグラスを傾けながら言った。

ルオネルト

泥棒は、どうして機関室なんかに入ったんだろう…って

サヴァラン

どうして…?って…ああ…

確かに…変だ。ここはリゾート列車…金目のものを盗みたかったのなら、機関室に行くより客室に行った方が効率的だし、理にかなっている。なのに…

シオ

ふっふっふ…それはだなぁ少年

サクラ

ちょっとシオ…

シオ

いいだろこのくらい。こいつもいるんだしさ

サクラ

……もう…後で怒られても知らないからね…

シオ

大丈夫だって!

シオ

……ここだけの話…この列車には、あの伝説の大怪盗『クラバット』が盗み損ねたっつーお宝が眠ってるんだとよ…

サヴァラン

怪盗クラバット!?

ルオネルト

怪盗クラバット?

サヴァラン

あれ…知らない?

ルオネルト

うん…キャラメリゼじゃなくて?

シオ

あんなのまだぺーぺーだあだだだだだ!!!!

サクラ

シオ?

シオ

わかったわかったごめんって!!!!

サヴァラン

怪盗クラバットは…

ーー17世紀初頭、フランスを中心に活動した怪盗…それが怪盗クラバットだ。

彼の手法は鮮やかであり、一寸の隙もない。
自分がものを盗み出す代わりに、
『本当に価値のあるもの』を置いていくという。

彼が盗む『お宝』は…贋作の美術品。
一体なんのためにそれを集めるのか、
なんのために真の美術品を置いていくのか、
研究が進められた現在でも
分かっていないそうだ。

彼が置いていった美術品は
『ロードコレクション』と呼ばれ、
後に高い美術的価値が付与された…しかし…
  
  

サヴァラン

ロードコレクションの大半は、無名の美術品なんだ。そのせいで、当時はそれほど重要視されなかった…だから、「これがロードコレクションだ」と断言できるものはほとんど残っていない。

サヴァラン

高い価値は付けられたものの、誰も本物のロードコレクションを見たことは無いんだ

ルオネルト

へぇ…じゃあ、今この列車にあるって言われてるのは…

シオ

怪盗クラバットが、ロードコレクションにすり替え損ねた贋作…通称『怪盗クラバットの忘れ物』だ。

サクラ

そこにクラバットの名前がつくだけで物凄いブランドモノになる。泥棒たちは、それを狙ったんだろうね

サヴァラン

なるほど……

ルオネルト

………うん…うん、面白そう!

サヴァラン

ルオ?

ルオは急に俺の肩をがっしり掴むと、目をキラキラさせながらこう言った。

ルオネルト

さがそう!!その、『怪盗クラバットの忘れ物』!!

サヴァラン

………は?

何を言ってるんだこの子は。

ルオネルト

だってだって!!そんな話されたら気になっちゃう…!!ねえ、いいでしょう?サヴァランくん…

サヴァラン

う…うーん…でも…手がかりも何も無いんじゃ…

シオ

あるぜ

ルオネルト

教えてください!!

シオ

おう!それはなぁ…

サクラ

シオ

サクラの冷たい視線がシオを射貫く…こんな目するんだ、サクラ…

シオ

いっ……

サクラ

それ以上は、だめだ

シオ

…………わかったよ

シオ

ってことだ。あまり危険なことはすんなってよ

ルオネルト

そんなぁ…

サクラ

ごめんね。バイトの勝手な判断で、乗客を危険な目に合わすわけにはいかないから

サヴァラン

まあ、そうだよな。しょうがないよルオ。ほら、他にも探検してないところいっぱいあるし…ね?

ルオネルト

うん…

サクラはカウンターからショコラオランジェを取り出すと、『期待させちゃったお詫び』といってご馳走してくれた。ドライオレンジにミルクチョコレートをかけたそれは、甘酸っぱい爽やかな風味で、食べ終わる頃にはルオもすっかり笑顔に戻っていた。

ルオネルト

美味しかった…!

サヴァラン

そろそろ他のところも行ってみるか…えっと…

シオ

ああ、いいよ。今回はサービスって言ったろ?次から払ってもらうぜ♪

サヴァラン

うん…じゃあ、チップだけ

シオ

そんなませた事しなくてもいいんだぜ〜。貰えるもんは貰うけど!

サクラ

三日間はだいたいここに居るから、何かあったらいつでもおいで

ルオネルト

はい!ごちそうさまでした!!

上機嫌でバーカウンターを後にしようとすると、後ろからシオが追いかけてきた。

シオ

サーヴァラン、わっすれもん!

サヴァラン

え?

シオ

んじゃーな!また来いよ〜!

そのまま外に促され、バーカウンターへの扉は閉まってしまった。

ルオネルト

サヴァランくん、忘れ物って?気をつけなよ

サヴァラン

うん…乗車券かな…

サヴァラン

…?これ……何だ?

ルオネルト

え?なになに?

シオから渡されたのは、一枚の紙ナプキン…そこには、走り書きの文章が書かれていた…。

サクラ

シオ!

シオ

大丈夫だって。仮にもあいつは怪盗だぞ

サクラ

だとしても!!

シオ

それに…渡したのは在処じゃねえ。謎だ。

シオ

それを解けるか解けないか…たぶん、これがパトロンの狙いなんだろうよ

サクラ

………最初から、僕らに頼る気はなかったってことね…

シオ

そういうこと。さ、コンサルタントは仕事に徹しようぜ。お客さん、新しく入ったみたいだし

サクラ

……はぁ…どうなっても知らないから…

シオ

はいはい、責任は全部俺が負うからさ。あんま気にすんなよ

サクラ

………大丈夫かなぁ…

第7幕 2ホール目 怪盗クラバットの忘れ物

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