第7幕
怪盗クラバットの忘れ物
第7幕
怪盗クラバットの忘れ物
僕はサクラ=ゲーテ。こっちは、兄弟のシオ。サヴァランくんとは友人なんだ。宜しくね
ルオネルト=アインザッツです。こちらこそ、よろしくお願いします!
アインザッツ…?
さ、こっち座って。せっかくだからなにかご馳走するよ
ほんと!?やった!!俺スペシャルリゾート!!
あ、じゃあ僕もそれで
…おう!待ってろ!!絶品のカクテルを作ってやるぜ!!
ソフトドリンクにしとかなくていいのかい?
だってここバーだよ?お酒飲まなきゃ!
程々にしなよ。君たちまだ高校生なんだからね?
あはは…はーい
シオはシェイカーに慣れた手つきでリキュールや氷を入れていき、小気味いい音を立ててそれを振り始めた。その姿はだいぶ様になっており、悔しいけど、ちょっとだけかっこよかった。
ところで…今日はどうしたの?学校は?
開校記念日ー。それと、三連休が被ったんだ。チケットは学祭の景品
景品?なにか賞をとったの?
はい!サヴァランくんスゴくかわ…むぐぐっ…!?
そ、それはもういいから!!!
?
それより!!君たちはどうして?その…そっちこそ学校とか…
ああ、大学はまだ夏休みなんだよ。で、これは短期バイト。
たまたま、パトロンが見つけてきてね
そっかぁ…いいなぁ大学。
……はいよ、お待たせさん
ハイビスカスの花で飾られた、オレンジベースのカクテルが目の前に出される。シェイクで砕かれた氷が程よく光を反射しており、水面がキラキラと光っている…こんなオシャレなの飲んだことないから、今更ながら緊張してきた…!
美味しそう!!いただきまーす♪
おっ、いい飲みっぷりじゃん!じゃんじゃん飲め飲め〜!
あだっ!!
こら、学生に無闇矢鱈にお酒を勧めない!
へいへーい……
ふふ…二人ともここでもその調子なんだね。
今は俺たちだけだからいいけど、他のお客さん来たら控えろよな
わーってるよ…ま、しばらく来ないだろうがな
え?来ないって…?
ルオが聞き返すと、二人は一度顔を見合わせ、少し驚いた表情でこう返してきた。
聞いてねえの?
聞いてないって…何を?
………
シオは少しだけ口角を上げ、手を顔の前にぷらんと垂らすと、こちらにずいっと寄ってきて、ただ一言。
出たんだよ…アレが、さ
…………アレ?
……なんですか、アレって…
え?嘘だろ?このポーズ、声音、表情で連想できる『アレ』ったら、アレしかねえだろ
シオ…それ多分、伝わるの日本だけ
うそ!?
ああ…ジャポネーゼジョークなんだね…ごめん、わからなくて…
ジャパンでは『アレ』はこういう仕草で伝えるんですね…覚えておきます!
やめろ!!やめてくれ!!なんか虚しくなる!!
シオは顔を真っ赤にさせながら『オホン』と咳払いをすると、頬を掻きながら話し始めた。
……この列車の1号車が機関室を兼ねてるのは知ってるか?
ああ、地図で確認したよ。立ち入り禁止って書いてあったね
そこに、先週こそ泥が出たらしいんだ。
幸いすぐに見つかって、そのままお縄になったらしいんだけど…その後の事情聴取で、ずっと意味不明な発言をしてるんだそうだよ
意味不明な発言?
ああ。
『…見たんだよ…俺達は見たんだ…お前達は何も見えなかったのかよ!?』……とね
え…見えなかった…って…
そいつらに何が見えてたのかはわからねえ…だが、それを嗅ぎ付けたマスコミが口々にこう言い始めたんだ
『エーデルワイス号には悪霊が出る。容疑者はそれを見て、精神をおかしくしたんだ』…ってな
それが色んなところで広まっちゃって…予約のキャンセルとかで、客足がめっきり減っちゃったんだ
勿体ない…こんないい所なのに…
まあ…他の乗客が幽霊を見たって話もないし、機関室にさえ入らなきゃ問題ないと思うぜ。
元々入れないところだしね…心配いらないよ……ルオ?
カクテルの入ったグラスをぼーっと眺めているルオに声をかけると、彼は『ああ、いや…大したことじゃないんだけど…』とグラスを傾けながら言った。
泥棒は、どうして機関室なんかに入ったんだろう…って
どうして…?って…ああ…
確かに…変だ。ここはリゾート列車…金目のものを盗みたかったのなら、機関室に行くより客室に行った方が効率的だし、理にかなっている。なのに…
ふっふっふ…それはだなぁ少年
ちょっとシオ…
いいだろこのくらい。こいつもいるんだしさ
……もう…後で怒られても知らないからね…
大丈夫だって!
……ここだけの話…この列車には、あの伝説の大怪盗『クラバット』が盗み損ねたっつーお宝が眠ってるんだとよ…
怪盗クラバット!?
怪盗クラバット?
あれ…知らない?
うん…キャラメリゼじゃなくて?
あんなのまだぺーぺーだあだだだだだ!!!!
シオ?
わかったわかったごめんって!!!!
怪盗クラバットは…
ーー17世紀初頭、フランスを中心に活動した怪盗…それが怪盗クラバットだ。
彼の手法は鮮やかであり、一寸の隙もない。
自分がものを盗み出す代わりに、
『本当に価値のあるもの』を置いていくという。
彼が盗む『お宝』は…贋作の美術品。
一体なんのためにそれを集めるのか、
なんのために真の美術品を置いていくのか、
研究が進められた現在でも
分かっていないそうだ。
彼が置いていった美術品は
『ロードコレクション』と呼ばれ、
後に高い美術的価値が付与された…しかし…
ロードコレクションの大半は、無名の美術品なんだ。そのせいで、当時はそれほど重要視されなかった…だから、「これがロードコレクションだ」と断言できるものはほとんど残っていない。
高い価値は付けられたものの、誰も本物のロードコレクションを見たことは無いんだ
へぇ…じゃあ、今この列車にあるって言われてるのは…
怪盗クラバットが、ロードコレクションにすり替え損ねた贋作…通称『怪盗クラバットの忘れ物』だ。
そこにクラバットの名前がつくだけで物凄いブランドモノになる。泥棒たちは、それを狙ったんだろうね
なるほど……
………うん…うん、面白そう!
ルオ?
ルオは急に俺の肩をがっしり掴むと、目をキラキラさせながらこう言った。
さがそう!!その、『怪盗クラバットの忘れ物』!!
………は?
何を言ってるんだこの子は。
だってだって!!そんな話されたら気になっちゃう…!!ねえ、いいでしょう?サヴァランくん…
う…うーん…でも…手がかりも何も無いんじゃ…
あるぜ
教えてください!!
おう!それはなぁ…
シオ
サクラの冷たい視線がシオを射貫く…こんな目するんだ、サクラ…
いっ……
それ以上は、だめだ
…………わかったよ
ってことだ。あまり危険なことはすんなってよ
そんなぁ…
ごめんね。バイトの勝手な判断で、乗客を危険な目に合わすわけにはいかないから
まあ、そうだよな。しょうがないよルオ。ほら、他にも探検してないところいっぱいあるし…ね?
うん…
サクラはカウンターからショコラオランジェを取り出すと、『期待させちゃったお詫び』といってご馳走してくれた。ドライオレンジにミルクチョコレートをかけたそれは、甘酸っぱい爽やかな風味で、食べ終わる頃にはルオもすっかり笑顔に戻っていた。
美味しかった…!
そろそろ他のところも行ってみるか…えっと…
ああ、いいよ。今回はサービスって言ったろ?次から払ってもらうぜ♪
うん…じゃあ、チップだけ
そんなませた事しなくてもいいんだぜ〜。貰えるもんは貰うけど!
三日間はだいたいここに居るから、何かあったらいつでもおいで
はい!ごちそうさまでした!!
上機嫌でバーカウンターを後にしようとすると、後ろからシオが追いかけてきた。
サーヴァラン、わっすれもん!
え?
んじゃーな!また来いよ〜!
そのまま外に促され、バーカウンターへの扉は閉まってしまった。
サヴァランくん、忘れ物って?気をつけなよ
うん…乗車券かな…
…?これ……何だ?
え?なになに?
シオから渡されたのは、一枚の紙ナプキン…そこには、走り書きの文章が書かれていた…。
シオ!
大丈夫だって。仮にもあいつは怪盗だぞ
だとしても!!
それに…渡したのは在処じゃねえ。謎だ。
それを解けるか解けないか…たぶん、これがパトロンの狙いなんだろうよ
………最初から、僕らに頼る気はなかったってことね…
そういうこと。さ、コンサルタントは仕事に徹しようぜ。お客さん、新しく入ったみたいだし
……はぁ…どうなっても知らないから…
はいはい、責任は全部俺が負うからさ。あんま気にすんなよ
………大丈夫かなぁ…