【2035年、イングリア。アリオス・ロージディア】
【2035年、イングリア。アリオス・ロージディア】
白磁の荘厳な城『グレートブリテン』に主(あるじ)の声が響く。
騎士(ナイト)『フェイク・ロージディア』は何処に居る。
この城の王(キング)『マーシナル・リメデッター』が声を荒げる。身を縮め畏まった。騎士『フェイク・ロージディア』は私の兄にあたる人物だからだ。
近衛騎士(インペリアルナイト)『アリオス・ロージディア』よ。この度の責任をどう取る。兄の失態、お主の首で償うか?
申し訳ございません。王(キング)。
マーシナル様の話では、城の侍女を『また』誑(たぶら)かした、との事。
兄『フェイク』は色恋に関して著しくダラシナイ男だった。
『フェイク』め。『悦びの王子』、そう讃えられて図に乗ったのか? 来るべき戦でその責を取ってもらうぞ。
承知いたしました、王(キング)。
片膝を地に付け頭(こうべ)を下げる。兄『フェイク・ロージディア』は魅力ある女性を所構わず口説いた。元は『近衛大隊長』だった地位も、今ではただの『騎士』。本来なら斬首の未来も在った。そんな男だ。
『アリオス』、『王留(おうる)』を呼ぶ『悲しみの王子』。貴様の命は誰の為に在る。言ってみせよ。
私と『フェイク』は、最強のチカラ『王留(おうる)』に選ばれた2人だった。それぞれが最強のチカラを呼び出す想いを持ちえた。『フェイク』が死罪にならないのもひとえに『王留』に認められた者、と云うところが大きい。
そして、そんな私達を拾い育ててくれたのがこの国の王、
『マーシナル・リメデッター』の御為(おんため)にあります。
元は最凶の戦士であった彼だ。空舞う国『イングリア』を治める彼に地球の大地を捧げる為、汚れた革靴へ口づけた。
【2035年、イングリア。マイア・リメデッター】
『マイア』姫! 嗚呼、なんとお美しい♪ 貴女の為なら、この『フェイク』、命賭して全てを滅ぼしましょう。
悪ふざけはよしてよ『フェイク』。王留を呼ぶ者『悦びの王子』に口説かれたってオヤジにチクるわよ。
それは困るわぁ! 幼馴染のよしみで許してちょ♪
『イングリア』の要、『グレートブリテン』城にあるわたしの部屋へ幼馴染の『フェイク・ロージディア』が上がり込む。
颯爽とベランダを這い上がり、幼馴染のわたしをバカみたいに口説いてくる。宮廷女性の大半はこの尻軽の餌食になっているんだろう。呆れ過ぎてため息も出ない。
まぁ、
白銀の髪を流してその瞳が訴えかける。その輝きは貪欲に全てを欲しがった。
指を鳴らして、手品のようにソレを取り出してみせる。
……。
キミは僕のモノに成る。時がくれば誰もが解るさ。
金色(こんじき)の牙、最強のチカラ『王留』のモノだったソレをわたしへ、あの沈む太陽へ見せつけた。
地球外の脅威、『ガイア』の化け物に対抗できる僕のチカラを知る者は、皆、ね。
【2035年、イバラキ。桜ココア】
この地球に地球外人類『ノア』が避難してきたのは皆の記憶に新しい。巨大な船に乗って、アフリカの地に降りた彼らをTV越しに何度も見た。移民としてやってきた彼らだが、結果だけで云うなら彼らは移民計画を諦めた。ノアの民は地球に居住する事を諦め、そのほとんどが再び宇宙(そと)へ去っていった。
生態系のバランスを破綻させる事が早々に分かったからだ。
莫大な食糧と引き換えに『ノア』の民は地球を守る組織『導きの園』を設立した。『導きの園』、その実態は秘匿とされているが核を凌ぐ示威戦力を秘めている、と専らの噂だ。
けれど、私達ただの高校生にはそんなモノは中間試験より畏怖するモノではなく、食後のおやつに勝るモノでも無い。
『いっか』ほら、あーん、てするでしゅ♪
娘の前で何をするんだお前は。『ココア』、お肉はよく噛んで食べるんだぞ。急がなくていい。ほらほらご飯粒が付いてる。
私のお父さん『桜壱貫(さくら いっかん)』がこの口元を拭う。指差し笑いながらその脇に並ぶのがお母さんである『桜マァサ』だ。
ほら、取れた。お前は高校生になっても箸が上手くないな。俺が1歳の頃にはもう、
解ってるってお父さん! お父さんは、1歳で箸を、10歳でクマを、なんでしょ?
そうそう! で、18歳でボクを貰ったでしゅよね♪
う、五月蠅いぞマァサ! ほら、お前もご飯を飛ばすな!
お父さんはその強面に似合わない頬の色をしている。お母さんがそれを見てまた笑った。
我が家は、お父さんとお母さん、そして私の3人家族。茨城の『ヒタチナカ』ってところで3人仲良く暮らしている。
お父さんは総合格闘の道場を経営していて、門下生が何人も国際大会へ出場していると云う名トレーナーだったりする。お母さんは日がな一日のんびりと過ごしている主婦さんだ。
お父さんはお母さんと私、2人の赤ちゃんを育てて大変だねぇ♪
ねぇ♪ でしゅ。
お父さんから見たら、私もお母さんも手のかかる子供みたいなんじゃないかな? そんなお母さんは、私にとって親友みたいな、何でも話せるとても大事なヒトだ。
言葉無く息を吐くお父さんにお母さんが飛びつく。私も後ろから飛びついた。大好きな筋肉たっぷりの二の腕が私達の宿り木だった。
パパ、大好き♪
大好きでしゅ♪
それは本当に幸せな、平凡な毎日。それが変わるなんて崩れるなんて思ってもみなかった。2035年の茨城、夏を迎えようとしていたその日の夜の事だった。
夕食の後片付けをしていたらその爆音が響いた。
慌てて駆け付けた我が家の道路側の壁に大きな穴が開いていたんだ。白い渦を巻く煙、その中にソレは居た。
緑髪、目つきの悪いぬいぐるみ。
――『緑ツインテール包帯巻き巻きのウサギ』みたいな、うん。それは、……可愛いぬいぐるみさんだった。
助けを呼ぼうにも、お父さんとお母さんは近所のスーパーに『ラブラブデート』に行ってしまって、家には私1人しか居ない。
ここが『桜ココア』の家ね。シミ、とか無いキレイな家ね。
そりゃ、あのヒトが父親だもの。家に汚れなんて一切ない。あるわけない。ぬいぐるみが壁を舐めまわして、
でも美味しくは無いわね?
と不可思議な事をのたまっている。私は極めてありきたりな事を聞いてみた。
あ、貴女は誰!
あたし? あたしは!
『緑髪、ツインテぬいぐるみ』は、胸?を張って言いのける。
あたしは超絶美淫獣の『シャウラ』ちゃん!
超絶美淫獣、の『シャウラ』ちゃんと名乗る、変な子は実に不可思議な事を仰った。
『桜ココア』! あんたを殺して、『シャウラ』ちゃん、『シャウラ』ちゃんはきっと、
……
その手には一冊の本がある。その『タイトルの書かれていない本』を指差して彼女は言った。
この物語の主役になるわ!! なってしまうわ!
とりあえず、この幼子(おさなご)を失望させてはならない。両手を上げ、大袈裟に驚いた。
ええー!!
と、目を見開き、眼球を回転させて応えてあげたの。シャウラちゃんは手を叩きとても嬉しそう。
私達2人の出逢い、これが全ての始まりだったの。