【2015年? サトウタカシ】
【2015年? サトウタカシ】
……これがモカさんのサインなの! 懐かしいなぁ。あの頃は『園』に帰ったばかりだったから忙しかったんだよね~。……って、聞いてる? スズキ。
時の挟間にある時空間跳躍ユニット『I LOVE MAAKA』、DDD団の保有する船の中でわたしは話しかけた。耳を貸さないスズキを前に唇をすぼませる。
スズキコージは始末書片手にコンソールパネルを打っている。整えた髪の下、茶の瞳が始末書とパネルを交互に見渡している。
聞いてますよ、聞いてます。
業務から眼を離すことなくスズキは声を上げる。コンソールパネルを叩く音がやたら耳についた。
船の奥から目の下にクマを抱えた女性が髪をカキカキやって来る。彼女、ヤマダハナコは椅子に座りのろのろと力無く回転、背を大きくのけ反らせて私へ物申した。
部長~、今日も無駄足だったじゃない。『ホーム・ホルダー』の手が真紅さんに迫ってる、そう聞かされて計何回出撃したっていうんだか……。そして、そしてよ!
パネルを叩きつつスズキが後を続ける。
僕達、いっつも真紅さんにやられちゃうんですよねぇ。ただ、助けに行ってるだけなのに……。
腰に手を当て笑った。2人を身下し背後へ仰け反る。
ちなみに真紅さんの援護を始めて通算12回の戦闘を行っている。なゆたに会って1ヶ月の時が経過していた。
それはただただ運が巡ってないだけ! 近いうち『ホーム・ホルダー』の襲撃が必ずあるよ! その時こそ、わたし達の出番なの! 真紅さんを守って、救って……、
わたしは声を休め、そして胸の中の想いを零した。
……真紅さんにお礼を言うの。
覆面を外して想いを吐き出す。
わたしには力が無かった。自分どころか大事なお母さんさえ守れなかった。あの時お母さんを守ってくれたお礼を、いつかしないといけない。そして、
2人へ確認の視線を飛ばす。
わたし達は本来の目的も果たす! 解ってるでしょ! スズキ、ヤマダ!
――突如ハザート音が艦内へ響いた。緊急事態を表す赤いランプが明滅する。
導きの園から、新たな援軍がきました! ただいま真紅さんと接触。……ぇ、
どうかしたの、説明してスズキ。
モニターの明かりにスズキの顔が赤く染まっていた。
導きの園、時空間防衛部隊が、部長『サトウタカシ』の名の元に真紅さんと交戦しています!
理解できない事態に言葉を無くした。モニターに流れる文字をスズキの後ろから覗き込む。艦内にスズキの声が淡々と流れた。
交戦終了。防衛部隊全滅です。しかし、下校中だった真紅さんを始め、民間人に多数、負傷者が出た模様。
歯を噛み締める。
全滅という事実にではなく、
わたし達の英雄が負傷したという事態、自身の味方が行ったという凶行に……。
【2015年、春。柊なゆた】
『4月15日。晴れ』
『今日も雪さんとお食事をしたなゆちゃん。今日は手下のいっくんと相棒のモカちゃんも一緒だ。
いっくんが創りし至高のお弁当になゆちゃんの木の棒が突き攻める。鉄壁なブロックを前に大いなる幸を奪い取ることは出来なかったけれど、いっくんの卵焼きは彼の手によってなゆちゃんへ厳かに献上されたのだ。
そのやり取りの最中、鉄壁の小さな穴、一瞬の隙を突いたモカちゃん。その剣は陽に瞬きいっくんから一切の黄金卵を奪っていく。
雪さんは微笑みながら鼻息荒い猛獣いっくんへお肉をプレゼント。雪さんのソレは綺麗な横顔だった。とても眩しい微笑みだった。いいな、……いっくん』
入学式から1ヶ月半を迎えようとする今日、皆が寝静まった頃を計り枕元のランプを点ける。眼を細め日記のページをめくっていく。時間を計りながら、隣で眠るモカちゃんへ手を押し当てた。
次のページ。上部に胸を隠し恥ずかしがる黒髪の女性のイラストがある。下部の文章には一言、
『なゆちゃんも早く大きくなりたいな』
と、それだけしか書かれてない。
顎を両腕で支え枕に覆い被さる。瞳を閉じ、今でも鮮明な当時を思い出してみた。
雪さんって本当に高校生?
私の言葉に雪さんの箸が止まる。そのまつ毛がぱちぱちと瞬いた。
そう、それは唐突な質問だった。その場に居た皆が『何事か?』と昼食を中断する。
どういう意味かしら?
雪さんの言葉にまごつきながらも声にする。雪さんの視線を受け頬が染まっていくのが自分でも分かった。
なんか、ね。雪さんって胸が……、
私は雪さんの胸部をおずおずと指差した。両腕の人差し指で小高い山を描いてみる。
そんな私の指先をキョトンとした瞳で追いつつも、雪さんは深くため息を吐いた。長いまつ毛が伏せられている。
……なゆ。私、結構気にしているのよ?
脇でむぎゅむぎゅ、お弁当をかき込んでいたモカちゃんが口の脇に付いたゴマも気にせず箸を振りかぶる。
ゆきはそんなおっきいのに何が不満でしゅか? そんなの贅沢でしゅ! ぼ、ボクなんて――
雪さんの腕が空を斬った。その指先の箸、その更に先のシュウマイをモカちゃんの口へ押し込む。
辺りには小鳥のさえずりと、モカちゃんの咀嚼音しか聞こえてこない。モカちゃんの満足そうな笑みを見つめながら雪さんは口を開いた。その笑みは母親のような慈愛を表している。
モカはこれから大きくなるから大丈夫よ。それに、大きいとかそんなの関係ないわよ。まぁ、誰か喜んでくれる人が居れば別かもしれないけど。
私にはその慈しむようにおどけた顔が眩しかった。優しさに満ちた眼差しが眩しい。
そんなの贅沢でしゅ! ボクなんて、
その直後、咀嚼を終えたモカちゃんが雪さんのおかずであるウインナーを目で追いつつも抗議を繰り返した。モカちゃんの身体全てを使っての演説に、
……。
!
♪
皆で笑って、笑い続けて、モカちゃんは、雪さんは笑顔を繰り返した。
何でもない極々普通に流れる1日、その繰り返される日々に私は身を任せた。
高校生活が始まり生まれた掛け替えの無い交流、大切に思える友人との日常、繰り返す日々の中で、彼女『雪さん』の存在は私の心の多くを満たした。何者にも代えられない存在に成っていた。
1ヶ月ほど前の記憶から帰ってくる。そして更にページを捲った。そこには少女たちの笑顔だけが在る。何ページ捲っても笑顔が、光輝く物語しかない。
ある1ページでは、3人の少女と1人の少年、覆面の人が手を繋ぎ円陣を組む姿がある。
また、ある1ページでは、ラブレターを手にうろたえ、走りまわる金髪の女の子が居る。
その全ての空には高く真っ白な雲がある。その下で私達は皆、みんなで笑っている。日記の中の女の子は弾けるような笑顔で、目の前の私を見つめていた。
更にページをめくる。先ほどの1枚から、5ページも捲らない位置に、
――涙の跡があった。皺くちゃになったページがある。見ていたくなくて更にページを進めていく。
10数ページ先に数行、書きなぐった文句があった。私の目から熱い雫が伝った。幸せだった分、苦い現実だった。
隣で深く息を吸う、それだけの為に眠るようなモカちゃん。その傷だらけの身体をみて、――私は枕へ突っ伏した。布団は涙で、流れ出た鼻水で……。
『5月6日。雨』
『何者かは分からない。数多くの機械軍団から3度目の襲撃があった。
機械軍団に対しいっくんは頑張った。人々を救うために必死でその身体を踏ん張った。
頑張っているけど、死んでしまった人が出た。いっぱい、いっぱい町が私達の大地が荒らされた。
モカちゃんの傷は未だ治っていない。ずっと、ずっと眠り続けている。
……私達何か悪いことをしたのかな。こんなに悲しまないと、苦しまないと許されないほど悪いことを……。解らないよ、私』