世界公証人シリーズ
対峙者の見性自覚
世界公証人シリーズ
対峙者の見性自覚
JR大久保駅と新大久保駅の間に位置するオンボロなビルの一室に司馬春一はいた。
パソコンに向かって、YouTubeを見ている。
彼の仕事は探偵。
主な仕事は『身元調査』『人探し』に『逃げた猫探し』『逃げた犬』『逃げた鳥』『逃げた爬虫類』…そして『浮気調査』
もちろん、毎日仕事があるわけではなく、この日のように、ただただ、YouTubeを見る事も…ままある。
はぁ…何回でも観れるわ。ペニーワイズの動画。これ作った人は天才だろ?
もちろん、返事をする相手などいない。声は虚しく部屋に響くだけだ。
すると、部屋のインターホンが鳴る。
一回だけではなく、何度も…何度も。
ったく、一回で良いっつーの
ぼやきながら入り口まで歩き、ドアの覗き穴から外を確認する。
一人のスーツ姿の男が立っていた。
チェーンロックをしたまま、鍵を開けて扉を半分開くと司馬は言う。
ハーーイ、ジョージ
……司馬さん…ペニーワイズですか
男の言葉を聞くと司馬は、チェーンロックを外し扉を完全に解放した。
どうぞ
…秘密の暗号を解いたみたいになってますね
いいじゃないの。それっぽくて。
あ、鍵閉めて入ってね。それと、靴は脱がなくていいから
失礼
はーい。どーぞ。
あ~~~何か飲みます?
いや、結構です
あ、そう?……そんじゃ、そこにお掛けくださいな
失礼する
1つのテーブルを真ん中に、男二人が対峙して座る。
互いに口を開くわけでもなく、時計の音だけが響く空間。
外からは走行する車の音が聞こえ、後は何もない。
ただ、男が二人…目をそらす事なく無言で対峙しているだけ。何の違和感もない。
ただ1つ。
テーブルの上に拳銃が置いてある事を除いて……
タバコ…
どうぞ
いや、吸います?
いいえ
そうですか………ははは。…まぁ、ここ禁煙なんでね
………
あー…もしかして、アンタって…無口って言われます?
なんなら、ペニーワイズの話でもーーー
………本題…いいですか?
どうぞ
こちらとしても困るんですよ。
突然お電話頂いて、『チャカお返しします』って言われても
でも、コレって、そっちのモノですよね?
それは証拠とかあるんですか?
まぁ…こうして、わざわざ来てるんだし
それは、こちらも勝手に『良からぬ噂』を立てられても困るわけで…
お察し致します
ふざけてるんですか?
いえいえ。
ただ…『良からぬ噂』なんて、おたくにとっちゃ、『最早』なんじゃないんですか……はははは
冗談がお好きな方の様ですね
で、どうします?
何をしたいんですか?
あっ聞いちゃいます
……
すみません。単刀直入に言いますと……『関わらない』で欲しい
関わらない…ですか?
俺は、むしろ感謝されたいんですよ
感謝?
ちょっと、言いたい事が分かりませんね
別にユスるつもりも、タカるつもりもないんです。
俺はアンタに拾った拳銃を返す。アンタはそれを受け取り『ありがとう』と言う。
それだけ。
そして、これで終わり。
簡単でしょ?
つまり、何も見てない…『関わってない』と
そう。それ。
そもそも、関わってすらいないの
それを信じろと?
信じられるだけの情報は集めたはずでしょ?
だから、わざわざ、来てくれたんでしょ?
司馬さんは、特定の団体に協力する事はしない
まぁ、そうだね。
俺の取引相手は、あくまでも個人だ。
団体?ってか、組織と組織がどーのこーのってのは、興味がない。だから、組織を相手に、ユスりだ、タカりだなんて、考える事すらしない
そうでしょうか?
アンタは北海道から来たばかりだから、その辺を疑う気持ちはわかるよ。
わかるけど…本当だよ。
いろんな組織を相手に、あっちだ、こっちだと、鞍替えしてたら、命がいくつあっても足りないしさ。
俺は一人なわけだし、そんな相手と闘う事なんて不可能!
だから…あくまでも個人。
そうじゃなきゃ、この街にいつまでも暮らしてない
つまり…私、個人をユスると?
それも違うのは解ってるだろ。さては心配性か?
ただの返却ではメリットがないでしょ?
あるよ
ほぉ。例えば?
目の前のマンションの3階の部屋……303号室からの監視、今も部屋に設置されてる盗聴機と監視カメラ合計12台。
俺が外出している時の不法侵入5回………
…まさか
司馬は椅子の後ろから封筒を取り、封筒の中から数枚の写真をテーブルに並べる。
後はこれ。
俺の尾行。…んで、これ……どれも、アンタん所のヤツ
ここまで解ってて…3週間も過ごしてたのか?
俺は拳銃を拾って、直ぐに連絡入れたろ。さっさと終わらせたいのに、そっちが3週間もかかっただけだ
……いや、しかし…
もういいだろ?
充分、理解したでしょ。
…それとも、今回の件……何が起きたか、改めて言った方がいいか?
そうですよね…さすがに、ここまでバレてたら、今回の件が如何にヤバいものかまで知ってますよね
だが俺は『関わってない』と言ってる
そこまで知ってしまっているのにか?
知られた事とは関係ない。
そもそも、知られる方が悪い
それは通用しませんよ
いや、するね。
そもそも俺も、ここまで監視されなきゃ調べなかったわけよ。
監視された状態でも簡単に知れる程度の自己防衛しかないわけだし…時間の問題だろ。こんなの。
ずいぶんな事を言いますね
社会の窓が全開なのを指摘したら『お前ふざけんな!』って怒るのかい?
そんなレベルの話ですよ。
ずいぶん、口が上手いですね
まぁ、立場が変われば似たようなもんでしょ
…とは言え、俺は社会の窓は全開にはしませんが
…では…
どうぞ
男はテーブルに置かれた銃に手をかける……と、そのまま動きを止める。
この後、どうなるか…想像はしてますよね
は?……あぁ。まぁ。当然
男はじっと司馬を見る。
では、敢えて聞きますが、私が拳銃を握った後、どうすると思います?
逆にアンタは想像しないか?
何を?この銃から弾丸が抜かれてるとか?
…それもあるかもね
それは、こっちは何のリスクもありませんよ。
弾がなくても引き金を引くだけですから。
はぁ…浅いね
…机の下から何かで叩く音がした。
……ん?
何だと思う?
想像しようか…テーブルの下は何でしょね?
脅してるつもりですか?
いいや。
ただのクイズだね。
もしかしたら、指でノックしてるだけかもよ。
でも…何か持ってるかもしれない。
例えば……そうだな。
ファッキンジャップくらいわかるよ。バカ野郎ってね
つまり、既に拳銃を構えていて、引き金を引くだけ……かも。ですか?
それなーーー
……
どうする?試してみるかい?
男は『ふぅ』とため息を吐くと、ゆっくりと首をふった。
わかりました
ありがと
男は拳銃に手をかけたまま、テーブルから滑らせるように拳銃を取り、そのままポケットに入れた。
答え合わせする?
いえ…結構です。
そうじゃなきゃ、この街で暮らしていけない…ですよね
ははは。信じてくれましたか……まぁ。じゃあ。お帰りくださいな
男は立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。
時計の音だけが響く空間。
外からは走行する車の音が聞こえ、後は何もない。
司馬は立ち上がり、窓から街を見る。
ふぅ…アイツ…見る目ねぇなぁ
司馬春一
彼の仕事は『探偵』……で、世間には通しているが、本当の仕事は誰にも言ってない。
そして、今…彼の手には拳銃が握られていた。
終わり。