頷く。相対する『コノカ』は白く細い指を解(ほど)き、青い大きな瞳を開閉させた。
え? 貴方は『セレス・クリティア』じゃないんですか?
頷く。相対する『コノカ』は白く細い指を解(ほど)き、青い大きな瞳を開閉させた。
じゃあ、貴方はいったい、何処(どこ)の何方(どなた)なんでしょう?
僕はイチロー。『イチロー・山田』。このパーティーのリーダーしてる。で、こっちの金髪の彼が、キミの探してたヒトじゃないかな?
左手で『セレス』を指差す。『コノカ』は『セレス』を見、フード越しに頭へ指を当て唸った。当の『セレス』は相も変わらず依頼書との問答を続けている。
……?
そして頭から蒸気を上げる『コノカ』を顧(かえり)みることなく、『セレス』は言葉で両断した。
おい、なんだ? この『ぽんこつ』は。
ちらりと見ただけで『コノカ』を意にも介していない。
おい! 出会い頭に『ぽんこつ』って! 仮にも女の子に向かって『ぽんこつ』言う事ないだろ! 勇者なら、こう、声高らかに名乗ってみせろよ!
『この刃(けん)に掛けた魔(ま)は幾万、比類なき勇者、我が名は『セレス』!』
とかさ。
『セレス』の尖った眦(まなじり)が僕を射抜いた。
……いめぇ。
なんて?
いもい。って言ったんだ。
思わずうな垂れる。そんな、心砕けそうになる僕の手を取る者が在った。
……素晴らしき詩(うた)でした。イモローさん。心に染みました!
イチロー、ね。
指を組み、『コノカ』はギルドの天井へと祈りを捧げていた。
嗚呼、戦の神『マリス』。
と唱えた後(のち)、ウットリとした表情で振り返る。僕は思わず後ずさる。
嗚呼♪ わたしもイモローさんみたいに謳ってみたいです! 伝説を、後の世に伝えたいんです! それには、『誰も寄り付かない』悪の権化、悪の再来である『セレス・クリティア』に付いていかないといけないのに!
天井を仰ぎ恍惚としている『コノカ』を観て『セレス』がキレた。とても自然に微笑んでいる。
おい、イモロー。こいつを黙らせろ。
え! ぼ、僕が?!
嗚呼、商人の神『マイン』よ許したまえ! 僕もまだ死にたくは無いんです! 祈り、僕は『コノカ』の首に手刀を叩き込んだ。
てぃ。
きゅー
『コノカ』が腰から崩れる。さすがに慌て、その細い腰を抱き白い頬を叩く。
え? 何でそんな簡単に気絶を!
ギルド内にザワメキが広がった。
キリングヒーローが、またか、
という声が聞こえた。そして舌打ちが幾つも起こる。見やった『セレス』はそれらの声に構わず『コノカ』を背負い、依頼書を脇に納めると出口へ向かった。
おっさん。俺達は、『赤龍【ガンクルルス】の討伐』を受ける。付けといてくれ。
ほ、本気かよ! おいセレス!!
僕の声にも『セレス』は振り返らない。
テーブルへお金を置き酔っ払った『アリサ』を背負って僕は『セレス』を追いかけた。頭を往復し脳の領域を満たしたのは、何故だろう、赤龍ではなく、僕を視たコノカのキレイな瞳(あお)だった。
気絶した『コノカ』と酔っ払った『アリサ』を連れて僕達は『山田』の家に帰りついた。空は紅く夕の頃合いを示している。『アリサ』は早々に復活を果たし、夕食前のデザートを喰らっているところだ。
……こ、ここは?
起きた? ここは僕の家。というより、僕らパーティの館と云った方が差支えないかも。はじめまして、コノカさん。
は、はじめまして! 『コノカ・ステイツ』です! い、
僕はイチロー。『イチロー・山田』。で、こっちの赤い髪の子が『アリサ・バドゥン』。あっちで寝ている金髪の彼が『セレス・クリティア』。キミが追っていた彼だよ。
えっと、はじめまして皆さん! これからどうか宜しくお願いします! わたし、『赤龍』討伐全力で頑張りますから!
頭を押さえベッドから足をおろした『コノカ』が改めて自己紹介を始めた。
北の雪国『アスカリ』の出身で、詩人として活躍がしたくて『アスカリ』でも名の知れた勇者『セレス』を追ってきたそうだ。『ヒーラー』ランクは1級、と言っている。強力な回復魔法の使い手なのは恐らく間違い無かった。
『アリサ』も自身が極寒の地『サザリ』の出身だと説明。同じ北国出身の2人が大きく手を重ねる。似たような地に住む者同士心が触れ合ったんだろう。2人、にこやかに微笑みあう。よほど嬉しかったのか『アリサ』は自身の大事なオヤツである『揚げパン』を半分に分け慎ましくも『コノカ』へ渡そうとしている。あの腹ペコ魔王が! だ。そしてあろうことかそんな『アリサ』へ『コノカ』が反逆の牙を向いた。
だがしかし! とやーー!
『コノカ』が『アリサ』へ手刀を振りかぶる。
が、『アリサ』の腕が遙かに速い。『コノカ』の首根っこに揚げパンを掴んだ『アリサ』の指が突き刺さった。
きゅー
青い髪の彼女、ヒーラー1級の『コノカ』は再び眠りに着いた。
あ、アリサ! コノカちゃん殺す気かオマエ!
つい、殺(ヤ)っちゃったゼ♪
『アリサ』がテヘペロする。
10数分後。再び横にされていた『コノカ』が首を擦(さす)りながらベッドから降りてきた。本日2度目の起床だ。『アリサ』もチカラを加えていないらしく、『コノカ』の首には指3本の跡しか無い。あと、パンのクズ。
そんな『アリサ』に一礼。『コノカ』は『アリサ』の目を視て言いのけた。
先ほどはごめんなさいアリサさん! わたし、アリサさんこそがこのパーティの最底辺だと解ったんです。例え憧れのパーティといえども、わたし、底辺は嫌なんです! ヒエラルヒーの最下部は苦しいんです! アリサさん! アリサさんの苦手なものでわたしと再勝負です! そして貴女こそがこのパーティの最底辺へと君臨してください! だけど仲良しで居てください!
『アリサ』はお茶を飲む手を一旦降ろし、お茶請けの脇へそれを並べる。そして顎に手をやり思案、
私の苦手なものかい? そだ。私、……あまり食事とか好きじゃないかも。乙女だからそんなに多くは召し上がれないの~♪ あと、仲良しさんは了解!
『アリサ』は指をいじいじ、ワザとらしくこね回している。一見(いっけん)乙女なその前に立ちはだかったのは自前のワンド(杖)を掲げ顔面に自信の火を灯した蒼き聖女(コノカ)だった。
ふふふ。どうやらわたしの勝ちが決まったようですね! この『ライスイーター』コノカとお食事(フード)バトルです!
急遽用意された早めの夕食に、『アリサ』は乙女顔で指をいじいじしている。腰に手を当て構えるはライスイーター『コノカ』! 鼻息も荒い。
お椀いっぱいによそわれた白米とその上の『トンステーキ、レタス添え』を前に、彼女『コノカ』は言いきった。立ち上る湯気を払い、指に『ジャニーン』で一般的に使われる食器『箸』を握りしめて。
いただきます! わたしの未来!
そして、お肉を小さく一齧り、ご飯5口頬張ってからの、
……すみません。負けましたわたしの未来。
……敗北宣言だった。『コノカ』は、お茶をすすりウォーミングアップを始めたばかりの『アリサ』を前に深く、深く平伏(へいふく)した。『アリサ』はまだ、まだ何も食べていないのに、トンステーキを前に『コノカ』の紙メンタルは一瞬で砕けたようだ。
『アリサ』はゆっくり『トンステーキ』を串刺すと世にも哀れなモノを見るような眼差しで『コノカ』を見下ろしている。
テーブルに突っ伏し拳を打ち付け、
『トン』は、『トン』だけは!!
と嘆く『コノカ』は、そう、圧倒的に、
……類い稀なる『ぽんこつ』さんだった。
ちなみに、『セレス』は帰宅してからずっと寝ている。彼がこの茶番の顛末を知るのは明日の朝だろうか。何と云うか、これ話さないといけないのかと思うと、
嗚呼、……胃が痛い。