Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
レダ暦7年
セシルとアスター
1
彼女を不憫だと思ったのは、いつくらいだっただろうか。
セアト王に仕え、彼女のことを紹介されたときだったろうか。
レダ王に、アスター付を命ぜられたときだったろうか。
アスターが、フラウ暗殺を企て始めたときだったろうか。
それとも、セアト王に仕える前、王城の自室から空を見上げる彼女を庭から見上げたときだったろうか。
アスター
常に厚いカーテンを閉められている彼女の自室は、昼間でも薄暗い。
それでも、遮光カーテンの端からはこれでもかと隙を見たように陽が覗く。
セシルは、呼びかけて中に入ると、部屋を見回した。
厚い絨毯の敷かれた広い部屋はしんと静まり返り、一見するとアスターの姿は見当たらない。
アスター?
あれ以来。
フラウ暗殺以来。
何一つ、変わることはなかった。
大きな事件になることもなかった。
なるはずもなかった。
ひた隠しにされていたフラウの存在を今更公に晒すことなど考えられなかったし、まして王族の陰謀めいたものを世間に流すはずはなかった。
現レダ王はセアト王の血を継いではいないが、次期王は再度セアト王血縁者にしようと、今から企む者もいる。
王に、王家に求心力がなければ民はついてこない。
さまざまな事情が重なって、利害一致、フラウの名前は存在ごと王族の歴史から消されてしまった。
フラウ暗殺は、レダ王が最小限のリスクで内々に処理した。
レダ王はフラウ暗殺の詳細を知っているのだろうか。
ラムダはそういったことを話したのだろうか。
セシルは、アスターの心の内を全部知っている。
と思っていた。
フラウがいなくなるまでは。
だが、今となってはアスターの心のうちさえ分からない。
セシルは言動にかなり慎重になった。
そして、参謀者のアスターは抜け殻になった。
セシルは、広い部屋を勝手知ったる顔で歩く。
アスターは、いつもと同じようにひとり掛けのソファーに埋もれ、虚ろな瞳で空を見ていた。
アスター
セシルは、何度でも呼びかける。
まだセアト王だった時代。
幼いセシルは、セアト王に仕えるため、城まで連れられてきていた。
セシル自身にはまだ分かっていなかったが、セアト王に仕えることは、周りの大人たちがごく当然のように決めた。
セアト王と、遠い、遠い親族にあるのだと、教えられた。
城門を潜ってからは、先輩の仕え人と、軽装の兵に導かれ庭を歩く。
どうして城内なのにがっちりガードされているのかが謎だった。
広い庭には、庭師が一人作業しているだけで、他の人の姿は見えなかった。
風が吹いて、ふと顔をあげる。
その先に、自分とそう歳の変わらない少女が、出窓から空を見上げていた。
引かれていたピンクのカーテンにレースがたくさんついていて、お姫様みたいだと思った。
思わず、足を止める。
どうしました?
前にいた先輩が振り返った。
あれは、誰?
素直に聞いた。
お姫様?
アスター様ですか
先輩は、セシルの幼稚な問いにも笑うことなく、しっかりと応えてくれた。
アスター?
わたくしどもには、かの方についてお話しすることは禁じられています
どうして?
面白いことをひとつだけ教えて差し上げましょう
あきらかにはぐらかした。
だがセシルは気づくことなく話の流れに乗る。
アスターとは、花の名前です
花?
そういう名の花があるのです
ふーん
時間がありません
行きましょう
後ろにいた兵が、そっと促す。
セシルは、もう一度アスターを見上げた。
その場所にもう、アスターはいなかった。