Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
レダ暦30年
水辺の音色
1
レダ城。
深夜。
誰もが寝静まる夜。
ひっそりと明かりが灯る石造りの無機質な見張り塔に、数人の兵士が簡単な装備で見張りや待機をしていた。
見張り塔は城を囲むように四方にあり、常時万が一の時に備えている。
夜になると灯台のように見え、城下町の人々はこの光に無意識に安堵するという。
幼い頃から憧れていたレダ王の隊に入ってから、ジャンは先日初めての遠征を任命された。
前日の夜、ジャンは緊張のあまり寝付けず、見張り塔の地下にある休憩所にて、古いせいで軋む木製のイスに座り、壁に立てかけた自分の剣を見つめ続けていた。
髪は少し伸びて毛先が尖り、瞳は不安の色と期待の色が交錯している。
今年15になる、まだまだ若い兵。
初めて支給された剣は、使いやすさを重視した、装飾のないごくシンプルなものだった。
それでも、受け取ったときには気持ちの意味で重いものを感じ、「死ぬなよ」と笑った気さくな先輩に大きな手で背中を押されて嬉しくなった。
慣れないジャンは真新しい皮の鞘に剣をしまうのも何だかたどたどしい。
いつか“黄金の虎”のレリーフが入った剣を手に入れたい、と心の中で思っていた。
なぜならそれは、レダ王へ忠誠を誓う、正義の騎士の剣だからだ。
ジャンはレダ王へ謁見したことはないが、王座の後ろに、レダ王を引き立てるかのように大きな黄金の虎の剣が突き刺さっていると聞く。
初めて謁見に訪れた者は、その厳かさと神々しさに思わず傅くとも。
ジャンは、静かな溜息を落とし、高いところに掛けられている丸い時計を見遣った。
もう随分遅い時間だが、宿舎に戻って眠る気にはなれなかった。
遠征の指揮隊長はラムダだという。
これまで遠目でしか見たことはないが、噂によると堅物で融通が聞かないらしい。
ただ、統率力がかなりあり、レダ王からの信頼も厚く、密かに尊敬している兵も多いようだ。
お、いたんだ
小休止だろうか、同期のクローブが軽い鎧を身につけたまま部屋にやってきた。
闇色の髪と瞳は、夜の中でもキレイに映える。
口に出したことはないが、ジャンはクローブの長身を少し羨んでいた。
あぁ、お前は夜番?
そう。先輩が少し休んでいいって
ジャンとクローブは仲が良かった。
同期というのももちろんあるが、妙に波長が合うのだ。
お互い気を使うことなく間を保つことが出来る。
お前、明日だっけ
緊張してんの?
そうだよ
余裕がなくて素直に頷くと、クローブは苦笑した。
何だよつまんないな
せめてもっと可愛い言い方してよ
ヤだよ
そういうのは女の子にやってもらえよ
ジャン君が可愛いから言ってるんだよ
気持ち悪い
ひどいなぁ
クローブは小さくおどけて見せた。
しかし、いつものジャンの反応より大分テンションが低い。
これは大真面目に緊張しているなと、からかうのも悪いなと、クローブはジャンとは離れたところに座りながら息をついた。
ジャンがこれでは、いつもの調子がでない。
指揮はラムダ隊長だっけ
安心してついていっていいんじゃない?
初陣にも似たその気持ちがクローブにも分かるから穏やかに声を掛けると、ジャンは黙って頷いた。
クローブにも経験がある。
初めて城を離れ任務をこなす時は、どんな厳しい稽古よりもずっと気を張るし疲れるのだ。
これはもう話しかけないほうがいいと、クローブも疲れを取ることに集中するために目を閉じた。
少し休んだら、自分はまた見張りに戻らなければならない。
時計の音が妙に響く。
遠征は20日間の予定だ。
隣国ラルタークへの警戒。
有事は起こらないだろうと予測されているが、兵士の身にはいつ何が起こってもおかしくはない。
下っ端のジャンには詳しいことは教えられていないが、何の思案もなしに遠征に出向くなんてことはありえない。
上は、何かの懸念を持っているか、あるいは企てを試みているに違いない。
ジャンは、気持ちを落ち着けようと、静かに目を閉じた。