Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
レダ暦6年
星に願いを
1
誰でもよかったのかもしれない。
あたしを、連れ出してくれたのなら
ミカエルの丘、という場所がある。
地図に載っておらず、人にはあまり知られていない、ひっそりとした場所。
一体誰が“ミカエルの丘”という名称をつけたのだろう。
天使が舞い降りてきた場所だという逸話でもあるのならば、キレイすぎる。
丘陵の先、海に面する崖の上に、5階建ての塔が立っていた。
日の出も日の入りもキレイに観察でき、晴れた夜空には季節の星達の輝きも一望できる、まさに天文学のためにあるかのような塔。
ケルトとフラウは、そんな場所で生活をしていた。
やせた土地をよみがえらせ、小さな畑を作り、そこで野菜を栽培している。
質素な生活だが、それでも生きていけないほどではなく、贅沢を望まなければそれで十分だった。
何より、ひとりで生きているわけではない。
ケルトとフラウのふたりがふたりとも協力し合っていることを実感し、寄り添いあうような生活も幸せに思っていた。
以前よりケルトが何よりも夢に見ていた星の研究は、まだ公に認められてはいないが、レダ王の進言もあり、彼を信じるのならば徐々に認められつつある。
世界が変わっていく様を、彼らは目の当たりにしていた。
アーチェは毎週彼らに会いに行った。
城下町に住むアーチェは、彼らほど不自由はない。
身寄りがケルトしかいないのでこうやって頻繁に会いにいっていた。
それはもう生活の中の一部で、当然のことだった。
かごいっぱいにコッペパンを焼いて、毎週欠かさず届くレダ王の手紙も添えていく。
城下町を追放された兄と、王家の隠し子が隠れるように住まうことに当初は戸惑っていたが、彼らの決意や強い思いを知ると、どこまでも応援していこうと心に決めた。
ミカエルの丘までの険しい道のりも、もう苦なんかじゃない。
大鳥をも一睨みで黙らせる様は、身体は華奢だがたくましい。
通常丸一日はかかる行程を、その半分の時間で辿り着く。
5階建ての塔が、見えてきた。
あれから。
レダがケルトの身代わりとなり、ラムダがケルトのために戦い、フラウがケルトのために犠牲になろうとしてから、一体どれくらいの年月が流れただろうか。
その間にレダは王となり、ダイオスは故郷へと帰り、ラムダはレダ国の兵士となり親衛隊への道を駆け上っている。
自分はどうだろうか。
あれから何か変われただろうか。
何も変わっていない気がする、自分だけは。
それがいいことなのか悪いことなのかは分からない。
アーチェは時々考える。
流れるように生きていて、自分は成長しているのだろうか。
やさしい風が吹いた。
扉の前に辿り着くと、木製の古いドアをノックする。
しばらくして、内側から開かれた。
こんにちは。パンを焼いてきたわ
アーチェ、ありがとう。入って
迎えてくれたフラウは、王族とは思えないほどみすぼらしい格好をしていたが、輝かしいオーラは隠し切れず、薄化粧でもとてもキレイだった。
心からの笑顔を向けるフラウに、アーチェも安心する。
ケルトがフラウを選んだのか、フラウがケルトを選んだのかは謎だったが、ふたりはとてもお似合いだと思う。
赤ちゃん、どう?
順調よ
アーチェの問に、膨らみ始めたお腹をさすりながら、フラウは穏やかに答えた。
あーあ。わたしもついにおばさんかぁ
何言ってるの。まだ若いのに
アーチェが嘆くと、フラウはくすくすと笑った。
フラウは、少し変わった。
険が取れ、大人の落ち着きを持つようになった。
アーチェ? 来てたんだ
ケルトが上から降りてきて顔を出した。
眼鏡の下から穏やかなまなざしを向ける。
何よ。来ちゃ悪いの
そんなこと言ってないよ
兄には何を言ってもあまり意味がない。
普通に受け流されるから、ケンカのしようもない。
はい。コッペパンよ
焼いてきたパンを差し出すと、受け取ろうとしたフラウにケルトが割って入ってかごを受け取った。
ありがとう。アーチェのパンはおいしいからね
ふたりとも、そんなところに立っていないで、こっちにおいでよ
兄の変わらない笑顔に、アーチェはいつも安心する。