太郎

ん?

太郎

なんだろうな、これ












太郎がそのボタンに気づいたのは


きっと


運命だったのだろう。







































ボタン








































店員さん、まだぁ?

太郎

申し訳ございません、
もう少々お待ちください。

チッ……。
早くしろよ……。
昼休み終わっちまうぞ。







それは昼時のコンビニの繁忙期。




他の店員がバックヤードで検品をする中、


昼食を求めた客どもが、


発売日にゲームハードを求めるがごとく


長蛇の列を作っていた。






実質ワンオペ状態となったレジに


待ちきれない客どものストレスは


もはや臨界値だった。


太郎

もう無理だな。





太郎は途切れぬ客足に、


捌ききれないレジ打ちを諦め


レジカウンターの内側にある


他の店員を呼ぶボタンに手を伸ばした。






と、その時。

太郎

ん?






ボタンを押そうとするその指先に、


太郎は違和感を感じた。






何やらボタンの上までせり出した


角ばった物体の感触。


今まで何度も押してきたハズのボタンだったが、


こんな感触ははじめてだ。


太郎

そー……





気になった太郎が


客の目を気にしつつレジ下を覗き見ると、


いつものボタンの脇に


新しいボタンが増設されていた。

太郎

なんだろうな、これ






新しいボタンは


エレベーターに設置される


エマージェンシーコールのように


プラスチックのカバーで覆われつつも、


もとよりあるボタンの横に


ピッタリとくっつけて設置されていた。




それ故に


ボタンの位置を探る太郎の指に


触れたのだ。



太郎

まあいいや、
あとで店長に聞こう。




今はそんなことはどうでもいい、


と店員呼び出しボタンを押す太郎。


うんともすんとも




しかし、いくらボタンを押せども


助けの店員はやってこない。

太郎

どうなってんだ?

ちょっとぉ!
アイス溶けちゃったんですけどぉ!

もう午後の業務が
始まっちまったじゃねーか!







苛立ちを募らせる客ども。


その表情は次第に険しくなっていく。




























もしかしたら、

もう新しいボタンを使う運用に

なっているのだろうか。























ふと脳裏をよぎった一つの考え。


一度湧いた疑念はそう簡単に払拭できない。



太郎

怒られたらあとで謝ればいい。





埒が明かない現状に


追い詰められた太郎は


新しいボタンを押すことを決めた。






軽い音と共に開かれるボタンのカバー。






太郎

押すぞー
押すぞー押すぞー



震える太郎の指先。

イライラ……

イライラ……





停滞する客ども。



太郎

エイッ!




































そして、新しいボタンは押し込まれた。





















































メインエンジン点火。
発射まで300秒。



突然流れだす謎の店内アナウンス。




その刹那、店舗の照明が全て落ちる。








店内にはサイレンが鳴り響き、


どこにあるのか赤色回転灯が


客の顔色を赤く明滅させる。


太郎

な…なんだ?





慌てる太郎をよそに、


店舗は地響きとともに大きく揺れだした。













積載量オーバーを検知しました。
軽量化を実行します。






にわかに流れるアラートのアナウンス。


そして次の瞬間。



















入口の自動ドアが開いたかと思うと、


奥のトイレから噴出した人工気流が


客どもを店外へと押し流す。

きゃぁぁぁーー!!!

なんだぁぁぁーー!!

太郎

……。





まるでブラックホールに吸い込まれるように、


次々と店外へ追い出される客どもを


太郎はただ呆然と見ていた。



……押したな。



太郎の背後からの突然の声。

太郎

ひぅっ



身を震わせ言葉にならない悲鳴を上げる太郎。


太郎

て、店長……。





あわてて振り返ると、


そこにはこの店の店長が立ちはだかっていた。



太郎

もう……
脅かさないでくださいよ。



軽いノリで話しかける太郎。



しかし、そこにあるのは


いつものおちゃらけた店長の姿ではなく、


まるで数々の死線をくぐり抜けてきた


歴戦の勇者のそれだった。

やはり君は、
私の見込んだとおりだった。
必ずや君が押してくれると。

太郎

はて?


全く飲み込めない状況に


太郎は首を捻る。






そうこうしているうちに、


徐々に甲高くなる排気音。







店内アナウンスはすでに終局を迎えていた。




  10秒前。 
  5秒前。
  3。
  2。
  1。











カウントダウンが終わると、


轟音と共に店舗が一際大きく揺れる。



ビシビシと太郎の全身に大きくかかる重力。






























太郎

う…そ……















気が付けば、ガラス張りの店外は、



あっという間に星空に変わっていた。








嗚呼、コンビニよ。


顧客を置いてどこへ往く。






何人も知らぬその行き先は


フレアの海か、黒穴か。




















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