古川愛李

昨日告白された。

永井蓮

知ってる

古川愛李

気になる?

永井蓮

まったく

古川愛李

でも、みんなは気になるみたい。

永井蓮

学園のアイドル同士の恋愛イベントなんだから、
普通はみんな気にもするだろ

古川愛李

けど、キミは興味ないんでしょ。

永井蓮

……ひとつだけ興味がある

古川愛李

意外だね。面食らっちゃったよ。

永井蓮

おまえ、まともに恋したことないだろ

永井蓮

委員長が今まで何人かの男と付き合ってきたのは知ってるし、それでも全員すぐに別れたって話もどっかで耳にした

それは演技のため? それとも自己の存在の確認作業?

古川愛李

んー。
男の子は好きだよ。

永井蓮

答えになってないし曖昧だ
もしはぐらかしているのならこれ以上は聞かないよ

古川愛李

ううん。そういう事じゃなくて……。
難しいの。上手く言葉にするのが。

永井蓮

演技でもあるし、自己確認でもあるし、他にも自分でも分からないたくさんの何かで混沌としていて処理しきれていないってことか?

古川愛李

うん、そうなのかも。

ちょっと前までの私は誰かと付き合っている間は満たされていると思ってた。
心の空虚な部分が埋まっていく感覚。
必要とされている心地よさ。

でも相手の求める愛情と、私が考える愛情が決定的に違うことに気づいてからは、私は誰とも付き合わないようにしたの。

相手が好きな私は私であって私じゃあないしね。
それに本来の私なんかじゃきっと釣り合わないさ。

永井蓮

そして『本当の自分をみせても、もしかしてこの人なら受け入れてくれるかもしれない』
一瞬脳裏をよぎったその自分本位の甘い考えが、圧倒的な自分嫌いのせいで自己嫌悪に陥る

古川愛李

エスパーみたいね!

永井蓮

……俺たちは鏡なんだろ

古川愛李

そ……キミもそうだったのか。
でもね、実のところ私は君ほど後ろ向きじゃないんだよ。

キミも私も人よりちょっと潔癖なだけ。
きっと誰もが持つような小さな打算さえも、潔癖故に許せないの。

永井蓮

潔癖ね……いまいちピンとこないけど……
それより委員長はまだ希望を持ってるんだ

古川愛李

私だって女の子だもん。
恋の一つくらいはしてみたいさ。

でも潔癖ゆえに純愛を信じられない。
だから私にまともな恋愛は無理なのかも……それでも期待はしてるよ。

いつかきっと。ってね。

永井蓮

……俺はもうとっくに虚無を享受してるよ

古川愛李

うん、だと思ってたよ! じゃあちょうどいいと思わない?

永井蓮

ちょうどいい?

古川愛李

私とキミ。
根幹は同じでもそれぞれ違う視点を持っている。
ずっと一人で視野狭窄に陥っていた私達が一緒にいれば、高いところから俯瞰してもっと視野が広がるかも。

永井蓮

まあ……たしかにここ数日のLIMEで少し考えが変わるような事もあったけど……

 幾度となく聞いてきた屋上の寂れたドアが開く独特の音。
 永井蓮は咥えていた煙草の火種を咄嗟に消そうとしたが、無意識のうちに振り向いた扉の先に立っていたのは……委員長――いや、それは紛れもなく古川愛李〝本人〟だった。
 演技という仮面を外した古川愛李は、今まで画面越しでしか感じることのできなかった古川愛李そのものだ。

 扉を閉め、いよいよ屋上に足を踏み入れた古川愛李は環境も相まってか、クラスでよく見る彼女とはよりいっそう別人のように見えた。

 いや、むしろこれが本来の彼女自身なのだろう。奔放、快活、飄々とした仕草。どこをとっても普段の委員長とはかけ離れている。

 両の手を後ろで組み、直に座っている永井蓮の視線に合わせるよう少し前かがみになった彼女は、薫風に煽られながらもびいだまのようにキラキラと輝いた瞳で呆気にとられていた永井蓮の瞳をジッと見つめた。

古川愛李

じゃあ決まり!
私達は片翼同士の番鳥。

永井蓮

いきなり現れるなよ!

古川愛李

女の子はサプライズが好きなんだよ。
そんな事もキミは知らないのか。

永井蓮

『女の子のサプライズ好き』はされる方だと思うんだけどな……。
前の『雑誌の安い格言』のような発言も、なんか所々ぬけてるような……ああ、そうか。

――こいつは〝普通の女子高生の演技〟を雑誌で勉強しているのかもな……。

永井蓮

分かった、その話乗るよ。
暇つぶしくらいにはなるだろうし。

永井蓮

こいつと一緒にいれば、このへばり付くような空虚さを埋めてくれる何かが見つかる気がする。
こいつは俺と似ているけれど、それでも俺とは違ってどうにか足掻こうとしている……。

――しかしなぜ俺は即諾してしまったのか。
べつに期待しているわけでも、信用しているはずでもないはずなのに……


――ああ、これがニオイってやつなのかな。

古川愛李

うん! よく言ったぞ非行少年!

そだなー。じゃあ私達は天使のように真っ白な羽で空を翔ぼう。

永井蓮

真っ白い羽ね……。皮肉だな。

古川愛李

ふふふ、もし羽根が全て抜け落ちたらその正体は真っ黒な翼かもね。

永井蓮

はは、それは似合いの翼だな。

古川愛李

この空虚な人生に二人で意味を見出そう。
たとえそれがどんなものであろうとも。
二人で一緒に翔ぶ。
約束。

永井蓮

約束。

ツバサ 五話    第一章完

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