○○○いりませんか?

休日の昼間というのはどこに行っても人であふれている。この街、三池燈篭後三条市(みいけどうろうごさんじょうし)の中でも一番大きな駅である、池津橘岬(いけづたちばな)駅前となるとなおさらだ。

そんな場所で、少女が何かをしきりに売ろうとしている。
最初はよくあるティッシュ配りかと思っていたが、少女は小さな箱のようなものをもって道行く人に声をかけていた。

少女の声に足を止めた人は、彼女の話に耳を傾け、感心したかのような表情を浮かべたのち、その箱を買っていく。
少女のことは何度か見かけたことがあるが、いつもそうだった。

さてさてみなさん
寄ってらっしゃい見てらっしゃい

言葉の端々に時代を感じるなぁというのが率直な印象だった。

そんな彼女が現れて一週間ほど経っているのだが、なぜだかあと一歩が踏み出せず、彼女の商品セールスを見れずにいた。
がしかし、今日は違う。
意を決して彼女の方へと進む。

あれ?お兄さん。今日は来てくれたんだ。
いつも遠くから眺めてたから、今日も来ないのかと思ってた。

どうもばれていたらしい。
なんとなく恥ずかしい。

まぁいいや
さあさあ皆さん、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
世にも珍しい薬の立ち売り人だよ!

彼女は今までよりも数段声を張り上げた。
その声につられてギャラリーが集まる

さてさて、今日いらっしゃった皆さんの中には私のことをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、改めて紹介させていただきます。
わたくし、薬売りの薬師丸薬子と申します。
あ、もちろん偽名ですよ。
さぁ、今日紹介する薬はこちらの丸薬。この薬はその昔、この日の国にて大きな信頼を得ておりました薬でございます。

あの有名な織田信長に徳川家康、坂本龍馬に伊藤博文。偉人という偉人がこよなく愛し、この日本の中でも頂点にある薬という意味も込め、『にっちょうやく』といいまして。その字は、日の本の頂にある薬と書いて日頂薬と申します。
さてこの薬なのですが、おかげさまで思いのほか有名になりまして、様々なところからこの薬を求めにいらっしゃっていただけます。が、しかし、困ったことに最近は偽物の日頂薬も見受けられます。

わたくしの売っております本物の日頂薬は、三池燈篭後三条市から遠路はるばる行きまして、5つの県を超えた先のさらに山奥、五条薄荷三楢市から仕入れたものでございます。この山奥に湧き出るきれいな水こそがこの日頂薬を日頂薬たらしめるものなのであります。

あまりの迫力にすっかりと見入ってしまっていた。
小柄な体からは想像できぬ声量とはきはきとしたしゃべり、流れるような文句には芸術性すら感じる。
彼女はすぅっと一息吸うとさらに言葉をつづけた。

さて、ここまでこの薬の自慢ばかり申し上げてしまいましたが、兎にも角にもこの薬、どんな病にも効いてしまいます。まさにその力は神の力といってもいいでしょう。
また、病だけでなく、生体活性能力なども向上いたします。
その証拠を今からこの私が実際にこの薬を飲んで皆様にご覧に入れましょう。

そういって彼女は手に持っていた丸薬を飲み込んだ。

さてさてさてさて、わたくしは職業柄、滑舌が悪くては成り立ちません、そんな問題もこの日頂薬が解決してくれます。
さあさあ、薬が効いてきました!
その効力、わたくしが今から早口言葉にて証明して見せましょう。

一つへぎへぎに、へぎ干し・はじかみ、盆豆・盆米・盆牛蒡、摘蓼・摘豆・摘山椒、書写山の社僧正。
小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米のこ生噛み。繻子・緋繻子、繻子・繻珍。
親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親嘉兵衛・子嘉兵衛、子嘉兵衛・親嘉兵衛。古栗の木の古切り口。雨合羽か番合羽か。貴様の脚絆も革脚絆、我等が脚絆も革脚絆。尻革袴のしっ綻びを、三針針長にちょと縫うて、縫うてちょとぶん出せ。河原撫子・野石竹、野良如来、野良如来、三野良如来に六野良如来。

一寸先の御小仏に御蹴躓きゃるな、細溝にどじょにょろり。京の生鱈、奈良生真名鰹、ちょと四五貫目。御茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ。茶立ちょ、青竹茶筅で御茶ちゃっと立ちゃ。来るわ来るわ何が来る、高野の山の御杮小僧、狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本。武具、馬具、武具馬具、三武具馬具、合わせて武具馬具、六武具馬具。
菊、栗、菊栗、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗。麦、塵、麦塵、三麦塵、合わせて麦塵、六麦塵。あの長押の長薙刀は誰が長薙刀ぞ。向こうの胡麻殻は荏の胡麻殻か真胡麻殻か、あれこそ本の真胡麻殻。がらぴぃがらぴぃ風車。起きゃがれ小法師、起きゃがれ小法師、昨夜も溢してまた溢した。

たぁぷぽぽ、たぁぷぽぽ、ちりからちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一干蛸。落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬ物は、五徳・鉄灸、金熊童子に、石熊・石持・虎熊・虎鱚。中でも東寺の羅生門には、茨木童子が腕栗五合掴んでおむしゃる、彼の頼光の膝元去らず。鮒・金柑・椎茸・定めて後段な、蕎麦切り・素麺、饂飩か愚鈍な小新発知。小棚の小下の小桶に小味噌が小有るぞ、小杓子小持って小掬って小寄こせ。

アレあの花を見て、御心を御和らぎやと言う、産子・這子に至るまで、此の日頂薬の御評判、御存じ無いとは申されまいまいつぶり、角出せ棒出せぼうぼう眉に、臼杵擂鉢ばちばち桑原桑原桑原と、羽目を外して今日御出での何茂様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っ張り、東方世界の薬の元締、薬師如来も照覧あれと、ホホ敬って日頂薬はいらっしゃりませぬか。

これぞまさに烈火のごとくというべきか、マシンガンのような勢いで紡がれる言葉に周囲の民衆は息をのんでいた。
彼女の言葉が終わった途端に周囲は大きな歓声に包まれた。

さてさて、みなさんこれだけ素晴らしいお薬である日頂薬。いりませんかー?

人々は彼女の前に置かれた空き箱にお札を投げ入れ、薬の入った箱を持ってゆく。彼女はその様子を満足げに眺めていた。

民衆が引いた後、僕は彼女に声をかけた。

どうされました?

あれ、外郎売ですよね?

あれ?ばれちゃいましたか?

まぁね、僕も役者の道を目指してたからね

そうだったんですね

とてもいい外郎売だったよ。
君なら将来大女優になるかもね。

お上手ですね。お客さん。
お客さんこそ、将来は有名俳優ですか?

バカ言わないでくれ。もうその夢はあきらめたんだ。

そんなこと言わないでください。

じゃあ、私と約束しませんか?

約束?

将来、もっと大きな舞台の上で再会するっていう約束。

彼女はまっすぐに僕を見つめていた。
その瞳には"覚悟"があった。

才能がないから、センスがないから、周りよりも劣っているから。
そんな理由をつけてあきらめていた夢だったが、彼女の眼を見ると、それが逃げだということに気が付いた。

はい、約束。

わかった、約束だ。

僕は差し出された手をゆっくりと握った。
冷たく小さな手がゆっくりと僕の手を握り返した。

――――五年後――――

お疲れ様です。

いやー今日の放送よかったですよ

ありがとうございます。

あれから僕はもう一度役者を目指し、とある有名な監督の目に留まり、役者として成功するという夢をかなえた。

ところで、あの途中の女の子のお話
あれって本当なんですか?

さあ、どうでしょうね

僕はそういってはぐらかし、タクシーへと乗り込んだ。

僕は彼女との約束を果たし、役者になった。
しかし、彼女は女優として舞台に立つことはなかった。

僕は名刺入れの中にしまっている新聞記事を開いた。
そこには一人の少女が交通事故で亡くなっている記事があった。

彼女と役者として共演する夢はもう二度と叶うことはない。
しかし、僕は今日も彼女とともに舞台に立っている。

どこかで僕のことを見ているんだろう?

僕はそう呟いて目を閉じる。
多忙な中の貴重な休息時間を、僕は夢の中で彼女と過ごすのだ……。

うりうりがうりうりにきてうりうりかえるうりうりのこえ

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