【2034年、モンガル『ホビロン』。泉緋色】

 前方に剛おじちゃん? 顔をはがされた白衣の人がいる。

 この大陸に、こんな違和感ばかりの地におじちゃんが居る訳ない。罠だということは分かっていた。けれど! けれど見捨てるなんて出来なかった!

緋色

人魔(じんま)! みんなを頼む!!



 おじちゃんを同じ顔の少女達が囲んでいる。その手に銃剣を携え笑っていた。

 一斉にその銃口をおじちゃんへ向けていく。嬉しそうな声が聞こえた。

歯車フォーチュン

Fire(撃て)♪



 一心不乱に駆けた。おじちゃんに向かって撃ち放たれた銃弾を『ブロウ』の鉤爪で打ち払う。

 腕と腹に幾つかの銃弾を受けた。

緋色

た、剛おじちゃん、ですか?


緋色か? 創は? 創は何処に?



 ――助けられた! この人を。本物の剛おじちゃんを!

 八方を囲む10数人の女を見やる。全て同じ顔の少女だった。紫の衣を羽織りその手に同じ形状の銃剣を構えている。

歯車フォーチュン

若人(わこうど)たちよ、トイレ掃除も意外とバカに出来ないものだよ? ふへっへへへはぁ♪



 見上げた地でフォーチュンがその指を振るう。おじちゃんから剥(はが)した顔にその舌を這わせた。

歯車フォーチュン

行け。『パープル・クローンズ』


はい♪ フォーチュン様。

はい♪ フォーチュン様。

はい♪ フォーチュン様。



『パープル・クローンズ』と呼ばれた少女達が刀へと武器の形状を替え襲い掛かる。

 鋭角に迫る切り口を鉤爪でいなし、おじちゃんを守りながら鋼の棒で打ち払う。少女達の太刀筋は恐ろしい程正確に首を狙った。

ブラック・ダド

――フォーチュン。よくも『マム』を愚弄してくれたな。そして我が息子を撃った罪、死をもって替えさせよう!



 隣町のおじちゃん『ブラック・ダド』が後方で『パープル・クローンズ』の面々と刃を交えている。怖れながら見た更に後方、

……。

 ――創は血の海に居た。

っ!!

 顔を剥がされたおじちゃんが駆けていく。創の背に撃ち込まれようとした弾丸を、剛おじちゃんがその身を賭して受けていた。銃弾の嵐に、おじちゃんの身体が左右に揺れ、膝から落ちた。

【2034年、モンガル『ホビロン』。ヒト腹創】

 薄れゆく世界には幾つもの足音が響いた。銃弾の雨の中、幾つもの靴音が近づいてくる。

 何処か近くに居るはずの弟分へ言い含めた。

――コージ。お前は最高に弱い。それが時には武器になる。それを活かせる才能がお前にはある。皆を頼むよ。

コージ

……!



 霞む視界でコージは頷いた。

――楽々。お前が緋色とタタミを支えてくれ。バカばかりやっててすまない。お前の演算能力は皆を必ず豊かにする。頼んだよ。

楽々

そ、そんなこと!



 ボクの言葉に赤い髪が揺れに揺れた。

タタミ。


タタミ

……なに。リーダー。



 涙交じりの声が聞こえた。

三種の神器は、ボク達『子供』の想いが詰まった武器だ。その真のチカラは3つを合わせた時に在る。神器を、みんなを後は頼むよ。



 タタミは震えて頷いた。もう自分が震えているのか? 世界が揺れているのか解らない。

 あの人を見やる。あの人はうつ伏せに倒れ死んでいた。ボクには解る。彼はボクを守って最期を迎えたんだ。

父さん。

……



 その亡骸に言葉を掛けた。

 幾つもの記憶が巡る。高い高いの肩車、姉さんそして皆と一緒の朝ご飯、医療具を勝手に弄って怒られた事、それ以上に多く、彼に褒められた事、その優しい眼差しが巡っていた。

――ありがとう。いい子じゃなくてごめん。ずっと、ずっと父さんに言えなかったことがあるんだ。

 ――――ボク、父さんにずっと憧れてたよ。

 その言葉が言えずに、意識は黒く染まって――――

【2034年、モンガル『ホビロン』。泉緋色】

 何体の敵キメラを、『パープル・クローンズ』を倒しただろう。

 皆が地に倒れていた。銃に撃たれ刀に裁かれ、子供達は死んでいく。

 隣町のおじちゃん『ブラック・ダド』は『ホーム・ホルダー』の軍隊に指示を出し、自身も何千という敵キメラの屍(しかばね)を築いていた。

 足元にインコキメラ『スバリナ』が落ちている。その体は寒さのせいか、小刻みに震えていた。

緋色

大丈夫か? スバリナ!



 スバリナは倒れたまま力なく呟いた。

スバリナ

スバリナ、シニタクナイ、


緋色

大丈夫だ! 俺が必ず助ける! もう少しでこいつら全員、全て打ち倒すから!


スバリナ

……スバリナ、ユメガアッタ。バカダケド、マダヤリタイコトガアッタ、



 スバリナは人間のように涙を零した。

スバリナ

……スバリナ、アカチャンホシカッタ、

 心の底から、――――強い感情が湧いてくる。

 朝焼けの空を雷(いかずち)が割いた。身体を黒と金の光が覆っていく。高い空からその声は聞こえた。

皇器『王留』

【コノ世界デ1番強イ想イヲ感ジマシタ】

 体中にチカラが満ちてくる。無限に、底知れない感情が心の奥から噴き出す。

皇器『王留』

【ソレハ『憎シミ』ノ想イ。コノ『王留(オール)』ヲ呼ビ出ス程ノ想イ】

 知らず呟いていた。ドス黒い感情が言葉と成って漏れていく。

緋色

――殺してやる。一片残さず、この世から!



 左手に宿った黒金の太刀を振るう。『イノリキメラ』を、『パープル・クローンズ』を、目に映る全ての『イキモノ』を滅する為に。

【2034年、モンガル『ホビロン』。飼葉タタミ】

 金色に輝く先生を前に、幾千の命が消し墨へと姿を変えた。恐ろしい力だった。全世界の誰もが知りえない、未知の『暴力』だった。

 それはフォーチュン配下のキメラだけで無く、『ホーム・ホルダー』の人間達も、巨大兵器も無差別に壊し、全てを滅ぼしていく。

 けれど、

 フォーチュンは倒れても斬られても、潰されても焼き溶かされても、その身を泡(あぶく)のように復元させた。

楽々

タタミ! こ、こいつ、無限に再生する! イノリと、キメラと、全てと同化して、何度も何度も再生するよっ!



 楽々が表情を凍らせ、悲鳴を上げた。
 その前方で、ありったけの泡(あぶく)の中から這いだし仮面を拾い『ソレ』は再生した。

歯車フォーチュン

……当然だよ。



 泡状の液体から形状を哺乳生物のそれに変え、幾つもの生き物と混ざり混然となった形で『ソレ』が歩んでくる。

歯車フォーチュン

私の身体は『万能細胞マイティ』で出来ている。私は無限に再生し、取り込み、その全てと同化できるのだから。



 泡の中で鳥形の仮面をつけてその『化け物』はわたし達を笑った。

歯車フォーチュン

その恐ろしい『ヒーロー』もこの身に取り込んでやろう。

緋色

……、

ぶっち


タタミ

ぶっち!! ダメっ!!



 巨大猫キメラの『ぶっち』が先生を押し飛ばし、代わりに取り込まれていく。『ぶっち』が苦悶の表情を見せながら『フォーチュンの中』へ入っていった。

歯車フォーチュン

あれ? ゴミでも取り込んだかな? お腹がとても居心地悪い♪

緋色

……、



 先生の黒金の武装は消えている。その身に多くの斑点を残し先生は地に膝を付けた。

 
 無我夢中で先生を引きずる。
 フォーチュンから遠ざけその傷だらけマダラ模様の体を揺すった。先生はその瞳から光を消し去っていた。

タタミ

先生! 先生が負けたら! 誰がリーダーの、みれいの、みんなの仇を取れるの! 諦めないで! 先生!



 わたしはその口を自身の唇で塞いだ。その弱り切った黒い体を抱き留める。

 先生に本当の強さを、ヒトの強さを伝えたかった。愛するこの想いを届けたかった。ヒトの愛を伝えたかった。優しさの強さを思い出してほしかった!

タタミ

先生。……大好き。



 深く深く唇を絡ませる。わたしは人が人を愛する意味を初めて知った。きっと、この瞬間がそうなんだと思った。

楽々

タタミ! 緋色隊長にこれを!



 楽々が飛び散ったフォーチュンの欠片から『赤い宝』を拾ってきた。

コージ

タタミさん! これも!



 転びそうになりながらコージが『青い宝』を持ってくる。わたしは2つの神器を受け取り、愛する先生に手渡した。本当に最後の賭け、化け物クリエイターズの命(すべて)を賭ける。

タタミ

先生。一か八か、わたしに先生の全てを預けて? そしてもう1度だけわたし達にチカラを貸して!



『フォーチュン軍団』、『ホーム・ホルダー』、双方からの銃弾の雨の中、キメラの皆が盾となり、死して肉塊と成って尚守ってくれている。わたしは先生に説明した。

タタミ

リーダーが最後に言っていた三種の神器の本当のチカラ、それはきっと、こういう事だと思うの!



 先生の左手に『ファジーの弓』ラ・ピュセルを握らせる。

タタミ

青い宝『ファジーの弓』に、赤い宝『フリーシーの剣』をつがえ、



 青い弓に『フリーシーの剣』ゲイボルグが収まった。ゲイボルグが螺旋渦巻く鏃(やじり)へとその姿を代える。

タタミ

黒い宝『ブロウの籠手』で射る。きっと、これが三種の神器の本当の姿!



 いつの間にか、わたし達『家族(ばけもの)』はその身を寄せ合っていた。先生の黒く染まった右手に生き残った皆が、楽々が、コージがその手を添える。

歯車フォーチュン

薄汚い小娘どもめ。私が全てを、お前たち全てを喰らってやろう。ありがたく思うがいいよ。一片残さず噛み砕いて、あ・げ・る♪

化喰人魔

……。



『フォーチュン』の両手の大鎌を、残った敵キメラの何十、何百という攻撃を、『ホーム・ホルダー』からの銃弾を、全て人魔(じんま)が受け止めてくれた。彼は闘いながら経験を積んでいた。刃こぼれを起こした大剣と、大きな鋼の盾でその身全てを賭してわたし達を守ってくれた。

 3つの神器から声が聞こえる。

青輝石ファジー

【――私達は全ての元に成るモノ。全ての元を断つモノ】

赤輝石フリーシー

【――Please rescue monsters all over the world!(どうか、この、世界中の化け物を救って!)】

 奈久留さんも言った。

黒輝石ブロウ

【――誰よりも、世界中の誰よりも優しい緋色。貴方に、全てを裁くチカラを!】

 最後にわたしがその右腕に自身の手を重ねた。

タタミ

先生行こう。皆の、未来の子供達の希望の為に!



 わたし達は皆でファジーの弓『蒼弓ラ・ピュセル』を引き絞る。途方も無く膨れ上がった『フォーチュン』のその小さな仮面を狙い、光り輝く神器の先に在る希望と未来を信じた。

 神器の煌めきと共に世界が鈍色に染まっていく。赤い陽を除いた全てがほの暗い色へと替わっていった。
 三種の神器がわたし達『ジャンク』以外の全ての『時間と空間を固定』する。

コージ

負けるもんか!!


楽々

そうよ! 楽々ちゃんは絶対に負けない!!



 わたし達はわたし達の正義を放つ!

タタミ

いわれもなく散っていった世界中の子供達! わたし達『ジャンク』にチカラを貸してッ!!



 解き放ったチカラは光となった。『歯車フォーチュン』の額を貫き、遠く、高い、あの燃えるような陽を目指して飛び立った。

【第23話】最期の一撃。

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