目蓋の中へ差し込むように朝の光が満ちていく。小鳥のさえずりがこそばゆい。
小鳥の鳴き声とナニカを叩く音が交差した。
目蓋の中へ差し込むように朝の光が満ちていく。小鳥のさえずりがこそばゆい。
小鳥の鳴き声とナニカを叩く音が交差した。
――もしも~し、
もやの掛かった目蓋を擦る。遠くぼやけた意識の中で女の子の穏やかな寝息が聞こえたような気がした。
窓辺までなんとか歩き、私は空へと続くカーテンを開け放った。降り注ぐ光を遮り黒い影が前に映る。
朝早くにすみません。ワタクシ、こういう者です。
開け放ったガラス戸から黒服覆面の男性が名刺を差し出した。滑りが悪いサッシをガツリ、と直し私は胸元に提示された名刺を受け取る。
【DDD団執行部長。サトウタカシ】
……。
誠に恐縮です。出会いの演出も考えてはいたのですが回りくどいのも如何なものかと思いまして。
プランとしては、登校中パンをくわえたワタクシが非常識にも、
『遅刻、遅刻~っ』と叫んで、なゆたさんにぶつかるというのもあったのですが、ワタクシとしましてもそれは、
窓を叩くように引き締める。一度に万の脳細胞が目を覚ました。高鳴る胸へ手を押し当てる。
あの~、宜しいですか?
朝、目を覚まして窓を開けたら、黒服覆面の『サトウタカシ』さんが居た。ちなみに私の部屋は『2階』の南側に面している。
ぅんん。……ふやぁぁあ♪
背後には目元を擦るこれまた謎の女の子だ。
なぅ~、どうしたでしゅか?
否、昨夜遅くに私が拾ってきた子だ。
――覆面長身の男性。――栗毛犬耳の女の子。
確認事項。此処は2日後の式を経て高校生となる私『柊なゆた』の寝室だ。
『サトウ』さんが名刺を両手で捧げ、住所不定の女の子『モカ』ちゃんがぺこり、と茶の癖っ毛を揺らし応える。
えっと、ダダダ団の方でしゅね。新聞は要らないでしゅよ?
私は覆面の『サトウ』さんを見る。『サトウ』さんは顔の前でムチャクチャ手を扇いでいた。
し、新聞?
え、ええと、ワタクシ達は、
DDD団執行部長の『サトウ』さんはその人差し指を青い空へと掲げた。
DAれかの為に、
両手を、構えた頭上から大きく左右に広げていく。
DOんな事でも、
背筋を伸ばし瓦の上で直立の姿勢を取った。
DOんと来い! な団体。略してDDD団です。以後お見知り置きを。
よくここが分かったでしゅね! なぅは渡さないでしゅよっ!
『モカ』ちゃんは啖呵を切ると手のひらを大きく空へ伸ばした。
時間、空間における凍結開始でしゅ。レディー、『フリーシー』!
【Yes,master!】
『モカ』ちゃんの叫びに春の青空が応えた。空は英音で『モカ』ちゃんに応える。目に映る世界が色褪せていくように、……全てが灰色になっていく。
いつの間にだろう。『モカ』ちゃんの手には、一振りの青い刀剣が握られていた。柄には紅い輝石が輝いている。
【ready?】
空から剣の柄に移ったのだろうか、柄の輝石は陽気な声で英語を唱えた。
真紅の狩人、事情はつかめませんが邪魔をするなら貴女もただでは済みませんよ?
DOんな時も、DOんな時でも、DO根性ぉ。お出でなさい、鋼の眷属『DONDONアント』!
『フリーシー』と呼ばれた剣が創った虚像の世界、その全てが息を止めた世界に巨大蟻型ロボットが現れた。大きさは2階建ての私の家を優に超える。
『サトウ』さんは異常とも思える跳躍力で屋根伝いに移動、蟻型ロボット、その中央部分に入り込んだ。ロボットの足という足、その触覚を含む全身が唸るような機動音を立てている。
目を擦り自身の脇へと視線を移す。
……いつの間に着替えたのだろう。そこには、白銀の胸あて、緋色の篭手、身体の各所を鋼の煌きで覆った、犬耳少女『モカ』ちゃん、その姿が在った。
鎧の錆を払うように『モカ』ちゃんは腕を振るった。その頭上で赤く大きなリボンが揺れている。
ドンドンタイプなら、
『モカ』ちゃんは赤いリボンを風に揺らすと華奢な指で空を示した。
コンマ1秒でしゅ。
対する『サトウ』さんは犬耳の『モカ』ちゃんに指を突きつけ、……何故か白旗を振っていた。
ワタクシ、真紅の狩人のコンマ宣言を初めて聞きました! 感激です!! もう死んでもいい! 頑張れ真紅っ! L・O・V・E・ラブリー真紅っ!
真紅の狩人と呼ばれた『モカ』ちゃんのその長いまつ毛が伏せられていく。
りみっと5、あふたぁばーすと!
【Limit5,afterburst!】
『モカ』ちゃんの呟きに剣『フリーシー』の音が続く。眼前に刀剣を構え、『モカ』ちゃんは目を見開いた。
GO!!
『モカ』ちゃんが2階の窓枠から空へ飛び込む。それが私の知る最初。そして最後でもあった。
その影を地に映す間すら無かった。空を奔る蒼い太刀筋と爆散の瞬間だけが辛うじて認識出来た。
時を止めた炎の先で、剣を逆手に構えた『モカ』ちゃんがリボンの赤を見せつける。
【3、2、1、】
『フリーシー』の流麗な英語が時をカウントした。
バースト。……砕け散れ、虚像!
それは灰色の世界の終焉だったのだろうか? 灰色から変わりゆく紅の空間で『モカ』ちゃんが呟いていた。
【0.Afterburst!】
剣の輝石『フリーシー』、その『ゼロ』の宣言と共に炎と壊れた全てが消えていく。
戦いの中、経過したのはおよそ5分だろうか。『モカ』ちゃんの姿も煤けたパンツルックに戻っている。
其処に壊れたものは何1つ無かった。蟻型ロボットの残骸も消えている。何もかもが有りの儘。何一つ変わらない色鮮やかな日常(世界)がそこには在った。
やっほ~♪ なぅ~!
街路樹の間から『モカ』ちゃんが手を振っている。その凛々しかった姿に、私は隻腕の騎士、物語の中でしか生きることが出来ない戦士の姿を見ていたのかもしれない。
一瞬、獲物を狩る一瞬だけ世界を駆けた紅き彼女の姿、それは正しく、
……『真紅の狩人』だった。
なゆちゃ~~ん、朝御飯出来ましたよぉ。
階下から何1つ知り得ない呼び声が響く。朝日が部屋を光で染めようとしていた。
そういえば『サトウ』さん、……何でこの犬っ子さんを応援してたんだろ?
(正常だと思う)私の意識をただ置いて『モカ』ちゃんの手は見下ろす私を求めていた。眩い太陽(ひかり)をその眼に映し、無傷なアスファルトを軽やかに駆けていたんだ。