閉店間際のショッピングモール、隣接された立体駐車場。
その非常階段を、ゆかりは駆けあがっていた。

息を切らし、何度も転びそうになりながら、ひらすらに走り続ける。

足や心臓が、悲鳴をあげるように痛みを与えてきても、ゆかりは立ち止まらない。
立ち止まれない。

自分の足音に続く、もうひとつの足音を聞く度に、背筋が凍りつきそうだった。

どうして、どうして、なんで――

頭の中が、そんな言葉でいっぱいになる。


そもそも、ずっとずっとおかしいのだ。
ゆかりのいる月萩町に「彼」がいることも、言葉を交わせることも、息をしていることも、すべてがおかしいのだ。

けれど、だとするのなら、今この身に降りかかっている現実はなんとするのか。

――まるで、亡霊だ

閉じられることを知らない物語が、終わることのできない物語が、無念のあまりに姿を得て、自分につきまとっているかのようで。

でも、だからこそ、ゆかりはあの日に決意をしたのだ。

だのに、その終わりへと導くための手段が、今のゆかりにはない――

ゆかりは、非常階段の外へと続く扉を開け放ち、すぐさまそれを閉ざした。

……はあ、はあ……っ!

正直にいうのなら、非常階段をのぼってしまったのは失敗だった。

なぜなら、これ以上先には逃げ場がない。
全体重をかけ、ゆかりはめいっぱいの力で扉を押さえこんだ。

扉の向こう。
鳴り響いていた足音がやんだ。

同時に、内側から扉を押し開けようとする力がかかる。

……っ!?

思いの外、強い力だった。
手に、額に、背に、汗がにじむ。

あなたはっ、誰ですか!

必死の力で押さえこみながら、ゆかりは扉向こうへと叫んだ。

私はっ、あなたを、知らない!

なのに――!

刹那、扉を隔てた向こうの力が、強くなる。

――ッ!!

気づけば、ゆかりは屋上の床に転がっていた。

蝶番の引きちぎれた扉が弾け飛び、フェンスをへし折って見えなくなる。
その異常なまでの力に、全身が粟立った。

這うようにして立ちあがり、ゆかりは屋上まで追ってきた「それ」を睨む。

日もすっかり暮れた宵闇の中に、白いキツネの面が、不気味に浮かびあがっていた。

…………

……あなたは、誰ですか

もう一度、問いかける。

けれども、「それ」は――仮面の少女は、答えない。
一歩、また一歩と、ゆかりを追いつめるかのように近づいてくる。

じりじりと、ゆかりは後じさった。

どうして、
そんな格好をしてるんですか

どうして、その仮面を

それ以上の言葉は、続けられなかった。

軽やかに床を蹴った少女の両腕が、ゆかりをとらえる。

古い紙と、インクの匂いがした。

同じ背格好が、同じ制服を着て、同じ――変声機に歪められた声でささやく。

 つ か ま え た 

身体が、よろめく。
体勢を整えようとして後ろに引いた足は、しかし、支えとなるものを見つけられなかった。

しまった……!

そう思ったときには、もう遅い。

ゆかりの身体は大きく後ろへと傾き、そして宙へと投げ出されていた。

佐倉ゆかりについて Side:Y

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