結局、咲耶は拓実を自分が暮らすアパートへ連れて来て
しまった。

玄関先で大家の老婆が水打ちをして、
番犬 ”ポチ”の毛繕いをしている。

咲耶

あ、こんにちわ、トクさん

おや、咲ちゃんかい。今日は遅かったねぇ

咲耶

うん。ちょっと野暮用があってね ―― あ、そうそうこの子 ”たくみ”って言うの。しばらく一緒に暮らすからよろしくお願いします

まぁ、そうかい そうかい ―― また、賑やかになるねぇ

このアパートは木造モルタル2階建て。
1~2階に計8部屋あって。
そのうち6部屋が使用中。

*** *** ***

咲耶

―― あぁ、玄関で靴は脱いでね

拓実

ん、わかって ―― 狭っ! 古っ!

咲耶

悪かったわねっ。東京の住宅事情もロクに知らん癖に、生意気言わんといて

部屋の間取りは、20代女子が1人暮らしする
アパートとしては比較的広めの2LDK。
それでも、アメリカンサイズの家で暮らし慣れてる
拓実にとってはかなり狭く感じたのだろう。

拓実

―― あ、これが双子の妹か

テレビの横に立ててある写真立ての中のスナップ写真を
見た拓実が聞いてきた。

咲耶

うん、そうだよ。左が麻子。右が沙奈

*年前、高尾山へ行った時に撮ったモノだ。

拓実

―― 別々に暮らしてるのか?

咲耶

神奈川の横須賀ってとこに母方の祖父母がいるの

拓実

どうして別々に ―― あ、いや、愚問だった。忘れてくれ

咲耶

フンッ。ガキの癖に妙な気ぃ使うんじゃないっ!両親は再婚同士で、私は父の連れ子なの。で、2人のお葬式の時 ”赤の他人の面倒まで見きれない”って、はっきり言われちゃってね

拓実

何て冷たい親戚なんだ ――

咲耶

ま、妹達とは定期的に会ってるから心配もないし、寂しくもない。”つかず離れず” これ位のスタンスがちょうどいいのよ

拓実

ふ~ん、そんなもんか……

そう言った拓実のお腹のムシが ”ギュルルル ――”と
派手に鳴って、空腹を訴えた。

拓実、赤面。

咲耶

あ! ごめん。もしかして、お腹空いてた?

拓実

……結城のところで軽く朝飯食べただけだったから……

と、言ってるそばからまた、お腹のムシが鳴った。

咲耶

ほんとにごめん。 でも私 ―― 基本的にうちでは
何も作らない人なんで……

拓実

うん。それは、全く使われた形跡のないキッチンと
調理器具を見ただけで分かった

咲耶

あ、そう、ですか……じゃ、とりあえずファミレスに
でも行こうか


 

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