空の国
ねえ、ここ、どこ?
空でございます、お嬢様
ごまかさないで
誤魔化してなどいません、真実を告げたまでですよ、お嬢様
むぅ、霧野、此処が空だというなら、なんでわたしたち、飛行機に乗ってないの?
飛行機など必要ないからですよ、お嬢様
好きなだけ、空の旅を楽しめるのですよ、お嬢様
空の国
頭は冷えた?
お嬢様こそ、どうか冷静になってくださいませ
ここが空でないなら、一体どこだというのですか?
どこ……どこ?
わからないのであれば、ここが空でないと言い切ることは、できませんね?
霧野、おまえ、わたしみたいなかよわいこどもに正論をぶつけるなんて!!
ほんとうにかよわいこどもはそのような発言はいたしませんよ、お嬢様
むぅ
大きな声を出すのはやめてください、お嬢様
わかったよ、わかったよ~
ここが空だっていうなら、わかった、わたしはお嬢様をやめる!!
やめようと思ってやめられるものではありませんよ
捨てようと思って捨てられない大切なお洋服がたくさんあるでしょう?
お洋服は捨ててはもったいないわ
でもお嬢様っていうなまえを捨ててしまうのは、全然もったいなくないの
お嬢様……
霧野、わたしのことはもう、ちゃんと名前で呼んで
それは出来ません
だめ、呼ぶの
出来かねます、頂いた立場を捨てれば、私はまたなにも持たぬ家畜に成り下がってしまいます
霧野……
さ、せっかく空へ来たのです、背に生えた羽を使わなければ、それこそもったいないですよ
この国を飛び回ってみませんか?
…………
わかった、行こう
すごい、空を飛んでる!
ここはそういう国ですから
わかってるよ、もう
あ、あっちに雲がある!!
ああ、お待ちください、お……
…………
私はただの使用人、あなたのお名前を、存じ上げないのです……
雲、ふわふわ!!
ええ、そうですね
でもあまり、触ってる感じがしないね
それは、仕方のないことです
すべての願望が叶うわけでは、ないのですよ
…………
うん、そうだったね
あ、ねえ、霧野!
あんなところに、女の子が……
崖の下は鋭い岩場、そして深い海……
あの子、飛んでしまうのかな?
……わかりません
わたし、どうするのが正しい……?
…………
正しさは、人によってかたちを変えるものです
ご自分が正しいと思う選択をするのが一番です
後悔だけは、しないように
雲、すごいな
空、真っ青
ねえ、ひとりに、なっちゃったよ
…………
バイバイ、だね
待って!!!
ま、間に合った……
え、あれ……?
ねえ、あなた、羽生えてないのに、どうして飛ぶの?
……だめだよ、戻れないんだよ
…………
戻れなくたって、いいの
…………
わたしは、ものすごく、後悔してるよ
…………
どういう、こと……?
わたしもあなたと同じように、空を飛んだの
でも、なにもなかったことにはならないの
苦しいのも辛いのも、飛べるようになったって、消えないの
私は後悔はしておりません
霧野……
…………
戻れって、言うの……?
大事な人、みんないなくなっちゃった
ひとりは、嫌なの……
…………
わたしの大事な人も、わたしを置いていなくなった
ううん、大事だと、思っていた人たち
でもわたしひとりだけ、置いてけぼり
私はずっとお傍におります
でも、霧野まで一緒に来ることはなかったんだわ
……わたしはそれを、後悔してるの
それは私が考えるべき、抱えるべき後悔です
あなたが背負う必要は、ないのです
…………
あなたは、霧野さんが居るのに、飛んでしまったの?
どうして? ひとりっきりなんかじゃないのに
…………
そうよ、飛んでしまったの、霧野が居るのに、飛んでしまったのよ
そしてもう、戻れないのよ
…………
……ほんとうは、居なくなってしまったのは、お母さんだけ
でもあれから、お父さんもお兄ちゃんも、おかしくなってしまった
あんなの、居なくなってしまったのと同じなの
……それでも、戻れるうちに戻るべきだわ
おかしくなってしまったふたりはきっと、あなたに救ってほしいに決まってるわ
あなたのパパもお兄様も、きっとあなたに居てほしいに決まってるわ
…………
戻れるうちに、飛んでしまう前に、もう一度考えるべきよ
…………っ
嫌だ、もう、なにも考えたくない
…………
それじゃあ、もう、バイバイ
嫌、嫌!!!!
助けて、私まだ、生きたい!!!
ほらね、やっぱり戻るべきなんだわ
……ちゃんと生きていけるかわからない
そんなこと気にする必要ないわ
嫌になったら、パパのこともお兄様のことも放り出して逃げればいいのよ
……逃げる先が空じゃ、だめだったけど
逃げたって、生きていれば、それでいいの
…………
逃げても、いいんだね
終わらせなければ、きっと、どうにかなるんだ
助けてくれて、ほんとうにありがとう
あのまま飛んでしまわなくてよかった
私、とりあえず、もうすこし生きていくね
そうだ……名前、なんていうの? 私は、羽美
シエルよ
わたし、この空と同じ名前なのよ、いいでしょう
ほんとう、すごく、いい名前
シエル、そして霧野さん、ふたりとも、その羽すごく綺麗だよ
また、会えるといいな
……空へ、戻りますか?
行くところ、空しかないもの
……仕方ないわ、戻れないんだから
わたし、空の国で、今までできなかった楽しいこと、たくさんするのよ
……私はどこまでもお付き合いいたしますよ、シエル様
Fin.
「逃げても、いいんだね」「終わらせなければ、きっと、どうにかなるんだ」私は専門学校で講師をしていますが、多くの学生にこの言葉を聞かせたい、と思いました。
綺麗な空、お花、雲、そして、悩みある可愛い女子たちの物語にもうお腹いっぱいです!
ありがとうございました!
終わり方もみんな前向きな感じになれて良かったです!
剣世炸さん、コメントありがとうございます。逃げてもいい、いつかどうにかなるかも、私が生きていく上で大事にしている考え方のひとつです。今はなにも解決しなくても、とりあえず気持ちを楽にするのが先!という感じで。誰かの励みになるならそんなに素敵なことはないですね。
Rokoさん、コメントありがとうございます!
苦しかった、辛かった、そう感じて悲しむ彼女たちが穏やかに過ごせればいい、そんなふうに思ったからこその世界観だなあと思います。
ナンチャイさん、コメントありがとうございます!かろうじて自分の文章に長所があるとしたら地の文……だと思っているので、今回は二重三重の緊張感を伴った挑戦でした、でも楽しかったです。
シエルの過去については、もうすべて、ご想像にお任せいたします……その辺を楽しんでくだされば幸いです、
知ってしまったからこそ、後悔を止められるんですね(^-^)
あの少女も、二人もこれから幸せを掴めると良いですね♪
誰かのためにも、自分のためにも(^-^)