蝉の鳴き声が、うるさかった。
蝉の鳴き声が、うるさかった。
空に散った雲が、澄んだ青空を隠して重かった。
立ち上る煙の残像に、触れようとして触れられなかった。
あつかったな
こげくさかったな
滴る汗には構いもせず、歩き回った夏だった。
記憶を辿る夏
森の中を歩くと、夏の匂いが特に濃いような気がする。
大嫌いな蝉の鳴き声が、今日も今日とて鳴り響く。
蝉だって命を燃やしている、わかっているが、だからといって同情したりしないし、好きになる義理もなければそもそもそんな真似はできない。
……行くのは、久しぶりだな
革靴で来るような場所ではない。わかっているが、今更戻るにはあまりに長い道のりを歩いてきた。
それに、制服でなければ嫌だった。
早まっちゃったかな
誰かに答えを求めているわけではない。
……それでも、応えてほしかった。自分勝手な話だ。
人間なんて、みんなみんな自分勝手なものなのに、なに考えてるんだか
なんだか阿保らしくなってしまって、考えるのをやめた。
森を抜けてようやくたどり着いたのは、懐かしい匂いの思い出の場所だった。
変わってないな
心の記憶を辿る旅、最初は此処、ずっと決めていた。
いい場所だな、やっぱり
吹き抜ける風が森の冷気を孕んで、ほてった体をすこしずつ冷ましていく。
天気のいい日に来れてよかった
此処にはやっぱり青空がよく似合う。
晴れた空がよく似合う場所、晴れなんてすこしも似合わない場所、雨降りがいい場所、曇っている方が素敵な場所、わたしはこれから一週間かけて、そんな場所を回ることに決めている。
雨降りかもしれない。
怖いくらい真っ青な晴天かもしれない。
重いだけの曇天かもしれない。
その場所に似合う空模様の日に、出かけていく。一週間かけて、すべてを巡れるかは運次第だ。
記憶を巡る、わたしは一度、こんな夏を過ごしてみたかったのだ。
隣にあいつがいなくたって、もう、気にしないんだ。
懐かしいね、青空
今日はまばらに雲が散った晴天だ。
見上げると、視界の隅で、飛行機が滑らかに飛び去って行った。くっきりとした飛行機雲をみて、明日はきっと雨だろうと嬉しくなった。
ほらね、やっぱり雨だよ
雨が降るなら、目的地は屋上以外にあり得なかった。
歩き回ってみると、放置されたゴミをみつけた。いちごみるく味の紙パックジュース、安くて美味しい中学生の味方。
久しぶりに飲みたくなっちゃった
けれど残念なことに、わたしは一銭もお金を持っていなかった。
……傘なんて、閉じちゃえ
無邪気に雨に濡れて、シャワー浴びてるみたい、なんて笑ったあの日、わたしはお気に入りの赤い傘、あいつは母親に持たされた綺麗で上品な雰囲気の青い傘だった。
濡れて重たくなった傘をそっと閉じて、わたしは備え付けのボロボロになったベンチに腰掛けた。
雨降りとはいえ、やっぱり暑いな
じっとりとまとわりつく暑さが鬱陶しい。けれど構わず、雨に打たれた。
雨降りの日は、こうでないとね
全身で雨を受けながら見上げた空は、誰かの代わりにたくさん涙を流してくれる、とても美しいもののように思えた。
泣いて、泣いて、泣いて……
これでもかというほど泣いて……
涸れるほど泣いたら次はきっと……
澄んだ青空だよね
青空のよくみえる、それでも直射日光を避けられる涼しい公園は、ラムネを飲むのにぴったりな場所だった。
まんまるのA玉、か
瓶の中に閉じ込められたラムネ玉を、空に透かしてみる。
きれいで、まぶしくて、すこし悲しくなった。
ビー玉、結局一度も出してあげられなかったな
遠くでバットがボールを打つ音が鳴る。澄んだいい音が、澄んだ青空に響く気持ちのいい夏の一日だった。
……昨日が嘘みたい、すっかり曇り
今日は夕方から夏祭りが開かれる。
浴衣を着てはしゃいだ夏の暮れ、そういえば、ヨーヨーをうまく釣れなくて、悔しくて泣いたっけ。
つやつやのりんご飴がほどよく甘くて、懐かしい。
歩き回りながらいろいろな店を眺める。人の波にのまれるように、記憶の波に溺れてしまいそうだった。
あ、ヨーヨー釣り
試してみると、案外簡単に釣れてしまった。成長したぶん器用さが身に着いたと、すこし自分が嫌になった。
青い綺麗な風船の内側で、水がぱしゃりと跳ねる。音を楽しむため、わたしはひとつ、ふたつとヨーヨーで遊んだ。
あ、星だ
重い雲のカーテンの隙間から、星がひとつ姿をみせていた。
夜空をのぞかせる晴れ間が、もうすぐ始まる打ち上げ花火への期待を煽っていた。
わたしは、口々に花火の話をする人々を背に、帰路に着いた。
旅の終わりはあっけない。
終わりに選んだこの場所で、
在るのは大きな入道雲と、
それを眺める、あいつの骨を持ったわたしだけ。
そろいの真っ白な服、
ラムネ瓶に詰めた彼の骨、それだけ。
眼下に広がる海の青さと広さに絶望しながら、
いい夏だった
つぶやいた。
めくった記憶のアルバムの、
最後の一ページはいつまで経ってもまっさらなまま。
この青でいっぱいにできたらいいのに
でも、青空がいないんじゃ、仕方ないね。
軽い気持ちになって、今なら空だって飛べそうだった。
こっちにきて
ずっと、まってたんだ
馬鹿、いくわけないでしょ
……いけるわけ、ないでしょ
そっちで青空のこと覚えていられる保証もないのに
わかったら、大人しく眠っていてよ
思わず落としてしまった涙が、
瓶の中へ消えていく。
大丈夫、このページは、きみのため
あいにく、相手なんていないの
遠雷が聞こえた。
わたしは海に背を向け、
静かに旅を終えた。
また、夏で会おう
記憶を辿る旅
Fin.
やばいっす!途中ちょっとうるっときたっす!
彼女が旅をしようと思ったきっかけを深く鮮明には明かさず、でも何となくこんなことがあったんだろうなぁっていう、つまり想像ができる材料がたくさん散りばめられていてすごく良かったです!
とりあえず中学生は最高です。私は大好きです。
最初の言葉は彼女の最期を誰かが見届けたのかと思いました…
天気で記憶の旅路を決める、なんて素敵な物語ですね(^-^)
最後には後を追うかと思いましたが、また次に再会を約束した終わりが暖かいです(^-^)
ナカネノコさん、コメントありがとうございます!
私が全部を明かさない雰囲気の物語が好きだから、その要素を楽しんでいただけてよかったです!
私も好きです、いいですよね、中学せ((((((
ありがとうございます!
犬魔王カナタさん、コメントありがとうございます!
結末は、その場面を書くまでずっと迷ってたんですが、終わらない、終われない旅も素敵だなあと思ったので、あんな風になりました!
遊佐堂さん、コメントありがとうございます。
夏と別れ、って私にとってはたまらなく好きなテーマなので、悲しくなりがちなのですが、今回は主人公が未来をみてくれてよかったです。
お題二作目ご苦労様でした。
お題のイラストの箇所だけ、地の文をセンターにしてインパクトつけてるんでしょうか?
細かく考えられてる編集も卓逸だと感じました。
ナンチャイさん、コメントありがとうございます!
背景が決まっていて、作品の住処はストリエ。それなら、文章も背景も引き立てられるよう、と思ったのです。それと、入道雲を利用したかった、というのもあります。