ここは青森の地のとある山奥。
独りの女性が
傍らで心配そうに見つめる自身の息子につぶやいた。
ここは青森の地のとある山奥。
独りの女性が
傍らで心配そうに見つめる自身の息子につぶやいた。
那切(ナギリ)、母さんはもう逝くわ。
今にも眠りにつきそうな地面に横たわった女性の声は、それでも息子の耳にはっきりと届いた。
母さん、何処に行くの?
・・・死の世界よ。
その母の言葉に那切と呼ばれた子は首をかしげる。
・・・死?
死ってなぁに?
あなたはまだ知らなくて大丈夫。
何れわかる時が来るわ・・・。
そう言ってその女性は静かに息を引き取った。
独りぼっちの、目に涙をいっぱい貯めた我が子を置いて。
いやあああああああああああああ!!!
待ってよ。
白髪の男は、血だらけになった女性の髪を無表情に引っ張り上げる。
ぐっ、痛い・・・!!
痛いいぃい!!
ねぇ、『死』って痛いの?
母さんもあの時痛かったのかな・・・?
そうして男は無情にも女性をさらに切り裂いた。
・・・・。
あれ?
君もしゃべらなくなっちゃうの・・・?
残虐な行為とは裏腹に、純粋な真っすぐな瞳で男は空を見上げてつぶやいた。
『死』って何…?
いたっ!!
!
どうかされましたか!?
う~、指切っちゃったみたい。
よそ見して歩くからだよ、バーカ。
どうせ飛び出た枝ででも切ったんだろ。
念のためそこの民家で消毒液をお借りしましょう。
新潟県での一件を終え、一行は青森県の地に足を踏み入れた。
東北とはいえ、近年続く温暖化で雪は積もっていない。
今や雪は北海道でしか見られないほど、希少な気候になっていた。
すみません、連れの者がけがをしてしまって。
よろしければ応急処置をさせていただきたいのですが。
賽が扉をノックし声をかけると、中から人が好さそうな男がぬっと姿を現した。
そりゃ大変だ、ちょいと傷を見せてみ・・・・。
そう言って、男は花蓮の傷口に視線を落とすと、いきなり、ピタリと動きを止めた。
出てってくれ。
え?
印持ちを家にあげるわけにはいかん。
『印持ち』という言葉について、賽が質問しようとした時だった。
こののどかな情景に似つかわしくない、恐怖の悲鳴が響いた。
こ、この声は・・・!!
矢田坊(ヤタボウ)!!
その声の主を知っているのか、悲鳴を聞くなり男は血相を変えて家を飛び出していった。
・・・!
すかさず煌炎が男の後を追う。
男が向かった悲鳴の先には血だらけでしりもちをついている村人がいた。
ひっ、ひい!!!
やめてくれ!!
その血だらけの男は何もない宙に向かってぶんぶんと何かを遠ざけようとするかのように腕を振っている。
矢田坊!!!!
その傷は・・・もしかして印を受けちまったのか!!??
そ、その声は歳坊(トシボウ)か!!??
た、助けてくれい!!
助けを求めて伸ばした手にも、突然赤い鮮血が舞う。
痛いっ・・・!!!
い、いったい何が起こってるの!?
花蓮は状況が飲めず、あたふたとしているが、その隣で煌炎は目を細めた。
・・・!!!
いつの間にか剣を構えた煌炎は、とっさに血だらけの男の前に躍り出る。
凄まじい金属の音がして、何かの破片が宙を舞う。
そんな・・・!!!
その破片は勢いよく回転すると、地面に突き刺さった。
・・・やられたな。
そう言って煌炎が視線を落とした先には、自身の愛刀の断片が映る。
煌炎さんの剣が折れた!!??
でも相手も手負いになったみてぇだ。
よく見ると折れて地面に突き刺さった破片には何者かの血が付着していた。
依然として周囲を警戒していた煌炎であったが、ふっと緊張の糸を解いた。
気配が消えた・・・。
とりあえず、おっさん無事か?
あ、あぁ・・・!!
兄ちゃん恩に着るよ!!!
体中痛いが何とか無事だ!!
矢田坊・・・!!
無事でよかった!!
とりあえず、傷だらけの方のおっさん。
ちょいと動くのをやめてくれ。
?
止まった男に煌炎が手をかざすと、京都で目の当たりにしたあの眩い光が辺りを包んだ。
な、なんじゃこりゃぁ・・・!!?
傷が跡形もなく消えやがった!!
こ、このお力は・・・!!
もしや狐王皇家の第四子息様では・・・!!??
はい、こちらにいらっしゃる方はまごうことなき孤王皇家のご子息、煌炎様です。
それは・・・、先ほどは大変ご無礼な真似をして申し訳ありません!!!
それなのに友人の命もお救いくださって・・・・。
かしこまるな。
そんな態度取るのはポニーだけで十分だ。
ポニー・・・?
・・・私のことなので気になさらないでください。
そんなやり取りをしていると、お礼を兼ねてご馳走したいと男たちが申し出た。
食う。
煌炎さんって本当に食べ物に目がないよね。
煌炎様は一度言いだしたら聞きませんからね・・・。
申し訳ないですがお邪魔いたしますか。
・・・それに私は印持ちってワードも気になるし。
そうですね。
私も気になりますし。
こうして一行は男の家に足を進めたのだった。