ヒルメちゃんっ!ただいま登校です

一応授業中だから静かにね



 起きた時点で目覚ましを確認してなかったヒルメは盛大に遅刻した。最もその時点で時計を確認していたとしても、彼女の遅刻は確定的だっただろう。彼女の道草が莫大に時間を浪費するわけでもなく、家から学校までの距離が馬鹿げてるくらい遠いわけでもなく。

 単純に、遅刻したかったから。したのだ。

 ヒルメはその次の休み時間、供述を取る委員長にそれらのことをありのままに少しの誇らしさをにじませながら話した。

寝坊っと

委員長、私の話聞いてました?



 ヒルメの級友であるところの彼女は、グーグル翻訳機もかくやという精度で建前を捏造してくれた。しかしヒルメとしては大いにご不満な様子。

せめて寝坊はやめてくださいですよ、ワイルディさに欠けるですよ

その低身長で何言ってんだか



 書き終えた出席簿で頭をぽんぽんする。ぽんぽんされたヒルメはあうあうとワイルディさの欠片もない悲鳴で抗議をした。

それから授業中に騒ぐのやめなよね

うぅ、すいません



 半泣きで縮こまる。

ついでだし、今からヒルメだけ補習ね

ついで感覚で、私の休み時間が蒸発しましたっ?!

はい、教科書出して

うぅ……横暴です



 不満露わに机に突っ伏して、ヒルメは無駄とわかっている抵抗を試みる。

委員長権限よ



 眼鏡を上げる仕草で気取ってみせた。

じゃあ拒否しますぅ

……担任権限

もう一声っ。です

……校長、権限



 委員長は心底嫌そうにその言葉を口にした。

うん、まぁそれならいいとしましょうか



 何故か教えられる方が偉そうに、ヒルメは机から取り出した教科書を適当なページで開く。

起立は省略してっ!お願いします、校長!

う……



 頭を下げられた委員長はその呼称を気に入っていないようで、されど事実だから仕方ないと自らを納得させながら、黒板の前に立った。

とりあえずやるのは数学だから、古語の教科書は仕舞いなさい

えー……やですよ、あんな西洋被れ

アラビア数字はたぶんオリエントじゃないかしら



 冷静な返しに不満を呻きつつ、言われたとおりに教科書を変える。ヒルメは権力に弱いのだ。

積分の続きからね



 委員長は自分の教科書を一目見たきり、黒板に数式を連ねていく。

 あくまで休み時間。である。

 二人だけで始まった補習に文句や疑問を口にするものは誰もいなかった。文字通り。誰もいなかった。

 もっと正確に言うなら、その教室にはヒルメと委員長の二人しかいなかったし、校舎全体にも二人だけだった。

 だから委員長は、委員長にして担任にして校長にして理事長にして。他にもヒルメの思いついた役職はすべて欲しいままにしてしまっている。

 チャイムの鳴らない校舎で、二人きりの授業がつつがなく進行した。

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