美しい物が、
溢れかえっている世界。


美しい物しか無い世界。

〇〇さんの家のお嬢さん、ようやくミランダ・カー似に整形したらしいわよ!!

19歳で整形させるなんてよっぽどお金がなかったのね・・・。
遅すぎるわ。

あら?
〇〇さん家の奥さんじゃない!
アン・ハサウェイがお忍びで来たのかと思っちゃった!!

まぁ、お世辞でも嬉しいわ!
おほほほ。

そんな世界のとある邸宅にて、仲睦まじく暮らす夫婦が一組。

いってらっしゃいませ、あなた。

あぁ、行ってくるよ僕の可愛い奥さん。

それはそれは美男美女で、
町でも評判の仲良し夫婦であった。

夫が仕事に出かけたある日のことだった。


ピーンポーンと、
訪問者を告げるチャイムが
鳴った。

はぁい。

す、すみません。
お宅の郵便ポストが見当たらなくて・・・・。
っ!!

そこにはこの世界にふさわしくないほど
たいそう見目凡庸な少年がたたずんでいた。

―・・・。

―・・・。

お互い見つめ合うこと数秒、
微動だにしなかった。


いや、できなかった。





お互いが、抱いてはいけない心を抱いてしまっていたのだ。



次に
その少年が発した言葉で、

彼女が旦那と築き上げてきた世界は崩れた。

・・・一目惚れって信じますか?

・・・誰か来ていたのかい?

仕事から帰ってきた男はおもむろにそう問いかけた。

・・・いいえ。

彼女の答えに、男は笑顔を浮かべる。

ふふ、嘘はダメだよ。
コーヒーの匂いがする。

・・・今日はコーヒーを飲みたい気分でしたの。

知らないとでも思ってるのかい?
僕は君がコーヒーはアレルギーで飲めないことぐらい知っているよ。

・・・。

それに、君が座らない位置の椅子が7cm動いてる。

・・・っ。

君はこの町一番に美しいんだ。

僕がそうさせたからね。
・・・・・・・

だから、変に言い寄ってくる男も多いからあれほど家に人をあげるなって言ったのに。

ご、ごめんなさい、あなた。

・・・反省してるならいいんだよ、君は美しいから仕方ない。
でも・・・そうだな、不安だから外の人と顔を合わせる時はこれをつけてなさい。
そして家にはもう二度とあげてはだめだよ。

奥さん、いますか奥さん。

はい。

わっ!!!

開いた玄関から、
突然奇妙な仮面がぬっと顔をだしたので少年は驚きで飛び上がった。

びっくりしました・・!
奥さんだったんですね。

驚かせてごめんなさい。
夫がこれをつけなさいと。

夫に仮面を渡された女は、
それを身に着けて玄関に佇んでいた。

あなたの旦那さんが・・・?
せっかく美しいお顔なのにどうして、勿体ない。

…ごめんなさい。
あなたとはもうこれきりにしたいの。
やっぱり、夫には逆らえない。

え?

我が儘でごめんなさい。
でも・・・・さようなら。

女が突然別れを切り出し、扉を閉めようとした時だった、

待って!!!!
僕は諦められない!!


家に!!

愛してる、愛してるんです奥さん。
あなた以外考えられない!!
あなたは・・・違うんですか?

・・・それは。

旦那さんと離婚してください。
僕が責任もって添い遂げます!!
僕なら旦那さんよりもっとあなたを幸せにできる!!

っ・・・。

そんな仮面に縛られないで。

・・・。

ほら、あなたはこんなにも美しい。
愛しています、奥さん。

私もよ・・・。

おかえりなさい、あなた。
・・・・話があるの、少しいいかしら・・・?

あぁ、ちょうどよかった。
僕も君に話があるんだよ。

約束を・・・破ったね?

ひっ・・・。

仮面に付けた小型カメラで全部見ていたよ。
君が他の男と愛し合っている様子までしっかりね。

あ・・・あなた、ごめんなさい。

謝罪の言葉は聞き飽きたよ。
大切にしてきたのに・・・どこで間違えたかなぁ?

あ・・・ぁ・・・。

どうせ離婚を切り出すつもりだったんよね?
いいよ、別れてあげる。
ただし。

っ!

あげた顔は返してもらうよ。

奥さん、迎えに来ましたよ奥さん。

中にどうぞーと、陽気な声が屋内から聞こえてくる。

その鈴が鳴るような可憐な声に導かれて少年は家に足を踏み入れた。

奥さんどこですかー?

はいここに。

わぁ!!!!
え?え?

また驚かしちゃいましたね。

女はくすくすと笑う。

もう、びっくりさせないで下さいよ!!
なんでまた仮面を・・・、もしかしてあの男がまた何か・・・!

いいえいいえ。
これは自分の意志でかぶってますの。
少しお恥ずかしくて。

恥ずかしい・・・?

女はコーヒーを用意するために台所へ立つ。

えぇ、少し。
でも無事に夫とは離婚できましたわ!

少年がよく目をこらすと、仮面に何か赤いものが付着しているのに気が付く。


それが何か気づいたころには、少年の顔は蒼白になっていた。

お、奥さん顔から血が・・・。

そう指摘すると女はくるりと少年の方を向き、恥ずかしそうに仮面を外した。

ひっ・・・!!!

夫に顔を返せと言われまして、少々揉み合ってしまいましたの。

仮面を外した女の顔は、刃物で複数回切りつけられたようで元の顔が判別できないほど醜く瘡蓋だらけになっていた。

まだ完治していない肌からは、薄く血がにじんでいる。

あ・・・・・。

大丈夫、傷が完治してからまた整形すればもとに戻りますわ!!
・・・・どうかされましたか?

寄るな化け物!!

その鋭い一言とともに、少年の方へ伸ばしかけていた女の手は冷たくはじかれる。

え・・?

その凄まじいまでの拒絶に、女は戸惑いで固まってしまう。

ああ醜い!
やってくれたなあの男、なんて仕打ちだ!!

ど、どうして・・・。

今のあなたに恋心は微塵もわかない。
醜すぎて反吐が出る。

そんな・・!!

申し訳ないですが、結婚の話はなかったことに。
では。

そうして
少年は足早に家を後にした。


呆然と少年が出て行った扉を見つめる女。


その瞳には涙が浮かび上がり、血を含みながら頬を滑り落ちていく。

私は・・・醜い。

そのつぶやきに、
扉の向こうから答える声が一つ。

君は綺麗だよ。

あ・・・あなた。

そうして元夫は蹲る元妻を優しく包み込む。

どんな君も美しいよ。
僕だけの可愛い可愛い奥さん。

あなた・・・・あなたっ・・・。

女は男に抱きしめられたまま縋り付く。

これで君は僕だけのものだ。

それはそれは
美しいものだけの世界に




それはそれは
醜い愛が生まれた瞬間だった。

末路3、完

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