轟鬼さん、蘭と別れて、私は一人で歩き出した。
轟鬼さんに教えられた道をなぞり返すように。
んっ………
大丈夫、楓?
う、うん。大丈夫
お願いだからそんなに緊張しないで。私は鬼に対して何も偏見を持ってないの
うん、それは分かってる。蘭が助けてくれたおかげで今、私は生きていられる
ねぇちょっと、しっかりして!!
うっ……ううっ…………
に、人間!? まさか新手!?
え? あぁ違う違う!! 私はその………
…………柳の、友達です
柳の!?
じ、事情は追ってお話します! まずはここから逃げましょう。安全な道を知っていますし、さぁ
でも体が……それに柳を探さないと……
なら私が貴女を背負います! その上で柳を探せばいい! 今はここでぐずぐずしてるのが一番危険です!!
痛っ………!!
あ、ごめんなさ――――その左手、久道様が!?
…………ごめんなさい
いえ………
……さぁ行きますよ。右手は大丈夫ですね。急がないと
……結局柳は見つけられなかったけど
いえ、仕方ありません。無理をして柳を探して共倒れになるよりは、柳も喜ぶと思います
……無理に笑おうとしてる
それより、この付近の里を覗いてみましょう。もしかしたら柳もそこにいるかも
……えぇ、そうね
でも、その前に麓の街に行ってもいいかしら? 戦が終わって時間は経つけど、父上や松尾家の他の将が無事かどうかも気になるから
えぇ、構いませんが……
…………其方は
これは……雅信様! ご無事だったのですね!!
ご無事……? あぁ、其方は久道殿と共に山に入れられたのであったか。蘭殿こそ壮健のようで何より
えぇ、大変恥ずかしながら主が討たれていながら生き延びてしまいました
あの戦から半年であったか……蘭殿、其方にはもう主も家もないのだ。忠義を無理に掲げる必要はない
いえ……主君である久道様を見殺しにし、戦場から逃げ帰ったのは何よりも恥ずべき事。娘に対しても父上は私に厳しく――――
――――えっ? 家もないって……?
……何も知らないのか?
秀政殿は鬼の将に討たれたらしい。逃げ帰った兵士が教えてくれた
ち、父上が……討たれた…………?
秀政殿だけではない。結城殿も土岐殿も鬼達の最期の抵抗によって討死した。結果的にあの戦は途中で撤退した私以外の将は全滅してしまったようだ
……蘭殿、責めたければ責めてくれて構わない。所詮根無し草とはいえ、私は見肩を見捨てて逃げ帰ってきた最大の不義を犯した。誹りを受ける覚悟は――――
やめて!!
…………
父上も忠政殿も吉次殿も立派な武士です。己の仕える家のため、戦場で死ぬことこそ最大の誉れと、父上がいつも言っていました
それは雅信殿の抱く信念とは異なるかもしれません。ですが、どうか戦場から戻ったことを謝らないで下さい。生きて帰ってきた雅信殿に謝られたら父上達の信念が穢れてしまいます
…………
そうだな。すまなかった
いえ、私こそとんだご無礼を…………
卑下することはない。其方は立派な武士の娘だ
……ありがとうございます
……蘭殿、此度の妖怪との戦で機内の情勢は大きく変わった。最も強大だった松尾家が潰えた以上隣国からの介入は必定……現に尾張の織田家が進軍を開始しているとも聞いている
……はい、それくらいは当然でしょう。私達は妖怪に目を奪われすぎました
雅信殿は……どうなさるおつもりですか?
私はしばらく根無し草を続けようと思う。だが期が訪れれば昔の家に戻るのも悪くない
………そうですか
蘭殿、私は其方を助けてやることはできぬが、安全なところまで同行することはできる。其方がよければ尾張か三河まで連れて行ってもよいが………
いえ、御心配には及びません。まだ機内でやることがあるので
…………?
お待たせ。柳らしき鬼の死体は確認されてないって
そうですか……良かった
…………
ねぇ楓、今度は私が先に歩いてもいい?
えっ? 勿論構わないけど………
…………ありがとう
うっ……ぐすっ…………
…………蘭?
ぐすっ……ひっく………
…………
……蘭?
へっ? あっ…………
抑え込まないで?
…………
……………っっ
うあああっ、あああああああっ………!!
…………
ずいぶん……色んな山を見てきたけど
噂も聞かないね……柳
時間も長く過ぎた……もうあの戦から1年ほどか。今頃機内は……人の世はどうなっているのかな?
……ふぅー
……ねぇ楓、ずっと考えてたんだけど
う、うん。どうかした?
私……仏門に入ろうかと思う
仏門って……尼僧になるってこと? どうして?
半年以上前に雅信様から父上が討たれたことを聞いてから、なんとなく思ってたの。このままで良いのかって。私には帰るべき家もないし、妖怪でもないから
それは……
柳にもう一度会いたいのは本当よ? けど、会った後のことを考えると、私は……貴方達と一緒に生きれないだろうから
だからといって、今更人の世に戻るつもりもない。それに、戦に振り回されて大事な人が死んでいくのを見届けるのに……疲れたから
……そっか
……引き止めたりしないのね?
里に泊まるときに無理して合わせてたの知ってるし
そうだったわね
楓は……やっぱり柳を探すの?
うん、もうどこにも行かないって約束したから
……そう、頑張ってね
……聞き覚えのある声がすると思うたら
…………え?
なるほどなぁ……確かに希望はもつものじゃな、柳
轟鬼……さん?
轟鬼さん、蘭と別れて、私は一人で歩き出した。
轟鬼さんに教えられた道をなぞり返すように。
轟鬼さんから、妖怪側の被害も聞いた。
覚様も以津真天様も化け鴉様も亡くなられたことには愕然としたけれど、同時に覚様達が時間を稼いでくれたから私はこうして生きていられるんだと思う。
ねぇ、私に人間の友達ができたよ?
柳も知ってる人。
本当は会わせてあげたかったけれど、遠慮されちゃった。
本当に優しいんだね、蘭は。
ねぇ、柳。
私、今頃になって思うんだ。
人間と仲直りする道は無かったのかなって。
確かに、あの戦は人間も妖怪も酷いことをしてきた。
だから、お互いに向ける目が最初から重苦しくなっちゃった、
だけど、同時に戦の中では誰でも悪い人になるし、被害者にもなる。
色んな人や妖怪達が、戦をどうにかしようとして、互いの思惑が不器用に絡まったせいで、1年前の悲惨な戦いが起きてしまった。
こうなってしまった後で、今更人間と有効な関係なんて絶対に無理。
それは私でも思うよ?
でも、これは「もし」の話
もし、私達や人間達、どちらかが先に仲直りをしましょうって言いだしたら、どうなっていたのかな?
もしかしたら、死なない命があったかもしれない。
もっと早くに、穏やかな日常に戻れたかもしれない。
こんなことを考え出したらきりがないけど、それでも、過ぎた時間の意味を考えちゃう。
それは、人も妖怪も同じなのかもね。
人と人の戦は、これからも続いていく。
けど、私達の戦はこれで終わり。
平穏って言葉が、こんなにも重いなんてね。
生き残った私達は、それを背負いながら生きていくんだろうな。
ねぇ、柳?
話したいことがいっぱいあるよ。
柳が人間に連れていかれてからのこと、それにこの1年の間のこと
二人でいっぱい語り合いたい。
一生かけて、二人の時間の空白を埋めたい。
今度こそ、ずっと一緒にいたい。
あの戦の先にあった未来を、貴方と過ごしたい
もうすぐ会えるよ……柳