赤い光に縁取られた観覧車は、真っ暗なあけぼの遊園地を煌々と照らした。



それは美しくもあったが、その中心で緋瀬がどうなっているかと思うと、今にも吐きそうなほどの怒りがオレの頭をもたげる。




そして、《黎玄(レイゲン)》を呼び出し、その生成が始まると同時に水素爆発の勢いを利用した加速に乗ってピエロに斬りかかった。



しかし、ピエロは隠し持っていたサバイバルナイフを取り出して、無刃であれど、相当の運動エネルギーを以って振るわれたその刀を左手一本で弾き返したのである。



ビィィンと空気を斬り裂かんばかりの高周波な音が無音の遊園地に鳴り響く。

緒多 悠十

てめぇ……緋瀬に何かしたのか!?

道化師

あまり語気を強めるなよ、緒多悠十。
そんな番犬が泥棒に吠え付くみたいな顔をしなくても教えるよ。

この余裕しゃくしゃくという口調が何よりも気に入らない。


黙っていたらあっという間にあちらのペースに巻き込まれてしまいそうである。

道化師

よし、じゃあ順番に話そうか。
そうだね、どこから話すのが君のお粗末な脳味噌に一番優しいかな……。

緒多 悠十

脳味噌に関しては余計なお世話だ。

道化師

……よし、じゃあまず私の目的から話し始めるのが分かりやすいだろう。

ピエロはポケットに手を突っ込んで、いやにキザったらしく肩をすくめてみせると、とん、と軽く地面を蹴った。



すると、まるでここが月かのようにふわりと上昇していき、地上五メートルほどのところで止まったかと思うと、いつかのように逆さまに、しかも空中立ってみせたのだ。



もうその姿は道化師というよりも奇術師だった。




道化師

私の目的はね、緒多悠十。
この人間という世界からMEという存在を消し去ることさ。

緒多 悠十

MEを世界から消し去る……?

あまりに突飛な話にオレが先ほど吐きそうなまでに感じた怒りを驚きが覆い隠してしまった。

緒多 悠十

なんだってそんな……MEを消し去るなんてことが必要なんだ?
お前はMEに一体なんの恨みがあるんだ。
それに、その目的がなんでオレを狙うことに繋がるんだ?

道化師

一気に質問するというのは、愚かとしか言いようがないね。
これから私が話して聞かせると言っているだろう。

緒多 悠十

……。

道化師

君は《ロストチルドレン》という言葉を知っているかい?

緒多 悠十

ロスト……チルドレン?

道化師

まぁ君は知らないだろうね。
君が記憶を失っていなかったとしても、《学区外》の現状を正しく認識している者というのは非常に少ない。
《ロストチルドレン》というのはね、親に養育を放棄された子どもたち、つまり捨て子だ。
しかもその子ども達はある共通の理由を、いや、これは理由とは言わないな。
正確に言うならある共通の不条理を押し付けられて捨てられた――






《学区外》。





それは文字通り、MER達が通う元素操作師養育学園を中心に区画された《学区》の外のことだ。


しかし《学区》と《学区外》の両者はただの学生の通学範囲以上の意味があるのだと、いつかヒサが言っていたのを思い出す。



まず前提として、すべてのMERがNORに肯定的であるわけではない。

その逆としてすべてのNORがMERに肯定的であるわけではないのだ。



お互い因子の有る無しに対し、不平と不満、嫉妬と侮蔑が交錯している。



つまり、現段階で両者は完全に共存できていない。



争いあう可能性がある二存在が、それなりに妥協して同じ世界に存在するためにどうすればいいか。



そんなことは子どもでも分かる。

二つの存在の間に壁を作ればいいのだ。



すなわち、《学区》とは、MERに対し、過激に反抗的なNORの人々を《学区外》に押しやることで直接的な騒乱を未然に防ごうとする政策の一環でもある、ということなのだ。



そう考えると答えはあまりに明白だった。MERとNORの分岐は先天的因子に決定されるとされ、後天的取得可能性は否定されている。



そしてこの世界においてMERはNORよりも優先的に扱われることが多い。


だからこそ怜の母親、雅は怜をあの忌まわしき実験《分離実験(ディバイディング・プラン)》に参加させたのだ。



MERとしての実力の大きさが幸せの大きさと直接結びつけられてしまう。

本当はそんなことがあってはたまらないのだけれど、分かりやすい幸せの指標としてMEは扱われる。


そして、それは逆を言えば、この世界はNORとして生まれた人々には生きづらい世界であり、究極的にはNORとして生まれてしまった子、あるいはNORの子を産んでしまった親は不幸だということになる。







つまり《ロストチルドレン》とは――。

道化師

Non Multi Elemental user――NORとして生まれ、それ故に、それがために自分勝手に絶望し、失望した親に捨てられた子どもたちのことさ。ただMEを操れないという、たった、たったそれだけのことで、受けるべき愛を受けられずに《学区外》に捨てられた子どもたちのことだ。

緒多 悠十

……。

道化師

君を含み、《学区》の中で暮らす人々は実際にそういう子ども達がどのような暮らしを強いられているかということに思いを馳せることなどないのだろう?

文字もまともに読めないような小さな子どもがMEの恩恵を受けるどころか、MEを操作する能力を持たないという理由により、実の親に捨てられる。

それがこの世界の現状だ。
この現状を覆すには、君の持っているクロノスの力が必要となる。
君がそれを持ち続けているうちはあの子達と同じ境遇に苛まれる子どもは増え続ける。

緒多 悠十

どういう……意味だ?
クロノスとMEになんの関係がある?





その疑問を、オレ自身、今までに抱いたことがないわけではなかった。



MINEのパーソナライズで訪れた白い雪と黒い川のある精神世界の模造品なるものの中でクロノスは、MEにも精神があるのだと言っていた。



明確な精神構造を持つ人間が、より不明確な精神を持つMEを束ね、形を作り上げる、と。


どうして時を司る存在であるクロノスがMEの根本原理とも言えるその事実を知っているのかという疑問は、言い換えれば、クロノスとMEの間に何か決定的な関係性があるのではないかという推測はオレの中で蠢き続けていたのだ。

道化師

関係?
笑わせないでくれよ、緒多悠十。
MEがこの人間世界に流入したのにはクロノス、いや、この場合は『核』が大きく関わっているどころではない。
原因そのものなんだよ。

緒多 悠十

何を言って……。







話が急展開過ぎる。



感情が急カーブを曲がりきれていない。



MEの発現そのものにクロノスが関わっている?





どうしてそんな結論に達するのか。

道化師

君は、あのクリスマス、君が消失した記憶の最終点であると同時にすべての事の発端であるあの日に何があったのか、調べたことはなかったのかい?







そうだ。



なぜオレは今まで気づかなかった?
なぜオレは今まで気づかないフリをしていた?



オレは潜在的に、無意識的に、避けていたのか。
オレ――「俺」が何をしてしまったのかを。

道化師

もし君が自分の過去について本気で調べていたなら、あの日、あるテロ事件が起きた事実ぐらいには容易に辿り着けたと思うけれどね。

緒多 悠十

テロ……?

道化師

そうだ。
今や人々の中では風化しているけどね。

あの日に起こったのは、過激派NORによる反MERテロ。

これもMEが生んだ罪の一つだ。
美山病院は知っているだろう?
学園が運営する園立病院。あそこはMERかNORかを診断するという、いわば最後の審判を下す検査を請け負っていた。
つまりNORの人々にとっては不幸宣告を下す場所でもあったわけだ。
だからあそこが狙われた。それはもう、何十人もの一般市民が巻き込まれたよ。



そして――

ピエロは右手にはめていた白い手袋を外して、オレをゆっくりとその手で指差した。





その手には包帯が巻かれている。










御縞学院の中でオレが水素爆発を起こした時に負わせた傷だった。





しかし、それだけではない。他のところでそれを見た記憶があった。

道化師

君もその事件に巻き込まれた被害者として搬送されてきたよ。

私が主治医を務めている病院にね。

繋がったという感覚と同時に、

すべてが崩れていくのを感じた。





別に彼を信じきったことはない。
その雲を掴まされているような人柄を不気味と思うこともあった。



だが、けれど、オレにとって救いを差し伸べてくれた人物でもあったのだ。





目の前にいるピエロは、


怜を実験に巻き込み、緋瀬を赤い檻に閉じ込め、

そして、

オレからクロノスを奪おうとしている彼は、





ヒサという家族を与えてくれた、

学園という居場所を与えてくれた、

オレという命を救ってくれた人物だった。

緒多 悠十

なんでだよ……理由を答えろよ。


オレに分かるように説明してくれよ……。



それができないなら、全部が嘘だったと言ってくれよ――。

ピエロは空中で宙返りをうつと、オレと同じ地面に立った。






そしてその顔につけられた仮面に手をかける。





そして、



オレはその仮面が剥がれる直前にその名を叫んだ。



絞り出すように。否定するように。

緒多 悠十

――蓼科!!

蓼科 新介

《道化師(クラウン)》は、蓼科新介、その人だった。

絶対論理―Absolute Logos―(7)

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