一獲千金を求め、普段潜っているダンジョンよりもワンランク上のものに潜ってから、何日がたっただろうか。
格上の魔物と戦い、罠を間一髪で阻止し、ついに最奥部のボス部屋を表す豪奢な扉の前までたどり着いた。
……ここが、ボス部屋か。
一獲千金を求め、普段潜っているダンジョンよりもワンランク上のものに潜ってから、何日がたっただろうか。
格上の魔物と戦い、罠を間一髪で阻止し、ついに最奥部のボス部屋を表す豪奢な扉の前までたどり着いた。
これで、最後か。
パーティーリーダーであるエヴリルは、扉の表面を触りながら思う。万が一のため仲間には言っていないが、彼は今回の冒険で冒険者を止めるつもりであった。
どうかしたのですか、エヴリル。
賢者でありパーティーの指揮官でもあるエーグルが、リーダーがいつも通りでないことに気づく。
何でもないよ
そうですか……。リーダーの不調は私たちの生死に関わりますから、何かあるなら言ってくださいね。
そういう風にあんたがプレッシャーかけるのが嫌なんじゃないの?
わ、私はそんなつもりで言ったのでは。
まったく素直じゃないなー。エヴリルが心配だって言えばいいのに。
からからとエーグルをからかうのは斥候のキャナリ。高貴な家の出ではあるが、とんだおてんば娘である。
……ほら、行きますか、リーダー。
あー、ごまかしたー。
頼もしい、これまで危険を乗り越えてきた仲間たち。
エヴリルは笑みを浮かべながら、いつもの言葉を――正真正銘の、この戦いにふさわしい言葉を、言った。
行くぞ! これが最後の戦いだ!
っ!
グルルルル
ボスとして待っていたのは、空を飛び火を吹く龍。今までの魔物以上の、一方的ともいえる格上。
危ないっ!
エーグル!
牙をよけた己を炎龍の吐いたブレスが襲う。しかし、それは己に届くことなく庇いに行ったエーグルを呑み込んだ。
これくらい……水の加護がまだありましたから。
安心させるように笑うが、彼の美しかった顔の一部が醜いことになっている。痛いはずなのに。笑って。
こっちに来な!
片足を負傷したキャナリがクロスボウで炎龍を挑発する。あの足ではよけることも難しいだろうに、己のために命を張って……。
なのに、俺は……。
仲間に隠し事をして、それで迷い、こうして苦戦している。なにが、リーダーだ。なにが、戦士だ。
……よし。
言おう。己が冒険者を止めることを。己を信じてくれた仲間のために、そしてその先にある勝利のために!
聞いてくれ、みんな。
なんです、こんな時に。
……。
俺は、冒険者を引退しようと思っている!
はぁっ!? あんた何で
キャッ!
衝撃の一言に集中が切れたキャナリへ、炎龍の顎が迫る。
エヴリルは思い切り魔力を込めた剣を両手に握り、駆け、炎龍の翼に突いて言った。
俺、このダンジョンから帰ったら結婚するんだ!
……
これ、死にましたね。
死亡フラグ、と言われるものがダンジョンには存在する。その名の通り、ダンジョン内でその言葉を口にしたが最後、確実に死ぬそうだ。
そして、「俺、帰ったら結婚するんだ」は、有名な死亡フラグである。
帰還!
ダンジョンへの転移装置のある神殿。無事ボスである炎龍を倒し、エヴリルたちは帰還した。
なんで、生きているのでしょうか。
あたしらが頑張ったからに決まってるでしょ。なんでそう思うのよ。
死亡フラグを、言ったのに?
……あ。
~♪
報告書
パーティー名:水妖精の竪琴
報告者:エーグル
ダンジョン名:炎龍の顎
到達階層:深層(ボス討伐)
死亡者:0
探索開始日:3月29日
探索終了日:4月1日
特筆事項:エヴリルが死亡フラグである「俺、帰ったら結婚するんだ」を発言しました。しかし、死亡はしていません。なにか異常があったのでしょうか。
後日、冒険者組合の調査により、以下のことが判明した。
・4月1日もといエイプリルフール内では、死亡フラグを言ってもしななくなる。つまり、生存フラグへと変換される。
・しかし、その言葉が虚偽のことであった場合、確実に死亡する。
以来、冒険者は4月1日が近くなると見合いを考えるようになっていった。
本日も、ダンジョンは命を呑み込み、富を吐き出している。
FIN