ぼくの父さんはテレビゲームが大好きな人だった。スーファミ、PS、サターン……、ゲームのハードは問わずしょっちゅう色々なゲームを買ってきては遊んでいた。
ぼくの父さんはテレビゲームが大好きな人だった。スーファミ、PS、サターン……、ゲームのハードは問わずしょっちゅう色々なゲームを買ってきては遊んでいた。
ぼくは小さい頃から、そんな父さんがゲームをプレイしているところを横で見るのが大好きで、小学校に上がる頃には休日は父さんと一緒に一日中ゲームに明け暮れていた。
RPG、アクション、シューティング、アドベンチャー……
これまて沢山のジャンルのゲームを遊んだけれど、未だ家に遊びきれないほどのゲームがある。
さて、次はどのゲームをやろうかな…
朝、手短に朝の身支度を終えたぼくは、ゲームソフトが並べられたラックを前に、学校に持っていくゲームを選ぶ。
高校入学後旧校舎に入れるようになってから、これがぼくの朝の日課になっていた。
うーん、この前はRPGだったし、違うジャンルにすべきかな
ラックには、ざっと500以上はあるだろう、ゲームのハード、ジャンル別に分類されたゲームソフトが隙間なく並べられている。
はたして今日も東雲さんはくるんだろうか
昨日の出来事を思い出す。
あまりに唐突な東雲さんとの出会い。
帰り際に彼女は……
またくるから
確かにそういっていた……気がする。
昨日の出来事はなんだか現実めいてなくて、夢だったんじゃないかとも思えてくるのだ。
もしも来るんだったら、やっぱり2人でできるゲームを持っていったほうがいいのかな…
えーと、確かこの辺りに……
うん、これならゲームをあまりやらない人でも……、大丈夫かな。
ぼくはひとりごちながら、今日持っていくゲームを決めて、学生カバンに放り込んだ。
教室での東雲さんはいつも変わらない様子だった。
観察、というわけではないのだが、どうしても東雲さんの存在が気にかかってしまい、気がつくとぼくは一日中東雲さんを目で追っていた。
チラチラ……
そうしているうちに東雲さんについて、いくつかわかったことがある。
一つ目。東雲さんは休み時間はだいたい読書をしているようだった。
タイトルは読み取れなかったけれど、ハードカバーの分厚い難しそうな本だった。本を読んでいるときの東雲さんは、わりと穏やかな表情になっているような気がした。
東雲さんは読書が趣味なのかもしれないな……
そして二つ目。東雲さんは運動神経も抜群だった。体育の授業での体力測定で、彼女は各種目でクラスの女子の記録をごぼう抜きしていくのだ。
運動部からのスカウトもあるらしく、休み時間に先輩が勧誘しにきているようだけれど、当の本人はまったく興味がないようだった。
すごいなー、頭脳明晰なうえに運動神経抜群で、そのうえ美人って完璧人間っていうレベルじゃないぞ……!
そんな彼女がなぜ埃っぽい旧校舎の教室で、ぼくがゲームする様子なんかを見ていたのか、改めて日中の彼女の振る舞いをみていると、ますます分からなくなってきた。
そして放課後。
はたして、言葉通り彼女はまた来るのだろうか。
少しの胸のざわめきを感じながら、いつものように旧校舎の教室に入ると……
南くん、こんにちは
なんと、すでに東雲さんが昨日と同じ場所の椅子に座っていた。
や、やあ、東雲さん。今日も来たんだね
ええ、昨日そう言ったでしょ?
それで、今日はどんなゲームで遊ぶつもりなの?
東雲さんは目をキラキラさせながらそう話す。こんな表情は日中の学校では見れなかった。
えっと、今日は東雲さんも一緒に遊べるゲームを持ってきたんだけど……
わ、わたしも一緒に!!??
東雲さんが目を丸くして大げさに驚く。
うん、せっかくきてくれるんだから、見ているだけじゃつまらないかなと思ってさ。
東雲さんって、普段テレビゲームをよくやるの?
……!
ぼくが何気なく放つ質問に対して、なぜか東雲さんの表情は暗くなった。
……、
いえ、わたしはゲームをしない
そうなんだ、てっきりゲームが好きなのかなって思ったんだけど
だって……
わたしには、ゲームで遊ぶ資格はないから
そういうと東雲さんは切れ目がちな黒い瞳を伏せた。
な、なんで、そんなことをいうのさ!
ゲームを遊ぶために資格なんていらないはずだよ。
……
僕のこの言葉に対して、しばらく顔をうつ向けていた東雲さんは、やがてぽつりぽつりと話し出した。
わたしには、従兄弟がいるの。ゲームが大好きな従兄弟
年に一回だけその従兄弟の家にいくとき、いつも従兄弟はテレビゲームで遊んでいて……
わたしは、それを隣で見るのが大好きだった
一緒には……遊ばなかったの?
それが……
東雲さんが顔を伏せる。
一度だけ遊ばせてくれた事があったんだけど
わたしは、消してしまったの……
消してしまった?
そう、ゲームのデータを
!!
あのときの悲しそうな従兄弟の表情。わたしは忘れられない。
もちろん従兄弟はそのことを許してくれた。
でもわたしは、わたしを許すことができない。だって、大切に積み上げた想い出をわたしは踏みにじってしまったの。
だから、そんなわたしにテレビゲームを遊ぶ資格なんてないわ
東雲さんは思いの丈を吐き出したようだ。
とても辛い過去の記憶……
まあ、本人からしたらそうなんだろけど、
なんだろう。
正直ファミコン時代はゲームデータが消えてしまう事なんて日常茶飯事だから、そこまで負い目を負わなくてもいいような気がするんだけど。
特にゲームソフトによっては、本当にデータが消えやすいものもあるのだ。
ちなみに東雲さん。そのときに遊んでいたゲームソフトの名前って覚えてる?
ええ、忘れもしないわ。
「星の●ービィスーパーデラックス」よ
それ全然気にする必要ないやつだよ!!
ぼくはその後、東雲さんに、そのゲームのデータがいかに消えやすいかということ。
そのゲームを購入した人達はぼくも含めてみんな一度はデータ消失を経験していること。
当時としては特殊なチップを使用していることで、ソフトカードリッジが衝撃に非常に弱くなってしまっていること、等を説明した。
テレビゲームという素晴らしい存在に対して、過去の些細なことが原因で遊ぶ資格がないと思い込んでいるなんて……
そんなのあまりに勿体無いよ。
何とか東雲さんの過去のトラウマを払拭してあげたい……!
ぼくの懸命な説明に対して、少しずつ、東雲さんの表情は明るくなっていった。
そうだったんだ、あの0%、0%、0%、は、わたしのせいだけじゃなかったんだね…
当時のカードリッジタイプのゲーム機は大なり小なりデータが消える可能性はあるからね。
その中でもSDXは特別消えやすかったんだよ。
ぼくもおんなじソフトを持っているけどさ、もう10回くらいは消えてるんじゃないかな
だから、自分はゲームで遊ぶ資格はないなんて悲しいことはいわないで、一緒に遊んでみない?きっと見ているだけよりももっと楽しいよ
……
東雲さんはすっと目を閉じる。自分の気持ちを静かに整理しているようだった。
やがて彼女は瞳を開き……
ありがとう。南くん。
わたし、南くんと一緒にゲームで遊んでみたい
彼女はぼくの顔をまっすぐに見つめてそう言った。