引越の際、出て来た人形を捨てた。

もうずっと押し入れに眠っていたし。
ぼろぼろだし。
捨ててしまおう、ってなった。

それから三日後。
その電話はかかってきた。

非通知だ……。

不審に思いながらも、
私は電話に出る。

もしもし、私、ネリーさん。
今、あなたの、前に住んでた
おうちにいるの。

聞いたことはある。

捨てたはずの人形から、
電話がかかってくる。
有名な都市伝説だ。


まさか……。

今から、そっちに行くね……。

私には、
気になることが――

あの……。
私の今の家、そこから遠いよ。

……。

お父さんの転勤で、東京から静岡の三島に移ったの。
そっち神楽坂でしょ? 
まずは東京メトロに乗って東京駅に行くの。
大手町で丸ノ内線に乗り換えるの忘れないでね。
それで東京に着いたら、新幹線の切符を買う。

……。

あ、新幹線は普通に乗るのよ。
のぞみだと、名古屋まで行っちゃうから!

と、そこで、
電話は切れてしまった。

そのしばらくした後、
また、電話が。

私、ネリーさん、今、東京駅にいるの。

お、無事に着けた着けた。
新幹線はホームがいっぱいあるから
注意してね。

……。

あ、あと、駅弁買った方がいいよ! 
800円くらいのちゃんとしたやつ買うの! その辺のコンビニで売ってるような奴だと、
旅情がないから! 
それから、東京バナナを忘れ――

あ……、切れちゃった……。

二時間後。

もしもし、私、ネリーさん。

あっ! どう? 三島に着いた?

……。

ご、ごめん……。
名古屋行っちゃった……。

あははははっ。
もうね、ほんとややこしーよねー! 
みんな一回くらいやっちゃうからさ! 
どんまいどんまい。

じゃあ、ちゃんと、駅員さんに聞くのよ。たしか、こだまかな? 
それに乗れば大丈夫。

……。

あ! 駅弁は!?

い、いや……。買ってない……。

もーう、ただ新幹線に乗るだけじゃつまんないじゃん。
ちゃんと駅弁買わないと。
電車で食べる駅弁ってすっごくおいしいんだよ。

だって、私、食べられないし……。

あー、そうだね……。
じゃあ、私、待ってるから。

……。

ひときわ長い沈黙の後、
電話は切れた。

さらに二時間後、
電話は再びかかってきた。

もしもし、私、ネリ……

あ! 着いた!? どこにいるの!?

え……?

私、今、三島駅にいるのよ。

……。

どこの出口? まだ改札出ていない?

あの……。
ごめんなさい。

え? なんで、謝るの?

だってさ、私、人形だよ。
……動けないもん。

え?

じゃあ、全部、嘘だったの……?

うん、だから、その……。
ごめん……。

そっか、そうだよね。ごめんね。

なんで……謝るの?

なんでって……。

捨てたの、私だよ。
嫌われて当然じゃん。
声も聞きたくないと思うよ。

なのにさ、電話までかけてきて、
そっちから会いに来るなんて。

あの……。
怖くないの……?

……。
会いたがってる人を怖がるなんて、
おこがましいよ。

それにさ。私ね、あなたをもらった時のこと、忘れていてさ。
本当にボロボロにしちゃって、自分で自分がすごく悲しかった。
お母さんが捨てなさいって言うから、捨てちゃったけどさ。

もっと、大事にしてたら……さ……。
今も一緒にいれたかもしれないんだよ……。

だから、ごめんなさいね。

……ねえ。
私に、会いたかった?

何言ってんの? 当たり前じゃん!

そ、そう……。
あり……がとう……。

あっ! ちょっと、まっ! 
まだ、話した――

それっきり、電話はかかってこなくなった。

あれから、15年の月日が経った。

私には、5歳になる娘がいる。

娘には、「物を大事にしなさい」と
口を酸っぱくして言っている。

だって、あんな悲しい思い、
してほしくないから。

捨てられた人形

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