気がつくと、私はこの場所にいた。
気がつくと、私はこの場所にいた。
ここは、いったい?
気がつかれましたか。
目の前には、見たことのない人物が大きな机におり、椅子に腰かけていた。
男性のような女性のような顔立ちで声は澄み、ずいぶんと浮世離れした外見だった。
いや、そもそもここはどこなのか。私は先ほどまで、会社で仕事をしていたはずなのだが……。
あなたはつい先ほど亡くなり、
今この場所に立っているのです。
そんな……。では、ここは天国ですか?
それとも地獄?
あたりを見回す私に、彼か彼女はゆっくりと首を振った。
そのどちらでもありません。今あなたがいるのは、冥府の入り口。私はここの 裁定者です。日本人サラリーマン、 大和健。あなたを今から裁定します。
そういうと、裁定者は分厚い本をパラパラとめくり、読み上げる。
大和健。日本人。日系企業真黒産業の 係長。42歳。罪状なし。死因は過労死。配偶者なし。品行方正。子供もいない ようですね。血縁もなし。ふむ、特に 問題はないようですね。
そういうと、裁定者はパタンと本を閉じた。
あなたを地獄に落とす必要はないよう です。では質問があります。あなたは 思い残すことはありませんか?
思い残すこと、ですか?
はい。前世でやり残したことがないか、なにかやっておきたかったことはないかそのことを聞いています。
私は問われ、少し考えた。
毎日働くだけだった人生。忙しさに追われ、何かをするでもなく、ただただ過ぎていった日常。
やり残したことはないか、とあらためて問われるといろいろある気がしないでもない。
だが今この場所に立ってると、不思議とそういうものが抜け落ちていくというか、気にならなくなっているようだった。
これが達観、というやつなのだろうか。
ああ、そういえば僕は昔……。
ふふっ。
どうかしましたか?
思わず笑う私に、裁定者は不思議そうに問いかける。
いえ、昔を思い出しまして。僕は昔、 ロボットになってみたかったんです。
それは子供の頃の話だ。
小さい頃の僕は体が弱く、みんなと外で満足に遊ぶことができなかった。
走ればすぐに息が切れ、砂場で遊べば熱を出し。家に居ることが多くなった。
読書をしたりテレビを見ることが日常となり、みんなと疎遠になっていった。
そんなとき、僕はマンガやアニメに出てくるロボットたちのことを考えるのだ。
彼らは強く、僕には悪者たちをやっつけるヒーローに見えた。
乗るのではない。僕はロボットそのものになってみたかったのだ。
疲れない体。何物にも侵されない装甲。強い力。
形は違えど、男の子ならだれもが一度は憧れるんじゃないかな。人知を超えた力ってやつに……。
そんな子供の頃のことを思い出して
しまったもので、つい。
なるほど、そういうことでしたか。
もしあなたが望むなら、
その夢をかなえることができます。
えっ?
裁定者の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
それは、本当ですか?
はい。今のあなたは天国にも地獄へも
行けません。迷いのない状態でないと、魂の判別は難しい。それをこれから
行います。よろしいですか?
言っている意味は分からなかったが、裁定者の言葉に僕は少なからず興奮していた。
は、はい。できるのなら、喜んで!
僕の言葉に、裁定者は少し表情を緩めたように見えた。そして、言い放つ。
では、あなたをしかるべき時間、
しかるべき場所へと送ります。
今とは違う人生になりますが、
どうか――。
裁定者の言葉は、最後まで僕の耳には届かなかった。
あたりが明滅し、周りの景色が歪んでいく。
気がつくとそこは――。