彼女は辰巳屋 奏。
寺の一人娘で、そこそこ厳しく躾けられている。
このように友達と遊び歩けないのを不満におもっているが……。
はぁ。今日も皆がマック行く中私は境内の掃除。
もっと自由に遊ばせてくれてもいいんじゃない?
彼女は辰巳屋 奏。
寺の一人娘で、そこそこ厳しく躾けられている。
このように友達と遊び歩けないのを不満におもっているが……。
まあ仕方ないかー。
バイト許してもらえない私じゃ連日マックは地味に厳しいし。
正直マックの食事は脂がもたれる……ポテトMでもきつい。
炭酸もあんまり得意じゃないからそれも。
あー、私って本当に現代人なの?
色々と雑念はあるようだけれど、奏は慣れた手つきで掃除を進める。
伊達に小学生のころから躾として掃除をやらされているわけではないのだ。
でも、彼氏作る機会がないのは辛いなー。
彼女の優しい友達は、付き合いのあまりよくない彼女にも分け隔てなく話をしてくれるのだが。
その中には華やかな色恋の話もあるわけで。
勿論奏も恋愛話には興味を惹かれる年ごろなのだ。
彼氏とは良人か?
唐突に掛けられた声。
聞き覚えのない上に言葉にしゅーしゅーという音が重なって聞こえる不可解な声に奏は周囲を見回す。
だ、だれ!?泥棒!?お、おかーさん!警察!
精一杯の声を張り上げて母を呼ぶ。
しかし答えは返らない。
お、おかーさん!?おかーさん!
必死に母を呼ぶ姿に、声の主は奏を可哀そうに思ったのか新たに言葉を紡いだ。
そう怯えないでおくれ。
私だ、縁側の地面にいる蛇が私だよ。
務めて落ち着いた声をだしてなだめる蛇と、奏の視線が交わる。
するとひっと息をのんで奏が腰を床に落とす。
しゃべ……蛇が喋ったぁぁぁぁぁぁ!
混乱する奏を見て、困ったようにとぐろを巻く蛇だが、不意に思い至ったのかするすると巻いたとぐろを解いて奏の方に頭を伸ばしてゆらゆらと揺らした。
そうか、今世では喋る動物というのはいないのだったな。
昔は年経た動物が喋るということは、まぁ稀にあったのだが。
ひぇ……。食べないで……。
落ち着きなさい。私はお前を食べないよ、お登勢。
おと……せ……?だれ?
会話が通じていて、ひとまず自分を襲う様子ではない蛇に若干の落ち着きを取り戻したのか。
奏には不意に告げられたお登勢という名前に反応する余裕が生まれていた。
ああ、今生ではきっと君の名前はお登勢ではないんだろうねぇ。
もしよかったら、名を聞かせてはくれないかい。
私は奏。辰巳屋 奏。
あ、貴方は誰なの?
奏が名乗り、蛇に出自を問う。
ここにようやく二人の間に会話が成り立つ。
私はしがない吉兆。
神の使いの端の方に引っかかるだけの白蛇の神。
名を、蓮蛇という。
蓮蛇さん?あの、私にはどんな用が……あ、それよりお母さんが返事しないのは貴方がなにかしたの!?
酷いことしてたら許さないんだから!
小さく、指先を未知への恐怖で震わせながら奏はへたりこんだ姿勢から立ち膝になると、手を振り上げた。
奏の母にはなにもしておらぬよ。
ただ、ゆっくり話したくてこの一角の音を外に漏らさぬようにしたから母に声が届いておらぬだけよ。
ほ、ほんと?
本当だとも。
ふむ、そんなに不安そうではゆっくり話をすることはできそうにないね。
どうだろう。音を消す結界をひとまず消すから、また明日ここで私と話してくれないだろうか。
蓮蛇からの提案に、奏は少し思案顔になってから。
やがて結論をだしたようだった。
奏は必死に怖い顔を作って唇ととがらせながら言った。
お、お母さんが本当に何にもなかったらお話ししてあげる!
おかーさん!おかーさん!
ひとまずは、繋ぎを付けられただけで良しとするか。
約束だぞ、奏。
違えるなよ。
そして蓮蛇は夕焼けの中、境内の森の中に消えてゆき。
奏は大声で呼ばれた母は五月蠅いと叱られたのだった。