Wild Worldシリーズ

レダ暦32年
冷たい夜
~The Cold Night~

1

  

  

  

 物音で、目が覚めた。


 遠くからのごくごく微かな音だったが、確かに聞こえた。

 隠密として育てられたユニは、どんな微かな音さえも聞き逃すことはない。

 まして、今のような皆が寝静まった深夜には、音はよく通る。

 



 ユニには自室を与えられてはいるが、仕事柄毎日違う場所で眠っていた。

 この日は、来客用のソファーだった。

 寝心地はあまりよくないが、その方が深い眠りをしないでいいからちょうどいい。





 警戒し緊張感を身に纏ったユニは、素早く起き上がると音のする方へしのび足で向かった。
 
 廊下は一定の間隔で松明に火が灯されている。

 ユニの影が大きくなったり細くなったり薄くなったり濃くなったりしながら忙しなく揺れる。





 夜の薄暗い城内が、やけに不気味に感じた。

 人の呼吸を感じない。



 
 城に仕える人間はそれなりにいるはずなのに……




 静まり返る城内。

 いつもこんなだっただろうか。


ユニ

……嫌な予感がする

 自分が向かっているのは、音が聞こえてくるのは、王の寝室ではなかろうか。

 ただ単純に王がベッドから落ちたとか、そんな笑えるような話であってほしいと切に願った。



 焦る気持ちを押し殺し、誰もいない廊下を進んでいく。



 王の寝室は、他の部屋とは離れている。

 王がゆっくりと休めるようにと配慮されたのだが、今日ばかりはそれが裏目に出ていた。

 あんな小さな音、ユニくらいしか気付けない。


 たった数分の時間がやけに長く感じて、やっと辿り着いた扉の前に、一人の兵士が立っていた。


 普段、この時間にいるはずのない兵士。

ユニ

……あなた?

不審に思い声をかけてみると、彼は少し驚いてユニを見た。

君、何をやっているの?
こんな時間に

ユニ

それは私のセリフよ
なぜこんなところにいるの?

 兵士は穏やかな口調だった。

 見たことはあるが名前は知らない兵士。

 他にも顔見知りだけの者なんて数多い。

 ユニが名前を知っているのはクローブくらいだ。

 でもそれは、リウトの幼馴染だからという理由。

俺のことはいいよ
それより、君は誰?

 隠密の存在を知らない平兵士も多いから、彼がユニを知らなくても無理はなかった。

ユニ

……名乗らない人に教える名前はないわ

ふーん。別にいいけどね

 軽い口調の兵士を、ユニは警戒した。

 警戒されていることに気付きながら、彼は気楽に構えていた。



 部屋の中からも声がする。

 兵士が気になりつつも部屋の中へ入ろうとすると、彼が止めた。

行かないほうがいい
……命が惜しいなら

その言葉に、何かを察したユニは兵士を睨み付けた。

ユニ

あなたが仕えるのは誰?

兵士はニヤリと笑った。

さぁね







 部屋の中には、王を含め5人の男がいた。
 


 寝巻きのレダ王と、身軽な黒装束の男が3人。

 あと1人はやたらと華美な男。

 黒装束の1人が華美な男の後ろに控えており、残り2人が倒れた王の首に短刀を突きつけている。


 
 突然ユニが現れたことにより、5人はそれぞれの表情でユニを見た。





ひとりはギョッとして、

ひとりは警戒して、

ひとりは冷静に、

ひとりは無表情で、

ひとりは面白そうに。





 どんな状況においても動揺するな。

 ユニはそう教え込まれている。

 が、そうもいかなかった。



 王が拘束されているのだ。

ユニ

王……!!?

驚いて咄嗟に近寄ろうとすると、

動くな!

 強い制止がユニにかかった。

 誰が発した声かは分からない。

 おそらく、黒装束の誰かだろう。



 ユニは思わず止まってしまい、そうなったら次に動くのは困難だった。

ユニ

王を助けないと……

 頭では分かっていても、体が動いてくれなかった。


 王に突きつけられた切っ先が、窓から差し込む月明かりに照らされきらりと光り、ユニは冷や汗をかく。


 レダ王を見ると、青白い表情をして目で逃げろと必死に訴えていた。



 しかし、王を見捨てるなんてユニにはできない。


 異常な事態に呆然としていると、ユニののど元にも冷たいものがあたった。

 自由に動けたひとりが、いつの間にかユニの背後に回っていた。




 華美な奴が、クスクスと面白そうに笑うから、ユニはそいつを睨んだ。

ユニ

あんた、誰よ!

 震えそうになるのを必死に堪えてユニが問うと、華美なのは自己陶酔したような笑顔をユニに向けた。

コール

私? 私はコール
明日からここの偉大な王になる男さ

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