すうはあと乱れた呼吸を一定の規則的な呼吸に戻し、天井から私に視線を移した魔法使いは「本当に舞踏会に行く気がないのか」と再確認をする。
すうはあと乱れた呼吸を一定の規則的な呼吸に戻し、天井から私に視線を移した魔法使いは「本当に舞踏会に行く気がないのか」と再確認をする。
ええ。全く。
な、なんで? 舞踏会だよ、国主催の。美味しいご馳走、美しい男性、豪華絢爛な城だよ!?
家でだらだらしたり、家事したり、お姉さまたちを着飾ったりする方がいいです。
舞踏会なんて面倒。女の戦場ですよ?
えぇー。
今の虐められている現状とか抜けれるかもしれないし、だらだらするだけでもいいって人に見初められるかもしれないよ?
……子を産む義務ができますけどね。
じ、次男以下なら……!
そもそも結婚しないか、お父様の領土をぶんどるために跡継ぎを作るか、ですね。
……あぁ、もう。
では、用も済んだので帰ってくださいね。もしくは、魔法で掃除の手伝いをしてください。
あー、うー、と頭を抱える魔法使い。
――まったく、魔法が見れたのはいいが、結構な時間がたってしまった。箒を振り回したせいでホコリも舞ってしまっている。これは面倒くさそうだ。
……こうなったら、これだ。
早く帰ってくださいよー。それとも、掃除を魔法でどうにかしてくれるのですかー?
知ってるかい? 今回の王子はたいへんな面食いでね、王も息子には大変甘い。
それが?
このままだと、君の姉さんが妃になるかもしれないね。
――お姉さまが、妃に? 確かにお姉様は美しいし、可愛らしい。
でも、仮にお姉さまが結婚したら私の立場はどうなる? 家に残されてお母様の下にいるならまだいい。でも……見せつけるためとかの理由で、私を使用人として連れて行かれる可能性もある。
――そうなったらダラダラできないじゃない!
君が舞踏会に行きたいなら、そうならないように魔法でどうにかしてあげるけどねー。
……行ってやりますよ!
……よし。
それじゃあ仕度をしようか。かぼちゃを一つ持って、外にいてくれ。
わかりました。
いざ、戦場に行ってやろうではないか。
これでいいのですか?
完璧だ。
外はもう暗くなっていて、冷たい風がほほを撫でる。
魔法使いの足元にはねずみが数匹。老犬から隠れるように団子になっていた。
……いくよ。
魔法使いが懐から杖を取り出す。指揮棒のような、乳白色。
とても、幻想的な光景だった。
……チチンプイプイ~。
……呪文のセンスを除いては。
か、かぼちゃが馬車に!?
まだまだ。チチンプイプイ~。
ねずみが馬に!?
もういっちょ! チチンプイプイ~。
やあどうも、お姫様。
犬が人に!?
彼は御者をしてくれるんだ。
さて、最後だ。チチンプイプイ~。
……うわぁ。
あー、わかってたよ。こんな反応になるだろうなーって。
……少しくらい喜んでくれたっていいじゃないか。
うわー、きれいなどれすだなー。
魔法使いが最後にした魔法で、私の着ていた動きやすい服が、動きにくいが美しいドレスとなった。
お綺麗ですよ。
あー、うん、ありがとう。
さあ、後は舞踏会へ行くだけだ。
犬の御者の手を取り、元かぼちゃの馬車に乗る。思っていたよりも乗り心地がいい。ふわふわのソファだ。
……一つ、言っておこう。十二時の鐘がなったら魔法は解けてしまうから、それまでに帰って来るんだよ。
わかりました。
それじゃ、行ってらっしゃい。楽しんでくるんだよ。
あなたも、王子様の件をよろしくお願いしますね。
馬車が走り出す。魔法使いが遠ざかっていく。
どうせ、一時のみの苦労だ。目立たぬよう、ひっそりと過ごしてすぐに帰ってやろうではないか。
……舞踏会、か。
もうすぐで着きますよ。
……よし。
浮かず、沈まず、壁の華であり背景に。自然な笑顔で。
頑張りますか。
さあ、着きましたよ。
ダンスホールへは人の波もあってすぐにたどり着いた。
様々な服の人々が笑みを貼り付けて談笑する様はなんとも面倒くさそうなのだろう。
……。
とりあえず、適当な殿方と数曲踊ってから体調が優れないとかで帰りますか。
もし、そこのお方。月の妖精の人よ。
お、私に声をかけてきた人がいるようだ。丁度いい、彼と踊るか。
服装から察するにとても高貴な身分だろう。まあ、今後会う予定などないが。
?
あなたの笑みは今宵の月。ぜひ、その儚き光との戯れを、私に許していただきませんか?
ええ、わかりました。
うわ、うわうわうわうわ。
こんな台詞実際に言える人なんていたのね。恥ずかしくないのかしら。
手を取り、うろ覚えのステップを踏む。
――なんだろう。こちらに向けられる視線が多い。ひそひそ話し合っている人達もいる。
まあ、エモシオン様が踊っていらっしゃるわ。
お相手の方、どこの誰かしら。
エモシオン様? エモシオン様って……。
第一王子!
どうかされました?
い、いえ。少し疲れただけです。
何故だろう。とても嫌な予感がする。
ここはさっさと切り上げて、帰ってしまおうではないか。
――さあ、仮定王子よ。私を帰しなさい!
おや、それは大変だ。今すぐ部屋を用意させよう。
違う。そうじゃない。
そ、そんな……手間をかけさせるわけにはいきません。少し、家の者のところに戻っていますので。
ダンスを止めた私達に合わせてか、演奏が止まっている。
人々のあらゆる視線が、こちらに向けられている。
……っ
仮定エモシオン王子は、熱を帯びた視線を私に向けて、跪いた。そしてそのまま私の手を取る。
月の君よ、あなたの名前を教えてください。
……サンドリヨンです。
サンドリヨン……あなたを、私エモシオンの妃とします。
魔法使いよ、姉がだめなら私に申し込ませるというのか?
……
ちょっと待ちなさい!
どう断ろうかと考える私に割り入ったのは、見覚えのある人物。お父様の腕を引っ張りながら、お姉さまが割り込んできた。
面倒くさくなりそうだ。
誰だい、君は!?
サンドリヨンの姉よ! いい、この子猫ちゃんは私のものなの!
王子であろうとあなたには渡しません!
ん? 思っていた流れと違う。
てっきりお姉様は王子と結婚することになった私に嫉妬するのかと思ったのだが。
彼女は誰のものでもない。よって君が主張するのは変ではないか?
そうだそうだ、と言いたいところだが、この後の展開を考えるとお姉さまに乗ったほうが得ではないか?
お姉さま、帰りましょう。私は疲れました。
ええ、そうね。
……月の君、いつかあなたを正式に迎えに上がりますからね!
……その後、妹を着飾ることに目覚めた姉と、諦めきれずに求婚に来る王子に囲まれ、灰かぶりは魔法使いに愚痴をいい続ける日々になりましたとさ。
どう? 面白かった?
魔法使い兼世界の管理人、アルモニーは、天を仰ぎ見る男に笑いかける。
机の上には、二人分の紅茶とケーキが並べられていた。
……これはひどい。
……僕も、そう思います。
居心地の悪い沈黙を破るように、電話が鳴った。
はい。
そちらにしばらく泊まらせて下さい。
どうやらグリム兄弟の兄のようだ。声は怒気を含んでいるが、ケンかでもしたのだろうか。
あー、別に構わない。
ありがとうございます。では、荷物を整え次第行かせていただきますので。
ガチャン! と電話が切れた。
……未来の道具を簡素な説明だけで渡した僕にも責任はあるだろうけれどさ、せめて自分の名前ぐらいは言おうよ、皆。
アルモニー、グリム兄弟の兄が来る。
それで?
弟の方が心配だから、見に行ってやれ。
あー、はいはい。任せてくださいよ。
全く。他の世界なんて行ったこともないのに。グリムの場所までいけるか心配だ。