ソル

何でそうなるんだよ。お前はあの二人を刺していないのに、どうして……

エルカ

それが真実になるからだよ

ソル

違うだろ………やめてくれ

視線を上げると、涙でぐしゃぐしゃになったソルの顔があった。


年上の男の人に泣かれると、困るのに。
こんな顔をされたら、もう言えなくなってしまう。

ソル

やったのは、俺の父さんだ…………お前じゃない

エルカ

…………………


それが真実だけど。
それじゃあ、ダメなのだ。

エルカ

………

ソル

それに、俺の父さんはまだ生きているだろ

エルカ

…………………そうだね

ソル

なぁ……地下書庫の鍵はどこにあるんだ? 合鍵は持っているんだろ?

エルカ

え?


ソルの言葉が理解できなかった。
何を言っているのだろうか。

エルカ

………あの人を助けるっていうの?
何、考えているの?

ソル

そうしないと、あの男の罪をお前が背負うことになる

エルカ

それくらい……


承知の上と言いかけた言葉にすかさずソルの声が被せられた。

ソル

違うな……
お前の兄貴が被ることになる

エルカ

…………っ

ソル

それは、嫌だろ?

エルカ

兄さんが罪を被ることは出来ない。
私の指紋のついたナイフ……それは現場に残してきた。
刺していなかったとしても、凶器になるものが落ちていた。それが証拠に繋がる

ソル

それぐらい、ナイトは御見通しだったよ

エルカ

………そんな

ソル

それに、俺も刺しているんだよ

エルカ

え?

ソル

俺が最初に現場に来た時。
それは、お前と父さんが別の部屋に移動した後だ。その時に、俺はあの二人を自分のナイフで刺したんだ。
別の部屋にお前たちがいるなんて知らなかったけどな

エルカ

知っていれば、
自分の父親を殺害していたよね

ソル

…………成功しているかは分からないけど、そうしていただろうな


ソルは項垂れるように視線を落とす。

ソル

あの時は俺も……あの人たちを刺すつもりで家に入ったんだ

ソル

実際に刺したのは、遺体だった。
それで自分でやった気になって……バカみたいだな。
でも、お前と違って俺は確実に刺している

エルカ

…………嘘だね

ソル

エルカ

ソルも刺していない

ソル

俺はナイフで、あの人たちを

エルカ

無理だよ。だって、ソルのナイフは玩具だから

ソル

……………う

エルカ

兄さんが言っていたよ。
周囲を威嚇するために持ち歩いているだけの玩具のナイフだって

ソル

……………は、はははは……気づいていたのかよ

エルカ

ソルはナイフで刺したかもしれないけど、それは玩具。そんなものでソルが犯人だって思う人はいないと思うよ

ソル

はははは………

エルカ

ソルがそう思ってしまった理由は父さんの魔法の所為だね

ソル

え?

エルカ

父さんはまだ息があったみたい。
どうしてかは分からないけど、ソルに幻覚を見せたみたいなの。
【二人を殺害する】という幻覚を

ソル

何のために?

エルカ

知らないよ。だけど、幻覚魔法の気配はあったから

ソル

………そうだったのか

エルカ

話を戻そうか

ソル

ああ

エルカ

………あの時の私は逃げることしか出来なかった

エルカ

逃げて時間を稼ぐことが私の目的。
あの男を興奮させて疲弊させて、そしてあの地下に落とす

エルカ

後は、父さんの炎が屋敷ごと全部焼いてくれる。時間はかかるけどね。
あの人のことを直接には殺せない。
地下に入ったら簡単には外に出ることはできない。
きっと時間が彼を殺してくれる。

ソル

…………

エルカ

………そうすれば真相は闇の中。
残された「私」のナイフが証拠となり犯人は私になる

ソル

お前は、そうすることで……自分の罪になるって本気に思っていたのか

エルカ

もちろん

ソル

俺は自首しているぞ

エルカ

………

ソル

俺が持っていたのは玩具のナイフ。
だが現場にはお前のナイフも残っていた。ナイトによれば、魔法で指紋が消える代物らしい。
だから、考えようによっては俺が使って指紋を消したとも考えられるだろ

エルカ

え………


ソルの口元には自嘲的で勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。

ソル

……まぁ、お前がどんな小細工をしようとも、ナイトは罪を被る気でいるだろうよ……

エルカ

………


兄さんなら、やりかねない。
私の罪を全部被るだろう。
軽く深呼吸して、ソルの瞳を見上げた。
私も、ソルももう泣いていなかった。

エルカ

ソルは酷いね……
このままだと兄さんが罪を被る……そんなことを言われたら、私は、あの人を助けて、犯人として突き出さないといけないじゃない。
私は他の誰かに重荷を背負わせる為にこんなことをしたわけじゃない

ソル

そうだな

エルカ

でも、あの人を解放するのは………怖いよ

ソル

それは分かっている。
俺だって怖いよ。でも、あんな奴の罪なんてお前が被ったらダメだ。
そんなの俺が許さない。大丈夫だ、お前には家族がいるんだから心配することは何もない

エルカ

……………今のソル、お兄さんみたいね

ソル

いや、一応……お前の兄貴なんだけど

エルカ

あー………そうだったね

長い時間を家族として過ごしていたのに、兄らしい姿を見たのは初めてだった気がする。

思わず吹き出しそうになると、ソルがあからさまに不機嫌な表情になった。

ソル

笑うなよな

エルカ

ごめん、ごめん。
合鍵ならあっち側にいる私が首に下げているよ。

ソル

そうか……ありがとう

エルカ

……私ね、ソルと家族になりたかった

ソル

俺もだ


それは、ずっと願っていたことだった。

エルカ

でもね………あの人が来てから、それは無理だって気付いたの。私とソルは家族にはなれないって

ソル

あの後………何回も来たんだな、あの男

エルカ

そうだね。頻繁に見かけるようになったのは一年前からかだけど


引き篭もるようになってから頻繁にあの人の声を聞くようになった。
下品な笑い声は気持ちが悪かった。

エルカ

……おばさんと、お金の交渉の話をしていたの。魔法使いの子供はお金になるからね。
その時の父さんは大人しかった。
だけどあの人の提示する金額は全て否定していた。売るならもっと高値で……って

エルカ

父さんが何を考えていたのか、それは分からなかった

ソル

そうだったのか……ごめんな。全然、気付かなくて

エルカ

気付かなくて当然だよ。
あの人たち内緒で話していたんだし……私には聞こえていたけど

ソル

魔女だから?

エルカ

私は魔女じゃないよ。お爺様が色々な仕掛けを残してくれたの

エルカ

地下は安全だよ。あの人も数日は生きていると思う。
今なら助かると思うよ。精神状態はどうだか知らないけど……そこは仕方ないよね

ソル

そっか……

エルカ

鍵の場所は教えたよね

ソル

………

エルカ

私は、ここに居たいの。
こんなに気になる本があるのに帰るなんて有り得ない。私の体は眠っているのでしょ、そこにあるから

ソル

エルカ………

エルカ

ごめんなさい………これが解決しても私は外には出たくないの

ソル

そんなに、俺と居るのが嫌なのかよ

エルカ

違うよ……私が引き篭もる理由とソルは関係ないから。
忘れないで、私は地下書庫にずっと篭っていた。それが、ここになっただけ。
これは私自身の問題だから、安心して……

ソル

………

エルカ

やっと……本に囲まれて誰にも邪魔にされない、最高の引き篭もり場所に辿り着けたのに、外になんて出たくないの……外に出たら、

エルカ

また………傷つけてしまう

ソル

エルカ

ありがとう、私のことを家族って呼んでくれて……私がソルに望んでいたことを叶えてくれて


私はソルの背中を押して彼を外に出す。
そして、ソルが振り返る前に扉を閉めた。

他人同士が家族になることは難しいことだと思う。


だけど、私たちは家族になることが出来た。


出会ってから、ずいぶん時間がかかってしまったけれど。

エルカ

私とソルにとっての、最高の結末だよ。これは、これで良かったのよ

ソル

………っ

コレット

やっぱり、ソルくんじゃダメだったか

ソル

すみません

コレット

でも、ありがとう

ソル

え?

コレット

あの子はずっと貴方と家族になろうとしていたのよ。
ようやく貴方は二人を家族だと認めてくれた。ありがとうね。

ソル

…………いいえ、こちらこそ

ソル

地下の鍵……エルカが身につけているって言っていました

コレット

わかったわ。ソルくんは少し休んでいなさい

ソル

俺が鍵を開けに行きます

コレット

犯人じゃないのだから現場に戻らないの。鍵さえあれば、私が魔法でここから………

コレット

はい! 完了。これで鍵は開かれた

ソル

魔法って卑怯ですね…………

コレット

地下書庫の場所って分かりにくいでしょ?
フフフ……実は自警団の皆さんは扉に気付いていないのよ。
私が魔法で隠しているっていうのもあるけど……そろそろ扉の存在に気付く頃ね

ソル

え?

コレット

魔法使いのやることに、いちいち反応しない方が良いわ

ソル

はい………あの………こいつはこのまま目覚めないつもりですか?

コレット

それが望みでしょうけど、そんなことはさせない

ソル

引き篭もる原因は俺じゃないって言っていました

コレット

そうなのよね……

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