ひと呼吸、伝えるべきこと、そして、僕の依頼を、訊ねなければならないことを整理する。
それで、本日はどのようなご要件で?
お話したいことがあって、来ました
貴方が私に話、だなんて。どういう風の吹き回しでしょうか?
僕だって、本意ではありませんよ……
でも、同時に、僕の望みでもあります。
……もう、頼りは貴方しか居ないのですから
ひと呼吸、伝えるべきこと、そして、僕の依頼を、訊ねなければならないことを整理する。
奥へどうぞ。
……長くなりそうですね、お茶を準備しましょう
あの無機的な時屋さんが用意したとは信じられないほど柔らかいソファに腰掛ける。
正蔵さんと来たときは、緊張で此の優しい感触に身をゆだねる余裕なんてなかった。
でも今は、やけに冷静な頭で、気分で座っていられた。
お待たせいたしました、どうぞ
……ありがとうございます
こんなに嫌悪を感じていても、お礼の言葉は口に出来る。
不思議な気分だ。
カップが湯気を立てている。紅茶のようだ。
時屋さんは自分の目の前のカップを手に取り、悠然と構えている。……僕が話し出すのを、待っている。
まず、ひとつ。
正蔵さんが、事故に遭って意識不明の状態が続いています
……事故、ですか。それはまた、予測不能なことが起こってしまいましたね
まるでなんでもないことのような言葉。
……なにも、感じないのですか!?
そんなことはありません。契約者の方が、時間契約の最中にお亡くなりになった前例はありませんから、そうですね、そのあたりを心配していますよ
…………
……この人は、どこまで、冷たいのだろうか。
契約には忠実だから、信用しろ。
それは、確かに、正蔵さんが立証していることかもしれない。
でも僕が今から預けようとしているものは……
……その様子だと、二ノ宮様から、すべてをお聴きになったようですね
はい、今日は、質問と、その答えによっては……
前言は、撤回出来ない。
予感、確信のような予感のもとで、僕は言った。
契約を、結ぶ覚悟です
……伺いましょう
最初の質問は、取引出来る時間の、性質についてです
バスに揺られながら思い返していたことは、もちろん、あの事故の日に正蔵さんから聴いた話。
正蔵さんが時間屋を知ったきっかけである社長さんの話を聴きました
思い返してみると、不思議で。
道楽のために大金をはたいて時間を買った社長さん、僕が知っている具体的な取引は、買った寿命を誰かの時間に換えるものだけですから違和を覚えました
時間に一体どれほどの価値がつくのかわからないのですが……此処は、時間の売買が出来るお店、自分の時間を売って、お金を得ている人も居るのではと考えました
そういう人たちが売った時間を、社長さんは、買ったのだろう……此処まではいいのですが、でも、問題は、それが社長さんの時間に、どのような形で加えられるのか、それが、わからないのです
僕が知っているようにただ加えるだけでは、仕事に忙殺されているだろう社長さんにとっては、道楽のため、という目的は果たせないのではないかと思うのです
……まったく、頭の回転がよほど早いのですね
買った時間の使い道は、たくさんあるようですね。では、教えてください、すべて
それは出来かねます
……僕が契約者ではないからですか
わかっていらっしゃるのなら、質問なさらぬよう
想定していた中で、悪い方の答えだった。
もしかして教えてくれるのではないか、という楽観的な想定は、やはり、楽観だった。
でも、もしかして話も聴いてもらえないのでは、という一番悪い想定は、現実にならなかった。
では、もうひとつ、質問します
それなら、もう一枚、切れるカードを、切ろう。
覚悟はしてきた、でも、やはり僕は彼への信用はない。
……考えたくはない。
考えたくはないが、考えなければならない。
正蔵さんがこのまま目を覚まさなかった時のことを。
ほんとうは、こんなカード、用意するべきではないのかもしれない。
でも、正蔵さんが居なくなった時……すべてを知っている僕が考えなければならないことは、どうしたって存在する。
そして、僕が出来ることは……正蔵さんの代わりになれる方法は、ひとつしか、思い浮かばない。
その実行のためなら、僕は、たとえ拙かったとしても、道化にだって、なってみせる。
人生を買っていただくことは、可能でしょうか?
第二十三話へ、続く。