井上当吾

只今帰りました

刑事・木下

あ、いいところに。
ちょいと困ったヤマができて、お前に担当させろって課長が

井上当吾

俺が?

木下

別にいいだろ、昼行灯(ひるあんどん)

井上当吾

最近事件が無かっただけで、俺が悪いわけじゃない

刑事・井上当吾(いのうえとうご)の
午後と、その後の珍妙な日々は

受付に掛かってきた一本の電話から始まった。

――――井上当吾の戻る三十分前

受付女性

――こちら警察です。事件ですか、事故ですか?

じ、事件です!

しゃ……車窓から見えたんです。
ある家の二階で、一人の女が前に立つ男の背を思いきり突き飛ばしたところを

受付女性

失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか

はい……小笹小百合(おざささゆり)と申します

さっきまで電車に乗っていたのですが、中でそれを見て……電車が止まってすぐ、最寄り駅で降りて今電話しています

井上当吾

……電車で、か。妙だな

木下

だろ?

警察に妙な電話が来ることは珍しくはないとはいえ、
証言者がきちんと名乗ることはそうない。

だが、当吾が気になったのはそこではなかった。

その場所は――

女は、その家の場所を住所まで言いきったのだ。

受付女性

小笹さん、なぜその家の住所が分かったのですか?

……その男の人が、私の友人だからです

小百合は言いづらそうに、そう言った。

受付女性

電話の対応を……

木下

ん、また電話か

受付が電話を切った直後、今度は救急から連絡が入った。

ある民家で、車椅子の男性が階段から落ちて大怪我をした、
というものだった。

現場の場所は――

電話口で告げられたのは、小笹小百合が言った住所だった。

木下

やっこさんは病院へ運ばれたが、意識不明の重体だとさ

井上当吾

ふーん

一つの事件で目撃証言と救急への連絡がほぼ同時に入ってきたわけだ。まあ、無い話じゃないな

井上当吾

で、それがどうして
「ちょいと困ったヤマ」なんだ?

木下

そう、聞けよ。
こっからが面倒臭いところだ

木下

俺が電車通なのは知ってるよな?

井上当吾

ああ、たしかお前の家は数駅離れたところだったな

木下

そう。例の電車ってのが俺の使う奴と同じなんだよ。駅ごとの所要時間は全部頭に入ってる

井上当吾

……それが?

木下

10分

井上当吾

木下

あそこは駅から駅までの距離が長い。住所を聞いて地図当ててみたが、「目撃」から最寄リ駅に着くまで10分はかかる

木下

ところで、救急に通報してきたのは被害者の通いのヘルパーらしくてな

大きな音がして、み、見に行ってみたら、階段の下にご主人が……

木下

落ちたのに気づいてすぐに連絡したってよ。
階下にいた家族にも代わってもらったんだが、彼女の悲鳴に駆けつけ、自分たちは手当に回り彼女にはすぐに連絡させたと証言してる

井上当吾

……そういうことか

井上当吾

落下音を聞いてたんなら現状を把握するのにそこまで時間はかからなかったはずだ。手当と電話に分かれてたんなら尚更。
ヘルパーなら救急に連絡するまでの時間がいかに大事か知ってるはずだしな

救急呼ぶのに10分はかからねぇって言いたいんだな?

木下

おまけに、「目撃者」の方は、電車を降りてから騒がしいホームを電話ができる場所まで移動しなきゃならねぇ

井上当吾

それなのに、「目撃者」の通報の方が、下手したら5分以上先に来た……

木下

たかが5分、されど5分ってな

木下

つまり小笹小百合って女、事件が起きる前に現場を視たらしいぜ?

pro.早すぎた目撃証言(17/9/25 17:30修正)

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