こんな素敵な街もあるんですねっ


はしゃぐ彼女の背を追いながら、その背に希望を見て。


ぼくは今日も、旅をする。

side.旅人

ひとり旅がふたり旅になって一年が経った。

ぼくは海辺で出会った絵描きさんと、ひょんなことから旅をすることになって。

誰かと旅の時間を共有する楽しさ。
ぼくはそんな素敵なものを、彼女に与えてもらった。

宮殿……。本でしかみたことありませんでした



ため息とともに、彼女がこちらを振り向く。

旅人さん、いつもどうやってこんな素敵な場所を探しているんですか?

秘密です


ぼくが行き先を決める。
彼女は着くまでのお楽しみ。


それは、一緒に旅をすることになった時に決めた約束のひとつだ。

ですよねぇ……


がっかりした様子で肩を落とす絵描きさん。
少し罪悪感も湧くけれど、でも、やっぱり、ぼくはぼくの行き先を目指したい。



それは、彼女とさまざまな時間を共有した今でも、変わらない想いだ。

ぼくはちょっと、探しものがあるんですが、絵描きさんはどうしますか?



一通り宮殿を見て回った後、ぼくは尋ねてみた。

私は、絵を描いてますっ。ここに居るので、心行くまで探しもの、してきて下さい


返ってきた言葉は、予想通りのもので。
ぼくはホッとして、応える。

ありがとうございます、それじゃあまた後で




探しもの。

それは、彼女への贈り物だった。

お互いのプロフィールは、一年の間に大体は交換した。
その中のひとつ、彼女の誕生日。

それが、今日で。
ぼくは、城下に広がる街で、ここでしか手に入らない素敵な贈り物を探そうと決めていたのだ。

なにがいいかなぁ……


坂を下りながら、そばを通る電車の音に添う。
ぼくはこの音が好きだ。

他にも、海がさざなむ音や、鳥の羽ばたく音も好きだ。
昔から、その音を聴くと落ち着くのだ。

それが何故なのかはあまり思い出せないけれど。

ぼくは、旅の先にその理由があると思っている。
だから、旅をするのだ。



ぼくはその理由を知りたい。
靄がかった記憶の全てを、思い出したい。


旅をしようと思った理由も、そうやってぼくの元に帰ってきてほしかった。

目を惹く店はたくさんある。
ぼくはその中のひとつ、ガラス細工の店に入った。

静かな店内に並んだガラス細工の置物が、光を反射させて輝いている。それだけでも幻想的で、ぼくはしばらくその光景に見惚れた。



店内を見て回る。動物、楽器、果物、小道具、時計などを模したガラス細工は、目的を忘れて見惚れてしまうほどほど綺麗だった。

……あっ



これにしよう。

ぼくの目に留まったのは、絵筆を模したガラス細工。彼女にぴったりだ。

お兄さん、それかい?


奥から声が聴こえてくる。
お兄さん、と呼ばれたことにくすぐったさを覚えながら、はい、と応える。

自分用……ってわけじゃなさそうだね。女かい



皺だらけのおばあさん。ここの店主だろう。ニヤニヤして、さらに皺が寄っている。

女、って、そんなんじゃないです

そうかいそうかい



否定をそのまま受け取る気はなさそうだ。店主は、綺麗な包み紙を取り出し、手際よく包装し始める。

まぁあれだ。そうじゃないと思っててもそうだってこともあるもんだよ。こんなに歳食ったババアが言うんだ、間違いねぇ

……覚えておきます

代金を支払い、お礼を言って店を出た。




違うと思っていても、そうではないこともある、か……。


ぼくは、絵描きさんのことをどう思っているんだろう。

問いの答えは、記憶とは違った靄に隠され、姿を見せてくれない。

ぼくがあまりに童顔だから歳を勘違いされていたようだが、歳は三歳差。あまり離れてはいなかった。……彼女が年上ではあるけれど。


一年で少し追いついた背は、きっといつか彼女を越す。その時、果たしてぼくは答えを出せているだろうか。

包み紙を光に透かす。
見えた光に眩しさを感じながらも、ぼくはその奥に答えを探そうと目を凝らした。

あっ、お帰りなさい



気配で察したのか、キャンバスに向き合っていた彼女がこちらを振り返る。

ただいま帰りました。絵、どんな具合ですか?

好調ですよ。今日は塗らないので、もう終わります。もう少し待っててください

ん?塗らないんですか?



彼女は下絵を済ませると、必ずその絵に色を付ける。そんなことを言うのは、珍しかった。

はい、下絵の段階でいい絵に仕上がりそうだったので、今日はこのまま

そうなんですか?それはまた、楽しみです


ぼくはなんとなく、絵が仕上がるまでは絵をのぞかないことにしている。

絵のことはよくわからないし、なにより、海辺の家でスケッチブックを見ていたことに、未だに恥ずかしかったとか、そういうことを言われるからだ。

……よしっ。出来ました


みえる景色は、眼下に広がる海と、そびえ立つ宮殿。


完成した絵は、今までのどの絵よりも素敵なもので。


言葉にならなかったけれど、でも、素敵です、とひとこと口にした。
どんな形容も、まったくその絵を評価するには足らないもので、ぼくは歯がゆかった。

ありがとうございます。私もこの絵は、気に入りました


満足そうに、道具を片付け始める彼女。
ぼくは、そばのベンチに腰掛けて、その作業が終わるのを待つ。

絵に詳しくないので、当然絵の道具のことはよくわからない。下手に触って壊したりしてしまわないように、ぼくはその作業を手伝わない。




旅人には旅人の、絵描きには絵描きの。
それぞれの役割があり、目的がある。


その区別をすることもまた、取り決めた約束のひとつだった。

片付け終わりました~



すとんっと、隣に腰掛けた彼女が伸びをする。

……あの


……切り出し方がわからない。

誰かと時間を共有することは、ぼくが管理している記憶の中では、絵描きさんが初めてで。



当たり前だけれど、誰かに贈り物をすることも初めてで。

どうしました?



不思議そうに首を傾げる彼女に、ぼくはさらに焦り、

ど、どうぞっ



そんな言葉とともに、勢いに任せてその包み紙を差し出すことしか出来なかった。

え?



そして絵描きさんはといえば、ぼくと包み紙を交互に見ながら、さらに首を傾げた。

私に、ですか?

です、です、です!!



……ぼくはとても恥ずかしくなった。
穴があったら入りたい気持ちというのは、こういう気持ちを指すのか。

プレゼントですか!?嬉しいです、ありがとうございますっ



はしゃぐ声。ぼくはホッとして、俯き気味だった視線を戻す。

開けてもいいですか?

どうぞ、です



さっきから、どうぞ、と、です、しか言っていない。恥ずかしい。

綺麗っ



ガラス細工の絵筆を手に取り、宝物に触れるように、その手で優しく包み込み。

彼女は、とてもキラキラした笑顔で、

ありがとうございます、本当に、ありがとうございます



そう言って。

ぼくは嬉しくなって、きっとぼくは笑っているんだろうな、なんて、そんなことを考えた。

大切にします。こういう、誰かからプレゼントを貰うなんて、初めてで。なんだか、恋人みたいです



照れたようにそう言って、絵筆を撫でる。

こ、恋人、ですか



いつものぼくならどもらないところだけれど、今日は駄目だった。

ガラス細工の店のおばあさんの言葉が、頭の中で繰り返し繰り返し、再生されて。

あっ、すみません。深い意味はないです


そう言ってまた笑った彼女の言葉に、すこしだけがっかりしている自分に気づいて。

記憶を隠した靄はまだ晴れない。

けれど、ぼくの感情を隠してしまった靄が、ゆっくりと晴れていくような気がして。


問いの答えにたどり着くのはもうすこし先がいいだなんて、強がりで必死に誤魔化して、ぼくはまた笑ってみせた。

びっくりしちゃいますよ

すみませんっ。誕生日に免じて許してください

貴女らしいです



旅の先にどんな答えが待っているのか。

楽しみ半分、不安すこし、恐怖すこし。





けれど絵描きさんが隣で笑っていてくれるのなら、なんだかそれだけで、不安や恐怖が和らぎそうだ、と、ぼくはそう思った。


旅人
Fin.

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