7/7/2012 19:00 高木家
7/7/2012 19:00 高木家
おにーちゃーん!早く―!
遠くから大きな声で兄を呼ぶ少女。
わかった、わかった。今行くから。
今済ませた簡単な食事の食器を洗い終え、用意してあった濃紺の色をしたバッグをつかんで玄関へ向かう少年。
小学生は気楽でうらやましいな…
玄関以外の明かりが全て消えていること確認する。靴の中へと足を滑り込ませると、トントンとつま先で地面を蹴り、靴を整える。そしてバッグから鍵を取り出す。
玄関の外へ出ると、ドアを閉め、先ほど取り出した鍵でドアをロックする。
そして門の外で待つ妹と合流する。
お・そ・い!
なおちゃんの踊りに間に合わないよ!
ごめんごめん。
あと、踊りじゃなくって「かぐらまい」な。
二人は夕日が染める道をゆっくりと歩き始める。もうすぐで日が沈みそうだ。
遅れちゃったら、なおちゃんとゆいの分もわたがし買ってね~♪
「遅れちゃったら」って…
神楽舞は八時半からだぞ?
実は、神楽舞の前になおちゃんと待ち合わせをしていたのでした!
まじか…
そういうことは早く言えよ!
で、何時から?
えへへ~。七時七分!
「いい時間に約束時刻を設定したでしょう。」と言わんばかりの得意げな顔で兄に答える妹。神社まではゆっくり歩いて10分、走れば5分もかからない程の距離だ。
…
間に合わないな。
あとで、奈緒に謝っておけよ。
なんでゆいがなおちゃんに謝るの?
…
あのなぁ…
唯が奈緒と待ち合わせの約束したんだろ?
そうだよ。
「七時七分にお兄ちゃんが行くからね。」って約束したよ。
は?
七時七分にお兄ちゃんが行くよって。
それって、遅れたら俺が悪いことになるの?
頑張ってね!おにーちゃん。
ゆいのことを置いてゆけば、まだ間に合うよ!
確かに、自分だけが走っていけば間に合うだろう。しかし、両親から妹の面倒を託された少年は夜道に妹を置いていくようなそんなマネはできない。
今向かっている祭りも、県内でそこそこ知名度のある由緒ある祭りである。県内外を問わず多くの人が神楽奉納を見に来るが、それまで見物客は屋台や出店を楽しんで待つというのが定番だ。参道は人でごった返すし、唯が何かしら企んでいるようにも思える。
しょうがない。
綿菓子は二人分買って差し上げますよ…
えー。もうあきらめるの?
しょうがないだろ?
お前を置いていけるわけないじゃないか。
誰かさんが早く言わないからだぞ。
本当だったら綿菓子だってお前のお小遣いからだなぁ…
お兄ちゃんのバカ!鈍感!
へ?
なんで、俺が全部悪いみたいに言われてんの?
ふん!
ムッとしている妹に対してトホホという表情の少年は、「これだから子供は…」と心の中でつぶやいていた。
そんなやり取りをしているうちにすっかり日も落ち、夕焼け空は次第に夜空へと変わりつつあった。
奈緒ちゃんの「でびゅー戦」楽しみだね!
あいつ、放課後も早く帰って練習してたからなぁ。努力した分、きっとうまくいくよ。
すっげー緊張してるって言ってたけど…
しっかり応援してあげないとね!
まあな。
十字路を神社へ向かう道へ曲がると、ぞろぞろとお祭りへ向かうであろう人達の列が見えた。
うわー。今年も混んでるなぁ。
なおちゃんのでびゅー戦を飾るにはふさわしい舞台となりそうです!隊長!
そうか!
ゆい隊員!
それでは我らも先を急ぐぞ。
了解であります!隊長!
この手のやり取りは、乗ってあげないと後でつまんないだのなんだかんだ文句を言われるので、兄として寛容な心で付き合ってあげることにしている。
2歳年の離れた兄が大学へ進学したため、今年の4月からもっぱらこの役目は少年が果たしていた。
神社へ続く石の階段までもう少しだ。祭りへ向かう人でますます込み合ってくる。
隊長!目的地まであとわずかです!
お、そうか…唯タイイン
モクテキチまでは、あとスコシダ…
ケイカイしながら静かにイドウするぞ…
周りに人がいるので、まだ続けるのかと恥ずかしさと葛藤しがら、暗に「せめて俺にはもう話しかけるないでくれ。」というメッセージを発する。
りょうーかいであります。隊長!
それに気づかないのか嫌がらせなのか、妹は先ほどと変わらないトーンで返事をする。
マジ、人前では勘弁してくれ…
普通の人なら、この石段で足がパンパンになりそうなものだ。しかし、この二人にとって上りなれたこの石段は、それほど苦に感じない。
なおちゃんちの方だよ。
神社は山の中腹にあり、その少し離れたところに奈緒の家はある。待ち合わせは当然人が来ない神宮司家の家の方だろうと少年は予想していた。神社前を通り過ぎると参道から外れ、神社の脇の道へ入っていく。
見るからに立派な平屋が立っている。昔ながらの日本家屋で、改めて見ると庭も立派な造りだとわかる。日ごろからしっかり手入れがされているのは、小さい頃よく遊びに来ているからよく知っている。
神主とはそんなに儲かるものなのだろうかと少年は思ったが、祭りの繁盛する様を思い出し、まあそうかと根拠もなく納得した。
7/7/2012 19:12 神宮寺家 裏庭
軒下に座って待つ少女の姿があった。白さのまだ残る夜空を見上げている。時計を見ると七時十二分を回っていた。予定より五分も遅刻してしまった。しかし、少年は、まあ許容範囲だろうとしか思わなかった。
なおちゃーーーん! おまたせー!
すると、座っていた少女は右手を胸の位置まで上げると小さく手を振った。こちらに向かって歩いてくる。少年は、それに対し両手を合わせジェスチャーで形式上だけの謝罪をした。
唯ちゃん、マコちゃん、いらっしゃい。
待たせてスマン!
遅れたばいしょーとしてお兄ちゃんがわたがしを買います。
別に気にしてないよ?
まあよくわからんが、そういうことになったから。遠慮せず、俺におごらせてくれ。
そっか。じゃあ、そういうことにしよっか。
そういえば、時間大丈夫なのか?
あと、今晩は…その…
初めての神楽舞だろ?
無理しなくても…
七時に最終リハーサルが終わったところだから、あとは着付けだけ。
二十分ちょっとあれば間に合うと思うから、八時まで社務所まで行けば大丈夫。
それに…
変に自由な時間があると逆に緊張しちゃうと思うから、屋台回ってたほうが…
気は楽かな。
そっか…
じゃあ四十分ぐらいは一緒に回れそうだな。
よかったな唯。
わーい!
少年の妹は、少女へ駆け寄り両手をいっぱいにつかって抱きしめた。
ほらいくぞ。
真人が背を向けると、唯は顔をふとあげる。
どうしたの?唯ちゃん。
お兄ちゃんが鈍感で、「二人っきり作戦」は失敗しました。
またぁ…
そんなこと考えてたの?
唯ちゃんはしょうがない子ですねー。
だってぇ…
そんなことより、今年はどんな出店があるか楽しみだね。
唯が抱き着いていた手を解くと、その左手は奈緒の右手と繋がれた。そして、二人は真人の後を追い参道の方へ向け歩いていく。