第1幕
侵入、アマリリス邸!

アマリリス邸はP都の富裕層が住む地域に居を構える豪邸だった。犯行の日の朝…アマリリス邸に予告状が届いたのだろう。あの怪盗キャラメリゼが、今夜アマリリス邸に忍び込むらしい。そんな噂が俺の耳に入ってきたのは、ベルリーナとの下校途中のことだった。

ベルリーナ

また随分有名なところに行くのですね

サヴァラン

まあね。そろそろ、大々的に名前もあげたいし

ベルリーナ

大々的って…あなたって人は…

ベルリーナ

アマリリス夫人は…私の家とも繋がりがあります。早速今朝相談が入ってきましたよ

サヴァラン

ふーん…ああ、そっか。スノーボール家は、かつて怪盗を『何も盗ませずに』退けたことがあるからね…あの時は不可抗力だったけど…

サヴァラン

アマリリス夫人は骨董品にはあまり興味はないって聞いてたけど…やっぱり盗られるのは癪なのかな?

ベルリーナ

そういう問題ではないと思いますが…既に警察にも連絡をして、警備を固めてもらう形でいるそうですよ

サヴァラン

警察ねぇ…

サヴァラン

ふふ、それを嘘や悪戯で片付けられないってことは…俺も有名になってきたってことだね

ベルリーナ

何嬉しそうにしてるんですか…あなたのやっている事は犯罪なんですからね

サヴァラン

でも…

サヴァラン

君も、それに刺激を受けて楽しんでいるんだろう?ベルリーナ……悪い子だね

ベルリーナ

…………

ベルリーナ

くれぐれも、怪我はしないでくださいね

サヴァラン

分かってるって

いつもそうやって、心配だけは欠かさずしてくれる…ベルリーナは本当に優しいなぁ…彼女を家まで送り届け、俺は今まできた道を戻る…さて、家に帰ったら初めてのお仕事だ。ちょっと、気合入れていかないとね。

今回のターゲットは『金獅子の扇』。鼈甲で作られた扇だ。その薄さゆえの軽さ…そして頑丈さを兼ね揃えたそれは、アマリリス邸の応接間に置いてあったものだ。しかし、今回予告状を出したことで、あちらも何かしら手は打ってきているのだろう。以前、予告時刻と同じ時間に下見に来た時はレースカーテンのみで塞がれていた窓が、今は遮光カーテンで遮られている。宝があった場所をわざわざ塞ぐということは…少しでもその配置が変わっているということだ。邸宅に侵入してから多少混乱することを望んでいるのだろうが…。

キャラメリゼ

残念だね。そんなもの、私には通用しない

小型の望遠鏡でターゲットがあった位置を確認すると、次に警備の確認に移った。

キャラメリゼ

庭にいるだけでも…5人はいるね…まあそれは問題じゃないか…問題は…

ファウスト

あの刑事がどこにいるか、ですね?

キャラメリゼ

ああ、シュトーレン刑事…彼は本当にしつこいからね…一度目をつけられると本当に厄介……

キャラメリゼ

って!!

思わず大きな声を出しそうになる。俺は必死に口を手で塞ぎ、その場から後ずさった。庭の警備が少しこちらに反応したが、風の音だと思ってもらえたようだ…よかった……そんなことより…!

キャラメリゼ

何でいるんだよ…!

いつの間にか、俺の後ろに大きめのトートバッグを持ったファウストがしゃがみこんでいた。

ファウスト

いけませんか?

キャラメリゼ

あなたは依頼主だろう!?依頼主は大人しく拠点でのんびり待っているものだろう!?なんでここにいるんだ!!

ファウスト

気になったからですよ。あなたがどんな華麗な犯行を見せてくれるのか…依頼主としても、僕個人としても

キャラメリゼ

邪魔になるから帰ってもらえると有難いのだが?

ファウスト

なりませんよ。むしろ、あなたにとって利益になりましょう

キャラメリゼ

…どういうこと?

ファウスト

警備の配置…そして、ターゲットの正確な位置…知りたくありませんか?

キャラメリゼ

……分かるのかい?

ファウスト

ええ

得意気に胸を張るファウストに胡散臭さを覚えながらも、実際その情報はあるに越したことはない。いつもぶっつけ本番でいって何とかなってはいたが…今回は、失敗は許されない。
ーーこんな所でつまづいてちゃ、ベルリーナに怪盗として顔向けが出来なくなってしまう。

キャラメリゼ

情報源は?

ファウスト

純粋無垢な僕印ですよ♪神の技術を使えば、監視カメラの映像から通信記録だってお手の物ーー

キャラメリゼ

ハッキングだな

キャラメリゼ

なるほど。それなら信用に足る情報だね…それじゃ、教えてもらおうか

ファウスト

何か腑に落ちませんが…いいでしょう。教えて差し上げます

ファウスト

見ての通り、庭の警備は5人…と言いたいところですが、裏口にも2人いますね。中には…玄関ホール及び1階に3人、2階に8人……うち6人が金獅子の扇の警備に当たっています

キャラメリゼ

固いな…シュトーレン刑事は?

ファウスト

金獅子の扇が保管されている物置部屋の前に。家主のアマリリス夫妻も一緒ですね…

ファウスト

どこか安全なところに移動するように説得しているようですが、失敗に終わっているようですよ。自分たちも迎え撃とうとしているようです

キャラメリゼ

手荒なことはしないんだけどなぁ…

キャラメリゼ

…でも、その配置なら侵入経路は大丈夫そうだ…問題は…

ファウスト

金獅子の扇の部屋の警備ですね

シュトーレン刑事なら、扇のすぐ傍で警備するはずだとは想像していたが…どうにかしておびき出せるといいんだけど…

ファウスト

まあ、そこは僕におまかせを♪

キャラメリゼ

?そう言えば、その荷物は…?

ファウスト

ふふ、こういうこともあろうかと…しっかり準備しておいたのですよ!

トートバッグを漁り、ファウストは綺麗にたたまれた洋服を取り出した…これは…

キャラメリゼ

P警察の制服…!?一体どこでそんなもの…

ファウスト

没落したとはいえ貴族ですら。その位の繋がりはありますよ♪

キャラメリゼ

貴族ってなんなんだ…

ファウスト

これで私が誘導しますので、あなたはタイミングを見計らって、扇を手に入れてください…期待していますよ

ファウストはにっこり笑うと、そのまま制服を持ってその場を去っていった…あれだけの行動力があれば、怪盗なんて頼らなくても良かったのでは…?

キャラメリゼ

まあ…とにかく手を貸してくれるならそれに越したことはないか…

キャラメリゼ

それじゃ…行こうか!

俺は警備が比較的薄い場所に回り込むと、フックショットを使って屋根に登った。

今夜は月もとても綺麗に見える…ベルリーナも、この月を見ながら俺のことを思い浮かべてくれているのかな…?

キャラメリゼ

金獅子の扇は、戴いていくよ!

侵入経路はいつも通り窓から。いくら鍵をかけたって、窓ごと外してしまえばなんの意味もない。まあ、それにはちょっとしたコツが必要なんだけど……

キャラメリゼ

よし、侵入成功っと…

侵入先は応接間の隣にある客室だった。いつも通り展示室に突入するのもいいが…流石に対策された。物置部屋にら窓が無い。よって窓からの侵入は不可能…廊下から行こうにも、無策で行けば抗争は避けられない……まあ、いつもなら、ね

廊下がバタバタと騒がしくなった。少し戸を開けて確認してみると、警官服に身を包んだファウストがシュトーレン刑事に掛け合っているところだった。
そう言えば…何する気だ?

ファウスト

刑事ー!!

シュトーレン

何だ、何かあったのか?

ファウスト

怪盗が…!怪盗キャラメリゼが出ました!!

その一声で、あたりに散っていた警備がその場に集合する。アマリリス夫妻も、強ばらせていた表情を驚きに塗り替えた……さて、この隙に部屋から出ておこうか…部屋を出てすぐのところにあった置物に身を潜めた。

アマリリス夫人

何ですって!?

アマリリス公爵

まだ犯行時刻まで時間があるが…

ファウスト

ええ…恐らく、こちらに向かっている途中だったのでしょう…庭にいた警備が気づきまして、今総員で取り押さえているのですが…なかなか抵抗が激しくて…!

アマリリス公爵

これはうかうかしていられん…!刑事さん、行きましょう!!

アマリリス夫人

早く捕まえなくちゃ…!

シュトーレン

ああ…でも扇の警備が

アマリリス夫人

怪盗はもう捕まえているのでしょう!?なら大丈夫なはずですわ!

アマリリス公爵

先に行っていますぞ、刑事!!

夫妻がその場を離れていくと、残りの警備はオロオロと混乱し始めた。それに対し、ただ1人ファウストは冷静に焦った演技をし続けていた。

ファウスト

刑事、僕達も今すぐ向かいましょう!!このままでは、けが人も出てしまうかも知れません!!

シュトーレン

しかし…

ファウスト

シュトーレン刑事!!!

シュトーレン

………

シュトーレン

わかった。だが、念のため二人だけここに残ってくれ。いいな

ファウスト

刑事、こちらです!!

こうして、シュトーレン刑事を含めた9人の警備は、ファウストに連れられて邸宅を出ていった……やるじゃん。

キャラメリゼ

あとはこっちの仕事だな…

警備が確実に2人になったことを確認して、俺は置物の影から出た。前を見据えると…そこには、驚愕の表情を貼り付けた警備が二人立っていた。

けいしゃつ

怪盗…!?

けいしゃつ

な、何で…!?今お前は…!

キャラメリゼ

ごめんよ、警備さん。ちょっと眠ってもらうよ

マントで口元を覆い、小型のガス噴出機のピンを抜く。すると、一帯が白い煙のようなもので覆われ、あたりが見えなくなった…注意深く先ほどまで警備がいた場所を見ると、ガスにやられて眠ってしまっていた。

キャラメリゼ

これでよし…

罠がかけられていないことを確認し、ドアを開ける。中に警備はいないようで、そこにはガラスケースに入った扇があった。
ーー警戒しすぎだね。宝本体に警備をつけないなんて、本末転倒じゃないか。

キャラメリゼ

逃走経路は…先に確保しておこうか。窓はないから……

部屋の中を見回すと、天井に四角い枠がついた場所を見つけた。これは…

キャラメリゼ

ハシゴ…屋根裏部屋か…!……うん。ここなら天窓もある…

キャラメリゼ

刑事たちも馬鹿じゃないからね…いつ騙されたと気づいてもおかしくない。扇を盗ったら、すぐにここへ…

ハシゴを下ろし、俺はもう一度ターゲットに向き直った。これで準備は万端…!

キャラメリゼ

それじゃ、予告通り貰っていきますよーっと…

逃げる時は一瞬だ。フックショットの柄でガラスケースを叩き破り、今回のターゲット…金獅子の扇に手を伸ばす。薄いが硬質な素材で作られた扇は、思ったよりとても軽くてーー

キャラメリゼ

っ!?

突然激しい眩暈がして、意識が遠のいた。まずい…何が起きてる…!?フワフワ浮かぶような感覚に陥りながらも、何とか意識だけはつなぎ止めなければと足掻く…するとーー

ーーこれは、遠い世界の、遠い昔のお話です

聞いたことのない女の子の声が聞こえた…声の主は見つかない…

ある所に、1人のお姫様がいました。お姫様は、外の世界を知りませんでした

ふらつく体を支えながら、なんとか体勢を立て直す。女の子の声は、その間もずっと話し続けていた。

生まれて今まで、外に出たことのないお姫様は、外の世界に憧れさえも持っていませんでした。でもある日…彼女に転機が訪れます

キャラメリゼ

君はーー

なんとか声を絞り出し、女の子の声に問いかけようとした…その時

シュトーレン

怪盗キャラメリゼ!!

シュトーレン刑事の声で、俺は現実に引き戻された。眩暈も、意識が遠のく感覚も、最初からそんなことは無かったかのように…俺の体は正常に戻っていた。

キャラメリゼ

っ!

アマリリス公爵

ま、間に合った…!

シュトーレン

警官に成りすますとはいい度胸だな!!今度こそ捕まえる!!

どんなメカニズムか分からないが…これは新手の罠だったのかもしれないな。まずはここから逃げなきゃね…!!

キャラメリゼ

これはこれはシュトーレン刑事…どんな罠を仕掛けたのか分からないけど、私を足止めするには力不足だったね!

シュトーレン

罠…?ええい、そんな事どうでもいい!!回り込め!!

キャラメリゼ

遅い遅い!!Salut、シュトーレン刑事、アマリリス夫妻。また会う日まで!!

俺は背後にあったハシゴに手をかけ、二つ飛ばしで登っていった。なんとか捕まえなければと必死な警備達は、ハシゴの下で詰まって大渋滞を起こしていた。

シュトーレン

待て!!キャラメリゼ!!くそっ…どけぇ!!

天窓の鍵を開け、力いっぱい押し開く。そこから屋根の上に出て、追尾ライトを振り切りながら、俺は高級住宅街を後にしたーー。

ファウスト

Très bien!!よくやって下さいました、怪盗キャラメリゼ!!

犯行から2日後の事。あれから音沙汰が無かったファウストが、当然のように俺の店に顔を出してきた。前回と同じようにカフェへ連れ出し、盗ってきた物を手渡すと、彼は満足そうに俺の手を取ってブンブンと振り回した。

サヴァラン

痛いやめろ!!

サヴァラン

あと…人が少ないからって、そんな堂々と呼ばないでくれ…

ファウスト

ああ、そうでしたね…失礼

ファウスト

しかし、ここまで上手くやってくれるとは思いませんでしたよ…素晴らしいお手並みでした

サヴァラン

まあね。このくらい出来て当然だよ

とは言っても…正直ファウストの手助けがなきゃ、こんなに余裕はなかったかもしれないけど…それだけちょっと悔しいな。

ファウスト

これで、次の仕事も安心して任せられそうです…

サヴァラン

その前に

俺はファウストの前に手を差し出す。すると、彼はキョトンとした顔で首をかしげた。

ファウスト

…なんですか?

サヴァラン

報酬。俺は仕事としてこれを盗って来たんだ。報酬を請うのは当然の権利だろう?

ファウスト

ああ、そうでしたね!!ちゃんとご用意しておりますよ…7回分、もしくはそれ以上のものを、きっちりとね♪

そう言うと、ファウストは自分と俺の分のチップを置いて立ち上がった。もしかしてこれが報酬…?

ファウスト

違いますよ、これはお駄賃です。

サヴァラン

まだ何も言ってない

ファウスト

仮面をしていないあなたは表情がよく出る…目は口ほどに物を言うのですよ、サヴァランくん?

ファウスト

付いてきてください。報酬が用意してある場所まで、ご案内します

その言葉が多少信用出来ず、警戒しながら付いていくと、やがて細い裏路地に出た。

サヴァラン

大丈夫なのか…これ…

俺の警戒を察したのか、ファウストは後ろを振り向いて一度ニコリと笑うと、そのまま歩を進めていった。

それから程なくして、彼は一件のバーの前で立ち止まり、俺をその中へ入るように促した…少し古風な造りのそこは、掃除をしていないのか、所々に蜘蛛の巣が張っていて、床板も一部が腐ってギシギシと嫌な音を立てていた。

ファウスト

こちらです!

いつの間にかバーのカウンターに進んでいたファウストが、俺に手招きをする。抜けそうな床に気をつけながら彼の元へ行くと、そこには地下へ続く階段があった。
……これって、もしかして…!

ファウスト

気づいたみたいですね。上はボロいですが…下は凄いですよ♪

サヴァラン

うわ…!

階段を降りていくと、書庫のような場所に出た。膨大な量の本と、小さなテーブル、その両サイドには一人がけのソファがあって…ちょっとマセた高校生男子のテンションを底上げするには十分すぎる要素が詰まっていたーー

サヴァラン

すげえ…!!ファウスト、ここ…!!

ファウスト

ここが、私からの報酬……『怪盗の活動拠点』です。これからは、盗ったものもここに保管して、仕事に関しての話もここでしましょう

第1幕
金獅子の扇
La Fin

『ヴァシヌスの絵画』

第1幕4ホール目 侵入、アマリリス邸!

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