トントン、と屋敷のドアを叩く音が聞こえた。
しばらくすると、屋敷の主であろう金髪の男が出てきた。
そして訪問者を見ると金髪の男は不敵に笑う。
いつまで続くのか、この物語は
いや、違う。
私はいつまで続けるのだろうか
私はきっと止められない。
私はきっと知らない
幸せの残り香は甘くて苦い。
それでも私はあの二人を愛している。
だって私はあなただから
私が枠にあてはめられただけの存在だとしても
二人の幸せを願わずにはいられない
たとえ、私が無貌の神であったとしても
どうか、忘れないで。
私があなたであったこと。
私と偽りを過ごしたこと
トントン、と屋敷のドアを叩く音が聞こえた。
しばらくすると、屋敷の主であろう金髪の男が出てきた。
そして訪問者を見ると金髪の男は不敵に笑う。
いやぁ、こんなにたくさんお客さんが来るなんて初めてだよ
すみません、船から落ちたらしく気づいたら浜辺に打ち上げられていたみたいで
海も荒れているから、事故が多発しているのでしょう。そのおかげであなたのような客人が今日は多い
そうなんですか。突然の訪問、それに寝床も貸していただけるとは本当にありがたい
いやいや、私はいつも一人なのでたまにはにぎやかなこともいいことだ。
私はエビット=オーステイン。エビットと呼んでくれ
自分は菅原 実です。よろしく
ああ、よろしく。
そうだ二階の客間は好きに使ってくれ。他にも君のような客人がいるから挨拶もしておくといい
ありがとうございます。ではお言葉に甘えて
私は少し仕事が残っている、とエビットは屋敷の奥に消えてしまった。
階段を見つけ二階の客間を目指す。
まずは濡れてしまった衣服を乾かさなくては。
ふと、上を見上げるとそこには先ほど聞いた客人のひとりだろうか、少女が一人立っていた。
……君も嵐に巻き込まれたのかい?
…………!!
少女は目を見開き、驚いたように俺を見ていた。
日露戦争帰りの俺にとってそれは憎しみの類だと思った。
彼女がロシア人でないことを願わずにいられなかった。
すまない、ずぶ濡れなんだ。
これで失礼する
そのまま、俺は少女を通り過ぎようとした。
しかし、すれ違う間際、少女は俺の手を掴んだ。
待って……!
あなたは……あなたは…菅原実なの…?
心臓がドクン、とはねた。
俺の名前を知っている?そんなバカな。
俺と面識はないはずだ、ロシア兵ではないし俺は尉官どまりだ、知れ渡るほどではない。
君はロシア人か…?
ええ!そうよ!
だけどそれは今関係ない!
なら、君は何故俺の名前を知っている?
……え?
彼女の瞳が少し霞む。
月に雲が被るように瞳から光が弱くなる。
その瞳は驚きと抗議を訴えかけているようにも見えた。
それは私が!あなたの…
あなたの………
少女は顔をうつむける。
まるで何かを言いたげで、しかしそれは口からは出てこない。何が彼女をそうさせているのかはわからない
……私が誰かわからないの?
すまないが、君のような人は知らない。
そう……日本人はいつも自分勝手
そう呟くと、彼女は階段を下りていった。