雨が降っていた。



空は昼間なのに暗い。



時折、機嫌が悪いのか雷鳴がどこかでなり響く。


俺はこんな日が嫌いだった。



夜が昼の時間を強引に奪っていくようで。



こんな日はいつも大切なモノをナクした。



お気に入りだった、鉛筆をナクした。




最高レアのカードが引きちぎられていた。




親友がいじめが原因で転校していった。






そして今日は家族を、ナクした。

……君…………浅井君……

…ん…あ

……あぁ、すまん。
すっかり寝てたわ

別に…いつものことだし…

いつも俺のせいで遅くなってるだろ。
すまん、明日から気を付ける

俺を起こした図書委員、佐倉実(さくらみのり)に最近図書室を寝床にしていることを詫びる。

いつも最後まで寝ているので彼女は施錠ギリギリまで図書室に拘束されている。

俺ならたたき起こして帰らせるが、彼女は強く言えないのか言わないのか、こうして最後まで俺を寝かせてくれる。

まわりは二人だけで、外は日が落ち始めていた。

大丈夫……浅井君いつも眠そうだし…ここで寝ればいい

図書委員直々に許可が下りたのはいいが、それは果たして図書委員としていいのだろうか。

まぁ、ご厚意に甘えて明日も熟睡させてもらうが。

なんか悪いし施錠手伝うわ

じゃあ……廊下の窓…お願い

了解

佐倉の施錠を手伝った後、俺は帰路に着く前によるところがあった。

毎日のルーチンワークに含まれるこの寄り道は二か月前から始まった。

よぉ可奈、元気か

まぁまぁかな
将斗は?

あぁ、元気だよ

嘘、ね

クマできてる

学校でしっかり寝てるんだけどな、はは……

やっぱり……まだ家で寝れない?

おもむろに可奈は切り出す。
その質問は俺より可奈のほうがつらいはずだ。

なのにいつも可奈から切り出してくる。
俺は自分を情けなく感じた。

ああ、声が聞こえるんだ

……秋ちゃんの?

秋は俺の妹だ。俺よりスポーツができていろいろと活発で。

兄としたら活発過ぎて自重してほしかったが。

いまや、それさえ懐かしい。

救いを求めてくるんじゃないんだ。
ただ聞こえるのは、苦痛と悲鳴。
そこにまだ秋がいて助けたくても助けられない。
そして秋の声だけが残るんだ

幻聴だってわかってるのに情けないだろ

情けなくなんて……ないよ

震えた可奈の声が聞こえてきた。

そしてそれを聞いた瞬間、俺はしまった、と感じた。

数秒前の自分を強く責めた、いつもなら気づいたはずだ、と。
おそらくこれまでの寝不足のツケが回って来たらしい。

あぁ、体調管理を怠った自分が恨めしい。

私は……止められなかった……

怖くて、怖くて、怖くて

体が動かなくて、血が、血が、お腹から、

だんだん寒くなった、みんな動かなくなった

もういい!わかった!わかったから!

ここは病院だ!だれもお前を傷つけない!傷つけさせない!絶対!!

手を強く握る。
だが、香菜の手は力が入っておらず、握り返してはくれない。それでも強く、強く握る。

……ごめんなさい

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

可奈は一度パニックを起こすと謝り続ける。

きっと可奈は生き残ったことと何もできなかったことで自分を責めているのだろう。

可奈は悪くない。
悪いのは全部犯人だ。
可奈じゃない

彼女をそっと抱きしめる。

大丈夫、大丈夫と唱え続ける。

それは可奈ではなく俺自身のためであったかもしれない。

俺が絶対犯人を殺してやる

誰にも聞こえないように俺は呟く。

もう迷いはない。

浅井一家殺人事件。


浅井正人(43)、浅井奈津美(42)、浅井秋(12)死亡。

中本可奈(16)重症。


長男を除く浅井一家と長男の恋人が殺傷された事件。
当日は長男の誕生日であり、長男が外出中にサプライズ準備が行われていた。その途中、ナイフをもった男が家に侵入し家族と恋人を殺傷した。何度も刺されていたことから恨みによる犯行である思われる。しかし、今も犯人は捕まっておらず、逃亡しているものとみられている。

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