一週間後
俺はサヴァラン。朝は学生、夜は怪盗をしている。今は夜で、俺は怪盗キャラメリゼとしてある邸宅に忍び込んだ。標的だったミルキークォーツのピアスも手に入れて、あとはさっさと退散するだけだったわけだが……俺は、怪盗人生最大のピンチを迎えていた…まさか…まさかこの俺が…!!
……(寝息)
一目惚れ…なんて…!!ガラス細工のように透き通った白い肌…そしてほのかに甘酸っぱいストロベリーを思わせる唇…それとは裏腹に、苦味を秘めたビターチョコのような黒髪…!!まさに…
女神だ…
……ん……?
っ!!しまっ…!
……あなた…だれ…?
……美しい…
へ…?
君こそが…俺が本当に求めるべき、ミルキークォーツだったというのか…
ミルキークォーツ…?あなた…
そうだよ、聡明で美しいお嬢さん…俺は怪盗キャラメリゼ…今日は君の家にミルキークォーツのピアスを頂きに参上した…んだけど
これは、君のような姫君にこそ映えるものだ
はぁ…
見つけたぞ怪盗キャラメリゼ!!
ちっ…シュトーレン刑事、せっかくいいところだったのに…
今日という今日こそ、キサマを捕まえてやる!!そこを動くなよ!!
やなこった!アンタみたいなお間抜けに捕まったとなれば、俺は世間からの笑いものさ!!
な…んだと…?キサマァ、さっきから言わせれば抜け抜けと…!覚悟しろ怪盗キャラメリゼ!!
それじゃ、お間抜け刑事に捕まる前にお暇しようかな。またね、ベルリーナ嬢
……
ちっ…外に逃げたぞ、追え!!
お嬢さん、大丈夫でしたか?なにかされたりは……って、それは…
……貰ったんです。あの人に……変な人…
昨日はとんだ失敗をやらかしたな…狙った獲物は逃さない、が信条だったのに…でも……綺麗な人だったなぁ…とにかく、ベルリーナ嬢については盲点だった…何も調べてなかったし、今度はちゃんと下調べをしてから入念に……
あれは…!!……き、君!!
…はい
そのピアス…どこで…?
えっ…と……貰ったんです…
そ、そうか…うん。分かった。急に呼び止めてごめんね
……いえ
あ……
あの子だああああああ!!!!!こんなに!?こんなにあっさり見つかってもいいものなのか神よ!!mon dieu!!!
いやいやいやいや、待て。とりあえず、待て。そもそもなんであのスノーボール家の令嬢が、こんなごく普通の学校にいるんだ?調べたところ『リーナ・アラモード』という偽名を名乗っているらしいし……世間勉強…?にしては危険すぎないか?ボディガードもなくこんな普通の学校に……
それではここの問を…サヴァラン
考えていても仕方が無い…とにかく当たって砕けろ、だな
正解!さすが、完璧な答えですね!!
まあ、彼女が何であっても好きなことに変わりはない。しかし困ったな…俺はこんなにも一人の人を愛したことなどない…それ故、告白するまでの過程も知らない…どうしたものか……
そうだ…以前ジャポンの文化が好きな友人から『少女漫画』なるものを借りたことがあったな…確かあれは、恋愛を模した茶番劇だったはずだ…読んだ当時はトントン拍子に話が行き過ぎて鼻で笑ったが、あの知識が役に立つかもしれない…そうと決まれば…早速実行だ!まずは……
ジャポネーゼKABEDON!!!!
どうだ!少女漫画によると、イケメンにこれをされた女子はたちまち恋に落ちるらしい!!しかし、この言葉も添えれば完璧だ!!
俺のものになれよ
決まった…!!これでベルリーナ嬢のハートは俺のもの
(被せて)お断りします
なっ…!?
なん…だと…?
あの、退いてくれませんか。邪魔です
ああ…ごめん…
いや違う!!違うだろう俺!!動揺するな、まだこのあと手がある!!やれ、俺!!!
それは…この俺が誰か、知っての発言か?
違うだろおおおおお!!!それはむしろ身分的に俺が言われるべきセリフだろ!?何言ってるんだ俺動揺しすぎだああああ!!!!
知っています
え
サヴァラン・ブリュレ。この学校で知らない人はいないとも言われている人物でしょう。飴細工職人の家に生まれ、非常に秀才。その上性格まで完璧だと伺っていましたが…まさか、こんなに無礼な行いをする方だとは思いませんでした
知っていてくれてた…!名前呼ばれただけでこんなに胸が高鳴るなんて…!!これが恋…これが、トキメキ…胸きゅん…!!
私の、あなたへの評価は最悪です。早くどいて下さい
わかった…あまりしつこいのは嫌われる元だからね。今回はこのあたりにしてあげるよ
……今回だけにしてください。恥ずかしいです
ちょっとあなた!!さっきから聞いていれば、生意気すぎるんじゃない?
(ため息)
ん?君は…
せっかくサヴァランがあなたに…あなたに思いを伝えようとしているというのに…!何であなたが…!!羨ましい…!(小声)
そうよ!何を思ったか、あなたみたいな地味な子に!
せっかく目立つチャンスをあげてあげたっていうのに!!
……?待ってくれ、俺は別にそんな
…そういう事ですか
ち、違う!ベルリーナ!!
そ、そうよ!そうに違いないわ!!サヴァランがあなたみたいな子を本当に好きになるわけないじゃない!!
思い上がらない事ね!
彼に見合う女はアマンド以外有り得ないわ!
だから違うって!!り、リーナ、これは…
…………最低です
ぐはっ!!??
ま、待ってくれベルリーナ!!ああ…何でこんなことに…?つかみは上々だったのに…そんな…
……サヴァラン、流石に今のは私もないと思うわ…
お前が言うなお前が!!!大半お前の取り巻きのせいで…!!!
は、はは……mon dieu……
あんな誤解をされたら…解くのにも時間がかかりそうだ…でも、愛の力は絶対!!ジャポネーゼ少女漫画では、こんなことも些事に等しい!!きっとこの後一週間もすれば少しは改善されーー
一週間後
ない……だと……
mon dieu…あれから彼女のことを一時も考えないことは無かった…時間が許す限り彼女の行動を目で追い、帰路は追いつく限り後を付け、もう一度彼女の部屋に侵入して盗聴器を仕掛けたりしたが…何も変化が見られない…むしろ悪化してる…!?何故…!?
ちょっと目を離した隙に見失っちゃうし…ツいてないなぁ…えっと、ベルリーナ嬢が行きそうなお店は……
!?な…!!
モール内から銃声…!?ベルリーナ!!
すみません!!あの、何かあったんですか!?
え、ええ…二階のジュエリーショップが、強盗に襲われて…!!あなたも早く逃げた方がいいわよ!
ジュエリーショップ…分かりました。ありがとうございます!
ちょっと!何してるの!?危ないわよ!!
ジュエリーショップなら、ベルリーナがいる確率は非常に高い…!!居なかったらいいけど…でも、もし人質にでもされてたら…!!
ここか…実行犯らしいのは……3人くらい…ベルリーナは……いた…!!
手首を後ろ手に縛られているみたいだけれど…怪我はないみたいだ。よかった…
要求は三つ!逃走経路の確保と、その足…そして、人質解放の金だ!!用意出来ないなら…
ひっ…!!
こいつから1人ずつ、人質を殺す
い…いや!!嫌よ殺さないで!!!
あれは…アマンド!?……面倒だけど、ここは…
待ってください
あ?
あ…
ベルリーナ…!
その方を離してあげてください。最初の人質には…私がなります
ばか!!
そんな…!?
ほー?度胸あるじゃねえか…じゃ、お望みどおり、最初に殺してやるよ
…………
リーナさん……なんで…?
…無駄に命を散らせる必要はありません。あなたは出来るだけ、離れたところにいて下さい
リーナさん…
オラァ!早く用意させろノロマァ!!殺すぞ!!
ベルリーナ…なんて勇気ある行動を…!そんな所もますます素敵…って、そんな事考えてる場合じゃ…!!……ん?あの動き……
……なるほど…ちゃんとお嬢さまってわけか…でも、実行犯3人で、その相手を女の子ひとりっていうのは……まあ、宿命だよね
狙った獲物は逃さない…それがこの俺…
な、なんだ…!?
サツ…?にしては早すぎ…ぐはっ!?
な、なんだお前!?
…!あの人…
他人の獲物に手を出そうなんて…随分躾がなってないね?
んだてめえ…
怪盗キャラメリゼ…ただいま参上ってね
怪盗、キャラメリゼ…?あの…?
ふざけた格好しやがって…舐めてんのか!?
舐めてるのはそっちだよね?その子は俺が先に狙ってたんだ…横取りなんて許さないよ
は?何言ってんだお前…
ごちゃごちゃうるせえな!怪盗だかキャラメルだか知らねえが…死ね!!
外した…!?あの至近距離で…
危ないだろう?撃つなら撃つって言っておくれよ
ぐあっ!?
これで2人…あとは…!!
動くな
!
やっぱりな…お前の狙いはこいつだろ?
ベルリーナ嬢!…卑怯だぞ…!
背後から奇襲を仕掛けてきたやつが何を言うか…いいか?お前が少しでも動いたら、こいつを撃つぞ
っ……
しかしこいつは好都合だ…このまま俺達は金をもらって逃走…残ったお前を実行犯の一人として警察が追う…いい時間稼ぎになりそうじゃないか?
俺はお前らの仲間でも何でもないけど?
話は署で聞くってなぁ?お前はコソドロ、世間じゃ愉快犯とまで言われてる…そんなお前が、更なる刺激を求めて人質までとり始めた…いいシナリオじゃねえか?とち狂った怪盗さんよぉ?
証人は?ここに大勢いるけど?
証人?んなの…逆らったりしたら、分かるだろ?
きた!!
今だ、ベルリーナ!!
言われずとも
え?
ベルリーナにボディガードがついていなかった理由、ようやく分かったよ…彼女は……
うがぁっ!?
…強い…
怪盗さん
あ、ああ…
お手伝い、ありがとうございました。お陰で幾分か楽になりました
De rien、お嬢さん。さあ、あとはこっちでやっておくから、君たちは逃げるんだ
あなたは…?
俺は警察の前に出たら捕まっちゃうからね…くれぐれも、俺のことは内密に
そうですか…あの
リーナさん!!
ショコラさん…
ばか!!なんであんな危険なこと…!!怪我は…?
大丈夫です。あの方が手伝ってくれたので…あれ?
あの方…怪盗キャラメリゼの事ね…もういない…あの3人も、いつの間にか柱に括りつけられてる…
……やっぱり変な人です
あの…この前はごめんなさい…
この前?
私、あなたにすごく失礼な事言ったから…その….
ああ、大丈夫ですよ。気にしてないです
……あの…ありがとう、助けてくれて…サヴァランがあなたを見染める理由、わかった気がするわ…
?はぁ…
……あの、私たち、友達になれないかしら?あなたの事、もっと知りたい…
……いいですけど…
本当!?嬉しい!!ねえ、このあとお茶でもしない?いいお店知ってるの!
…!……はい、私でよろしければ
次の日
はぁ…結局、なんの改善も見せないまま一週間が経ってしまった…俺は、これからどうやって生きれば…
サヴァランさん
ひゃい!?
べ、ベルリーナ…!?なんで…!?
話したいことがあります。来てくれませんか
…………告白?
違います
はは、冗談だよ…わかった
……昨日は、ありがとうございました
昨日?俺なにかしたっけ?
お忘れですか?昨日、ショッピングモールで助けてくれたじゃないですか
………え…?
え…?
きき、昨日、ショッピングモール…?え、だって、あれは…あの、ニュースになったあれ…?え、まって、なんで…あ、いや違う…まって
まさか…バレて…!?
まさか…バレてないと思っていたのですか?
……ば、バレてないって、何が…
怪盗キャラメリゼ…あれはあなたでしょう?
う……
どうして…!?顔は隠れてたし、しっかり顔は見せていないはずなのに…!?
以前…私のことを『ベルリーナ』と呼んだことがありましたよね
ベルリーナ…?さ、さぁ…記憶にないな…
このピアスのことを聞いた時も…あなたはどこか挙動不審でした。この二つと…昨日、もう一度怪盗キャラメリゼに会ったことで、全てが繋がりました
……どういう事かな?
怪盗キャラメリゼ…彼から、甘いキャンディの香りがしました。あなたに迫られた時と、同じ香りがしましたので
………
ここいらで、飴細工職人なんて俺の家以外聞かない…スノーボール家ほどの財力があれば、そのくらい詳しく調べられるし、あの時は急ぎだったから、いつも付けていく香水を付けていなかった…迂闊だったな…
……告発かな?
しないです
どうして?
結局、ミルキークォーツのピアスは盗まれてないですし…それに、あなたはどんな形であれ、私を助けてくれました。告発する理由がありません
……そう
私に告白したのも、このピアスが目的でしょう?
それは違う。俺は本気だ
………
俺はまだ盗んでいないだけだ。これから、君の心を奪ってやる
……予告ですか?
そうだね。予告だ
怪盗らしいですね
怪盗だからさ
……せいぜい、頑張ってください。少なくとも今、私はあなたに何の感情も抱いていないですから
抱かせてやるさ。何があっても
………
話はそれだけかな?そろそろ授業が始まるよ
そうですね、戻りましょうか。飲み物を買っていきたいので、先に戻っていては?
そうさせてもらうよ
いっちゃった……言っちゃったよ…!!あんなに緊張する予告は初めてだ…!!でも…予告したからには、必ず手に入れる…狙った獲物は逃さない…それが、怪盗キャラメリゼの信条だからな…!!
………やっぱり、変な人……あの人……動悸を早くさせる術でも、持っているのかしら…