【序章】
【序章】
〈7月5日〉
観音二十八部衆に風神・雷神を加えた30体の等身大の尊像が千体観音像の前に安置されている。
そして………。
なにやら寺院のような広間に集まって、30代後半と思われる男性教師が、立ち並ぶ40人程いる生徒の前で授業をしている。
ただ、その教師が1人で張り切って喋っているため、誰も真剣に聞いているようには見えない。
何か質問はあるかー?
先生は京都の歴史大好きだし、その中でもここ『三十三間堂』は特にお気に入りだから、いくらでも答えるぞー。
先生のやる気が逆効果なのか、先ほどよりも生徒達は黙ってしまった。
なんだなんだ?
つまらなさそうな顔してー。
昨日はあんなに課外授業楽しみにしてたじゃないか。
お前らが、社会科なんだからたまには課外授業に行ったみたいって言うからだなー。
先生の文句についさっきまで黙っていた生徒達がざわつき始めた。
そして、その中の一人が手を挙げた。
おっ!
質問か、北条?
その挙手によって、少しがっかりした表情を見せていた先生に笑顔が戻った。
んなわけないだろ、中西先生。
俺達は別にこんなところに来たくて課外授業に行きたいって言ったわけじゃないぜ。
なんだ、希望があるなら考慮してやったのに。
みんなで話し合ったりしてたのか?
先生は頭をかきながらそう言った。
そりゃ、京都タワーとか映画村とかだろ!!
的外れなことを言っているのがわかっているのか、先生とは目を合わさない。
待て待て!!
課外授業は遊びじゃあないんだ。
さぁ、もう終わりだ。学校に帰るぞ!!
はぁ。
こんなんだったら、わざわざ白山先生に数学の時間まで貰うんじゃなかった……。
期末テストが近い時期にもかかわらず、数学の白山先生に一度断られた授業時間を貰うのに何度もお願いしていたため、先生にとっては残念な結果となってしまった。
そんな先生の苦労も見ず知らず、生徒達は先生と共に『私立東大路学園高校』へと帰るバスに乗り込んだ。
【第1章】
〈7月6日〉
ここは『私立東大路学園高校』。
今は昼休みなのか、グラウンドではサッカーやバレーボールをして遊ぶ生徒が数十人いる。
その様子は2年D組の教室からもよく見える。
その教室の窓からグラウンドを眺めている北条俊樹(ほうじょうとしき)は、パンをかじりながら周りにいる友人達の話に耳を傾けていた。
斜め前の席にいるお気楽な高橋。
目の前の席にいる真面目な宮田。
それで、吉田君が山下さんを呼び出して告白しけど、大学生の彼氏がいるってことで見事に玉砕したらしいよ。
マジかよ!!
大学生の彼氏がいるなんて凄いな。
イイなぁ、俺も大学生になったら女子高生と付き合えたりすんのかなぁ。
ハハハ、なんだよその考え。
なぁ、俊樹は今気になってる娘いないの?
なんとも学生らしい色恋話に話を咲かせているのだが、話を振られた俊樹は初恋かのように顔を真っ赤にしている。
え?
いや、別に……いねぇよ。
持っていたパンを強く握りしめているので、動揺が見て取れる。
ハハハ、ごめんごめん。
俊樹がこういう話が苦手なの知ってるからからかってみたくなったんだ。
ったく、宮田そういうのやめろよな。
高橋も笑ってんじゃねぇよ!
そんなやり取りもつかの間、教室の扉を勢いよく開け1人の男子生徒が駆け込んできて床に倒れた。
あれ、吉田君じゃないか。
あんなに息を切らしてどうしたんだろう。
その吉田君は尋常じゃないくらい呼吸が乱れていた。
そして、このクラスにいる生徒全員が吉田君に注目し始める。
吉田君は息を整えると立ち上がり叫んだ。
今職員室で聞いたんだけど、明日このD組に転校生が来るんだってよ。
しかも、女子!!ヨッシャー!!
うるさい!!
1人お祭り状態の吉田君にすぐさまクラス委員長がチョップをかました。
その場は収まりそれぞれが通常の昼休みに戻った。
今時期に転校生って珍しいな。
もう7月だぜ。
うん、確かに。
まあ、親の仕事の都合ってのが定番だけどね。
吉田の話が本当なら俊樹の席の隣ってことになるな。
ハッハッハッ、良かったな!!
高橋が大笑いしながら、俊樹の背中をバンバン叩く。
それが終わると、昼休みの終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
ただいまー。
学校も終わって俊樹は自宅に到着した。
家族構成としては、単身赴任中の父、主婦の母、兄弟はいない。ただ、父方のうるさい婆ちゃんが1人いる4人家族だ。
はぁ。
とりあえずシャワーでも浴びっかな。
靴を脱ぎ、制服のまま脱衣所へ向かった。
シャワーを浴び終えた俊樹は、タオルを首に巻きながら上半身裸の姿で居間でテレビを観ていた。
としきー。
風引くから早く服着なさーい。
台所で夕食の支度をする母に注意されるが、わかったわかったと聞き流し、そっぽを向いていた。
すると、居間の隣の廊下の方からバタバタと足音がしてきて、勢いよくふすまが開けられた。
としきー!!
どうしてお母さんの言うことが聞けないんじゃー!!
70歳はいっているであろう老婆が、いきなり居間に駆け込んできて、俊樹の頭を扇子で叩いた。
いってぇー!!
何すんだよ婆ちゃん!!
何すんだよじゃないわい!!
お母さんの言うことはちゃんと聞きなさい!
わ、わかったよ!!
今すぐ服着るから!!
お婆ちゃんは昔ながらの厳しいお婆ちゃんなのだ。
それにお嫁に来た母をとても気にいっている。
俊樹はブツブツ文句も言わずに、部屋に向かった。
なんせ婆ちゃんは地獄耳なのだから、聞かれたらまたどやされる。
としき。
なんだよ婆ちゃん。
二階の部屋に向かおうと階段を登る俊樹を呼び止めた。
明日の夜には大事な話があるから、ちゃんと帰ってきなさいよ!
大事な話?
返事!!
はっ、はいっ!!
俊樹は慌てて返事をし、階段を駆け上がっていった。
あらあら、お婆ちゃんいつもすいません。
いやいや、気にせんでいい。
おっ!今日の夕食は肉じゃがかい。
弘美さんの作る肉じゃが大好きじゃあ。
婆ちゃんはさっきまでの怒号とは打って変わって、穏やかな口調となっていた。
〈7月7日〉
おはよー。
おっす!
昨日のあれ観た?
2年D組の教室ではいつもと変わらない朝を迎えていた。
一つだけ違うとすれば、今日来るはずの転校生についての話題だ。
可愛い娘だとイイね。
仲良くなれるかな?
やはり、転校生が来るとなるとどこのクラスもこれぐらい騒がしくなるだろう。
そして、朝のチャイムと共に担任の中西先生が教室に入ってきた。
クラス委員長が号令をかけあいさつが行われる。
起立、礼。
はい、みんなおはよー!
えー、今日はこのクラスに41人目の仲間がやって来ました!
よーし、入ってきてくれー。
先生の合図にクラスメイト全員が教室のドアに注目する。
ガラガラとゆっくり開けられたドアから少女が歩いて入ってきて、教卓横に立った。
その様子に男子生徒はニヤニヤとなり、女子生徒の中の何人かは気に食わないような顔をしている者もいた。
そんな中、中西先生が黒板に彼女の名前を書いていく。
じゃあ、さっそく自己紹介してもらうか。
はい。
みなさんはじめまして。
私は藤原綾子(ふじわらあやこ)です。
どうぞ、よろしくお願いします。
よくある自己紹介をして、先生が彼女の席を俊樹の隣に指定した。
綾子はこくりと頷き、席へと向かう。
途中、吉田君が投げキッスをしていたが笑顔でごまかされていた。
よろしくお願いします。
先ほどの笑顔とは違う笑みで、隣の席に座る俊樹にあいさつした。
よ、よろしくな。
なんだかぎこちないが、可愛い娘であれば仕方がない。
その様子を見ていた宮田と高橋が俊樹を見て笑いをこらえていた。
じゃあ、ホームルーム始めるぞー。
今日の七夕祭りだが……。
中西先生の声で、俊樹の変な緊張感は解けていた。
あっ!
そうだ、教科書とかは持ってんの?
はい。
昨日用意したのでちゃんと持ってきてますよ。
そっか、なら大丈夫だな。
想像していた教科書を持っていない転校生のお決まりパターンではないようなので、俊樹は内心がっかりしていた。
お気遣いありがとうございます。
それで、話は変わってしまうんですが、今日お祭りがあるんですね。
うん。
七夕祭りっていって毎年開かれてるこの町の伝統行事だよ。
そのお祭り何ですけど……。
あの、えーと……。
綾子は急に言葉を詰まらせてしまった。
俊樹は自分を指差し、まだ自己紹介してないことに気付いた。
ごめんごめん。
まだ名前言ってなかったな!!
俺は北条俊樹、俊樹でいいよ。
はい。
では、私のことは綾子って呼んで下さい。
俊樹は転校生とさっそく仲良くなれたことに満足していた。
オッケー。
そういえばさっき何か言いかけてなかった?
あっ、そうそう。
その七夕祭りに……。
北条、藤原。
さっそく仲良くなるのはいいが、ホームルームにもちゃんと参加してくれよ。
中西先生の注意にクラスメイト達が注目したため、お互いに顔を真っ赤にしていた。
もう一度言うが、今日の七夕祭りは十分に気をつけて参加するように!!
先生は祭りの準備を手伝うのに、昼休みにはいなくなるということで今言ったぞ!!
とりあえず、高校生らしく祭りを楽しんでこいよ。
中西先生はそういって話を締め、ホームルームは終わった。
綾子は祭りのことで話があったようなのだが、ホームルーム後の休み時間などには特に話しかけてくるそぶりも無く、昼休みに突入していた。
そして、俊樹と宮田、高橋はいつものように俊樹の席周りに座って昼ご飯を食べ雑談をしていた。
藤原さんはさっそくクラスの女子と仲良くお弁当食べているね。
ホームルームの最中は意気投合してるように見えたけど、隣だったからかな。
残念そうな顔すんなって!!
はっはっは!!
お前ら、どんだけ俺の行動に興味深々なんだよっ!!
宮田と高橋にちゃかされているのだが、二人を横目に俊樹は綾子を見ていた。
たまたま隣になっただけだからな。
そんなもんか。
少しがっかりしたのか、軽くため息を吐いた。
すると、たまたまそのため息を見かけた綾子は俊樹を見て急に立ち上がり、周りの女子にごめんねと手を合わせ、こちらに歩み寄ってきた。
あ?
さっそくこっちに来たみたいだけど、俺と高橋は席を外したほうがいいかい?
宮田はそう言って立ち上がったが、俊樹に引き止められ、その場に留まった。
高橋は相変わらず笑っている。
そうこうしている内に、綾子は俊樹達の前へと到着していた。
俊樹君。
朝話してた七夕祭りについてなんだけど、今大丈夫かな?
あっ、ああ。
全然、大丈夫、大丈夫。
さっきは話途中だったし。
とりあえず、そこの席空いてるから座んなよ。
はい、ありがとうございます。
綾子はお辞儀をして俊樹の隣の席に座った。
同時に立ち上がっていた宮田も座り直した。
そうそう、紹介するよ。
宮田と高橋。
俊樹がそう言うと、綾子は2人の方に体を向けた。
宮田です。
よろしくね、藤原さん。
高橋君って呼んでねー。
よろしくー。
2人が自己紹介を終えると、宮田が話を続けるように言った。
はい、宜しくお願いしますね。
2人に挨拶を終えると、綾子は俊樹の方へと向き直った。
では、さっそく。
先程、その七夕祭りで『神具』がお披露目されると聞いたのですが、ご存知ですか?
あー、知ってるよ。
それがどうかしたの?
おそらく、弁当を一緒に食べていた女子グループと七夕祭りについて話したのだろうと俊樹は察していた。
実は、その神具を見てみたいのですが、まだこの辺りのことがよく分からないので、誰か案内してくれないかなと思ったんです。
でも、今一緒にお弁当を食べていた方々は彼氏さんと行くみたいなので、案内はしてもらえなさそうで……。
その説明している様子が、どこか遠回しだが、はっきりと言っているようにも感じさせる。
もしよかったら案内しようか?
ちょうど俺達三人も七夕祭りに行く予定だったし。
宮田と高橋も笑顔でうなずいていた。
ほんとうですか!!
ありがとうございます!
そしたら、18時に校門の所で待ち合わせってことで。
わかりました。
楽しみにしてますね!
そう言って、綾子はニコニコと女子グループの所へと戻っていった。
そして、一連の流れを見て黙っていた宮田と高橋が再び俊樹をちゃかしはじめたのだった。
【第2章】
〈7月7日-18時-〉
お待たせしました。
1人校門前で待つ俊樹の前に、浴衣姿の綾子が現れた。
浴衣だ……、おぉ。
チョットばかし緊張してきた俊樹はとっさに両手をポケットに突っ込んだ。
あの宮田君と高橋君は?
周りを見渡し、俊樹に尋ねた。
あー、まだなんだ。
さっき宮田からメールで、遅れるから先に行っててくれってきたんだよね。
それと、高橋は七夕祭りが開かれる神社の隣に住んでるから現地で合流かな。
そうですか。
神具のお披露目はいつなんでしょうか?
綾子からは祭りが楽しみでしょうがないというようなオーラがにじみ出ていた。
お披露目は19時だから、今から歩いて行ったらちょうどいいかな。
こっから20分くらいで着くし。
じゃあ行こうか。
はい。
そうして2人は、七夕祭りが開かれる『天之川神社』へと歩き出した。
〈7月7日-18時25分-〉
天之川神社では、射的や金魚すくい、焼きそばや綿あめなどの定番な出店が立ち並んでいる。
そんな中、俊樹は綾子と共に輪投げで遊んでいた。
おう、としちゃん!!
あと一個入れば今年で5年連続パーフェクトだな。
がっはっはっは!!
店主の声が響きわたり、隣の出店にいた客達も店の周りに集まっていた。
おっちゃん、見てろよ。
絶対に期待は裏切んないからよ。
俊樹は人差し指を立てて、それを軸に輪っかをクルクル回し始めた。
そして、綾子や店主、観客達が見守るなか、俊樹の指から輪っかが放たれる。
風を切って飛んでいく輪っかは見事に一番奥の的へと入ったのだった。
すごい!俊樹君すごいです。
輪投げお上手だったんですね。
しかも変わった投げ方で。
最初に声を発したのは綾子だった。
そして、拍手が巻き起こる。
これは昔っから得意でさ。
投げ方もあれじゃないと上手く飛ばないんだよね。
良い所を見せれた俊樹からは緊張感が消えようとしていた。
としちゃん、ほれ!!
パーフェクト賞の七夕祭り5000円分商品券だ。
毎年としちゃんのために用意してるようなもんだな。
がっはっはっは!!
商品券が入った封筒を俊樹に手渡し、腕を組み大声で笑った。
サンキューな、おっちゃん。
来年も来るからな。
俊樹は店主に手を振り、綾子と店をあとにした。
〈7月7日-18時55分-〉
俊樹と綾子は神具のお披露目が行われる会場に来ていた。
周りにも、毎年見にきている地元民や観光客が大勢待っていた。
はぁー、腹一杯。
それにしても宮田も高橋もやっぱり行けないってどうしたんだよ。
せっかく4人で祭りに来るはずだったのによ。
出店の食事で膨れた腹をポンポン叩きながら、近くのベンチに座った。
急用なら仕方がないですね……。
それはそうと、色々ご馳走様でした。
ぺこりとお辞儀をし、綾子もベンチに座る。
気にすんなよ。
毎年輪投げで遊ぶ資金稼いでるんだからさ。
それより、もう少しで神具のお披露目始まるぜ。
ありがとうございます。
では、お言葉に甘えさせていただきます。
あの、その前に御手洗いに……。
改めて礼をすると、綾子はトイレのある方に小走りで向かった。
綾子がトイレに向かい、俊樹はベンチ横の自販機でジュースを買って飲んでいた。
〈7月7日-19時05分-〉
ふー、おっ!?
あの巫女さんが運んでいるのは神具が入ってる箱じゃないか。
神主も出てきたし、始まっちまうけど、戻ってこねぇなー。
そして、お披露目が行われる舞台では巫女により儀式の舞が始まった。
笛や太鼓の音が鳴り響くなか、俊樹は綾子を探す。
まさか、迷って戻れなくなったんじゃ……。
嫌な予感がして、俊樹がトイレのある方に走り出そうとしたその時。
突然の閃光と甲高い音が会場全体に響いた。
直後、観客達は叫び逃げ回るが、怪我をしている様子の者は見当たらない。
なんだ、今のは?
綾子ちゃん!!
そうだ、どこ行ったんだ。
探さないと!
即座に綾子を探しにかけ出した。
くそっ、人が多くて全然分からねぇ。
おーい、綾ちゃーん!!
携帯の番号くらい聞いときゃあよかった。
押し寄せる人集りとは逆方向に行こうとしているためなかなか前には進めない。
それにしても、この騒ぎになってから警官が到着するの早くないか?
あらかじめ警備でもしてたとか……うわっ!
迫る人混みからなんとか抜け出したと思ったら、こちらに向かう人物にぶつかった。
いててて……ごめん。
俺急いでっから!!
北条?北条か!?
俊樹は突如呼び止められ、しっかりとその人物を見た。
んっ?
中西先生?
なんでこんな所にいんだよ?
やっぱり朝のホームルームで話聞いてなかったな。
先生は今日、七夕祭りの手伝いに来ててなぁ……って説明している場合じゃない!!
とにかく家に帰りなさい!!
担任の中西先生と出会い、帰るように注意されるが俊樹は綾子を探さないといけないため、一人で帰るわけにはいかなかった。
ダメだよ先生。
俺は今、綾子ちゃ……、藤原さんを探してんだよ。
藤原?
なんだ、もうそういう仲なのか。
ちげぇよ!!
さっきたまたま会ったんだよ!
やたらと大きな動作で先生に説明するが、先生の顔からはニヤつきが消えない。
まぁ、いいだろう。
とにかく早く帰りなさい。
先程の閃光と同時に何者かによって神具が盗まれてしまってなぁ。
新手の窃盗集団かもしれないからな、客に危害を加えないとも限らない。
藤原は先生が探しとくからな。
わかったな!!
先生はそう言い残して走り去った。
神具を盗むだなんて罰当たりな野郎だな。
それで警官がやたらと待機していたのか。
とにかく、先生には悪いが綾ちゃん探さねぇと。
俊樹は再び走り出した。
多くの警官や巫女さんが犯人を探し回るなか、1人の人物が境内の裏手にいた。
フフフ。
これで2つ目。
さぁて、これでもうこの街にも用はないかなぁ。
そろそろ行こぉっと。
鼻歌を歌いながら、誰もいないお披露目会場に出てきた。
はぁー。
もー、全然見つからねぇ。
あれっ!?
綾子ちゃん!?
再び神具のお披露目会場に戻って来ていた俊樹は、そこで綾子に良く似た人物を見かけた。
おーい!!
綾ちゃーん!!
おかしいなぁ、人違いか?
いくら呼びかけてもその声に反応しない。
あきらめて、ベンチに座ろうとすると。
あれ、俊樹君?
よかったー。
御手洗いに行って戻ろうとしたら大騒ぎになってしまって、なかなか戻ってこられませんでした。
ベンチの後ろから突如綾子が現れた。
えっ?あれ?
あぁ、無事で良かった。
とりあえず、帰ろうか。
謎の窃盗集団も出たみたいだし。
目の前にいたはずの少女が消えて、急に背後から現れた綾子に驚き、前後を交互に見た。
まぁ、怖い。
早く帰りましょう。
う、うん。
そうだな……。
なぜだか綾子の言葉に疑問を抱かずに、このまま帰ることにした。
〈7月7日-20時15分〉
俊樹と綾子の2人は天之川神社を出て、帰り道を先程の事件について話しながら歩いていた。
まさか、子供の頃からきている七夕祭りでこんなことが起こるとは思わなかったよ。
怪我がなくてほんとうに良かったよ。
でも、なんで犯人は神具を盗もうとしたんだろうね。
ちょうど下り坂に差し掛かった所で俊樹は足を止めた。
……ちょっと待って。
俺、神具が盗まれたって言ってないよな?
え?
いや、言ってたよ。
俊樹君の勘違いじゃないかな。
先程まで冷静だった綾子が急に慌てふためいた。
そうだよ。
普通驚いたら今みたいに慌てんだよ。
なのに、騒ぎの中俺の前に現れた君はびっくりするくらい落ち着いてた。
転校して来たばかりで慣れない土地の祭りに参加しているのに、おかしくないか?
俊樹が深刻そうに話すと、慌てた様子で話を聞いていた綾子が歩みを止めた。
2人の距離は3m程あり、時が止まったように一瞬の間があった。
そして、綾子は小声で笑い出した。
フフフフ。
君、以外に頭良いんだねー。
特別に教えてあげる。
どうせ少しでも知っているやつは消すつもりだったから。
すでに、綾子からはにこやかな雰囲気は消えていた。
目つきも鋭くなり口調も変わった。
は?お前は!?
私は神具を求めて全国を探し回っていてねぇ、こうやって特別な祭事がある神社などを狙ってるのさ。
そして、今回もこの天之川神社で神具『風袋(かざぶくろ)』を頂いたってわけさ。
綾子は浴衣の中からその神具を取り出して、俊樹に見えるようにちらつかせた。
じゃあ、それを盗むためにこの街に転校して来たんだな。
騙しやがって!!
それを返せ!
この街の伝統行事をけがされたこと。
綾子を信用して祭りに来たが結局は裏切られてしまっていたことに腹が立って、俊樹は綾子に向って走った。
すると、綾子は軽々と飛び跳ね、そのまま宙返りをして降り立った。
なんだよ、このジャンプ力は?
フフフ。
私を捕まえられればこの神具返してあげるけど、あなたには無理ね。
フフフ……。
綾子が神具を手のひらの上でポンポンと跳ねさせるのを見て、ますます怒りがこみ上げた。
俊樹は近くに落ちていた小石を拾い上げると、綾子の手をめがけて放り投げた。
投げられた小石は笑っている綾子の手元に見事に命中し、神具は落とされた。
それを見逃さなかった俊樹は素早く神具を拾い、力の限り走った。
よし、やったぜ。
このまま警察まで走り切ってやる!!
そうすれば……。
自分の油断のせいで、せっかくの獲物を逃した綾子だか、その怒りの矛先は当然俊樹に向いていた。
ちっ。
今、叩きのめしてやる。
覚悟しろ!!
そう叫び、綾子は浴衣から小さな鼓を取り出し叫んだ。
出でよ雷神!!
我が雷鼓(らいこ)に雷(いかづち)を与え給え!!
その叫びに辺りは光に包まれ、綾子の周りには宙に浮く雷鼓を中心に電気が走っていた。
さぁ、いくぞ!!
一の技、“雷玉(らいぎょく)”!!
集まっていた電気が形を丸く変え、100m以上遠くに行った俊樹に向かい飛んでいった。
そのバチバチとした電気の音に気づいたのか、後ろを見ると、ちょうど顎の下を通り抜けていった。
うわぁぁ!!
なんだよ今のは?
危ねぇ、当たったら死ぬじゃねぇか。
くそっ!!
逃げ切れるのか?
……うわっ!また来た!
まともに考えている暇もなく、次から次へと雷玉が飛んでくる。
ほら、ほら、ほらー!!
逃げないと、雷玉の餌食よー。
しばらく、見慣れた街を逃げ回っていると、不思議な声が頭の中に流れ込んできた。
とんだ厄介ごとに巻き込まれてしまいましたね。
でも大丈夫。
あなたが今手に持っている神具はかつて私が使っていたもの。
あなたが望むならその力を少しだけお貸しいたしましょう。
誰だ、俺に話しかけてくるのは。
いや、そんなことはどうでもいい。
誰だかわかんないけど力を貸してくれ!!
わかりました。
力をお貸しいたしましょう。
では、お教えする言霊を唱えなさい。
出でよ風神。
我が風袋に風を与え給え。
独り言をしゃべっているようにしか見えない少年が、街の大通りをかけて行く。
わかった。
やってみる!!
出でよ風神!!
我が風袋に風を与え給え!!
その瞬間、風袋が俊樹の背中にくっつき、体に風をまとった。
うわっ!!
体が軽くなった!!
これが神具の力?
これで、だいぶ動きやすくなったはずです。ただ、
これだけでも困ると思うので、一つだけ技を教えましょう。
一の技“風切(かざきり)”です。
小さな風をまとい放つのです!
わかったけど……、お前はいったい何者なんだ?
先程、私の名を呼んだはずなのですがね。
私の名は風神。
風の神です。
では、健闘をお祈りいたしますよ。
その言葉を最後に頭の中から声は消えた。
おい、どういうことだよ。
風神?
神っていったい……。
俊樹は走るのを止め、今の状況に少し混乱していたのだが、敵もそう簡単には待ってくれない。
フフフ。
みーつけた。
さぁ、おとなしく……。
まさか……。
あんた、風神の力を使ったね。
なんで、継承者でもないあんたが!!
風神の力を借りた俊樹の姿に、綾子はさらに動揺した。
くそっ!!
見つかっちまった。
もう。やるしかねぇようだなぁ。
いいぜ!!
相手になってやる、藤原綾子!!
覚悟を決めた俊樹はしっかりと綾子に向き合った。
まぁいいわ。
ついさっき得た力を上手く使えるはずもない。
いくわよっ!
二の技、“雷光(らいこう)”!
眩しいっ!!
これはさっきの閃光か?
激しいフラッシュに目がくらんだ俊樹は目を閉じる。
さらに、追い打ちをかけるように雷玉が飛んでいき、俊樹の左肩をとらえた。
ぐわぁぁっ!!
くそっ、食らっちまった。
でも、風を纏っているおかげなのか、動けない程じゃない。
相手が素人とはいえ、綾子は容赦無く雷玉を打ってくる。
こっちも反撃しねぇと。
確か、小さな風を纏うんだよな?
止まらない攻撃を回避しつつ、右手人差し指に意識を集中させる。
すると、指の周りにに小さな風が渦を巻くように集まりだした。
風が渦巻いてる……。
よしっ!!
やってみるぜ、一の技!!
輪投げの時のようにクルクルと人差し指を回し、そのまま勢いよく綾子に向って風を放った。
“風切”!!
うっ!!
小さな渦を巻いた風は、放たれる雷をくぐり抜け、綾子の左腕をかすめた。
雷神の力が解け、その場に倒れこんだ綾子は左腕をを抑えていた。
私としたことが……。
神具を使って間もない者に負けるなんて……。
おいっ!!
大丈夫か?
かすっただけなのに、倒れこんじまうなんて。
まさかの状況に驚いた俊樹は、倒れ込む綾子に近寄った。
フフフ。
力を使い過ぎちゃったからね。
それにあんたが予想以上に力を込めたから、私が押し負けたのよ。
そう、この勝負あなたの勝ちでいいわ。
はぁ?
何いってんだよ!!
怪我させちまったじゃねぇか。
ほらっ!!
負けを認めた綾子の言葉には耳を傾けず、体を抱きかかえて走りだした。
ちょ、あんた!!
何してんのよ?
降ろしなさいよ!!
抵抗しているのだが、力を使い過ぎた疲労感でなかなか上手くいかない。
こら、暴れんなって!!
今、家に連れてっからよ!!
家だって?
あんた私を連れて帰ってどうする気よ!!
俊樹の意味深な言葉に更に暴れ出す。
何誤解してんだよ!!
家に帰って婆ちゃんに診てもらうんだよ。
若い頃に治療とかやってたみたいだからよぉ。
そう言われた直後に綾子は意識を失った。
【3章】
〈7月8日-22時-〉
婆ちゃんの部屋へと運ばれた綾子は布団に寝かされていた。
その横では俊樹と婆ちゃんが話をしていた。
まさかあんたが関わっちまうとは……。
これも運命なのかねぇ。
運命?
婆ちゃん何言ってんだよ。
婆ちゃんが何にも気づいてないとでも思っているのかい?
全部知ってるよ。
この娘が雷神の力を使って神具を盗んだのも、あんたが風神の力を授かったのも。
なっ!!
全てを知られていた俊樹はあせって、はぐらかそうとするが通用しなかった。
昨日婆ちゃんが、夜に話があるって言ってたの覚えてるかい?
ああ。
それがどうかしたのか?
いつも口うるさい婆ちゃんが静かに話すため、俊樹もあまり強気にはならない。
実はねぇ、これから俊樹に関わる運命について話そうと思っていたんだけど、事が先に起きちまって。
だから、どういうことだよ婆ちゃん。
実は我が北条家はね、代々天之川神社に祀られる神具を守る家系でなぁ。
死んだ爺ちゃんもその任務についていた。
それで、神具がお披露目される今日の七夕祭りをお前の初任務とする予定だったんじゃ。
それが、話をする間もなく祭りに行っちまって。
17年もの間、北条家で生活してきた俊樹にとって綾子との戦い、婆ちゃんから聞かされた北条家の秘密はなかなか頭の整理がつくものではなかった。
そんな急に言われても……。
じゃあ、俺はこれからどうすればいいんだよ?
本来なら神具を守らないといけないのじゃが、お前はまだまだペーペーの坊主じゃ。
しかし、風神と契約してしまった以上、ただでは済まない。
これから神具を狙う刺客からその風袋を守っていかなければならん。
詳しいことは、明日にでも話そう。
この娘は婆ちゃんに任せて寝んさい。
婆ちゃんの真剣な顔つきと、孫が戦いに巻き込まれてしまったことに対する悲しみの目は俊樹の心に重く伝わった。
婆ちゃん分かったよ。
今日はありがとう。
おやすみ。
〈7月8日-8時30分-〉
2年D組の教室では、七夕祭りで起きた事件の話題で持ちきりだった。
なぁ俊樹、昨日は大丈夫だった?
俺たち気を利かせて祭りには行かなかったけど……。
おかげで中西先生に勘違いされたよ。
まぁ、気にすんな。
なんともないから……。
色々あったけど、どうせ信じてもらえないからな。
宮田が心配そうに尋ねるが、いつもと変わらぬ態度で返事をした。
そっか、なら良かったよ。
そういえば、藤原さんまだ来てないね。
喧嘩でもしたんじゃねーのか?
やはり、宮田と高橋は2人の様子が気になっているようだった。
さぁな。
来るわけねぇよ。
俺ん家で寝てんだから。
そう言って窓の外を見始めた。
チャイムが鳴り響き、中西先生が教室に入ってきた。
起立、礼。
みんな、おはよう!!
えー、みんなもう知ってると思うが、昨日七夕祭りで盗難事件が発生した。
犯人はまだ捕まってないから気をつけて行動するようにな。
それと……。
先生が注意を促していると、教室の前扉がガラリと開いた。
すいません。
遅くなりました。
藤原遅刻だぞ。
早く席に着け。
教室に入ってきたのは藤原綾子だった。
綾子はそのまま俊樹の席の隣にある自分の席へと座った。
おい、お前どういうことだよ?
神具はまだ諦めてないから。
だからあなたにピッタリくっ付いて隙を伺うことにしたから。
学校ではこのキャラで通すから絶対にバラすなよ?
じゃないと、あんたの秘密もバラすからな。
驚く俊樹に小声で話しかけたと思ったら、誰にもバレないように昨夜の話し方で脅し始めたのだった。
先生!!
一ついいでしょうか?
一瞬の怖い形相から一変、笑顔に戻った綾子は先生に尋ねた。
どうした藤原?
具合でも悪いのか?
いいえ。
実は昨日のお祭りで私と北条俊樹君はお付き合いさせていただくことになりました。
クラスのみなさんも以後よろしくお願い致しますね。
突然の報告にクラス中が固まった。
その沈黙を破ったのがこのクラスの女好き吉田君だった。
オーマイガー!!!!
えー!!
嘘、ほんとに!!
転校早々、すげぇな!!
俊樹やるじゃん!!
前の席の宮田は振り返り、親指を立てて続く。
ちょっと待てよ!!
俺はなぁ……。
こうなったら誰も聞いちゃくれねぇな。
おいおい、いったいこれから俺の生活はどうなんだよ!!
これであんたと常に一緒にいたとしても、全くおかしくないでしょ?
フフフ。
悪意のある綾子の笑みだが、その笑顔はたまらなく可愛かったため、俊樹の頬は赤く染まった。
絶対お前に神具は渡さねぇからな。
また返り討ちにしてやるよ。
覚悟しとけ。
俊樹は得意気に人差し指を突きたて、綾子を指した。
北条、藤原。
付き合ったのはわかったから、お前らはまた朝からイチャつくな!!
先生も笑いをこらえながら、なんとかホームルームを終えた。
あー!!
こんなはずじゃ……。
俊樹はそう言って、机に倒れ込んだ。
神具を巡り、
北条俊樹が巻き込まれた戦いは、
これより始まる。
【完】
ナンチャイさん
コメントありがとうございます!
ストリエで初めてコメントいただけました( ;∀;)
他の友達は自分達のことを知らないって設定が大好きで、話の最後に設定を入れたんです(^^)