ソフィーヤ

おえええぇぇぇ……うげえええぇぇぇ……

アリサ

うっ、うぅ……もう、どうすりゃいいんだ……

涙目になりながら、俺は便器に顔を突っ込むソフィーヤの背中をさする。強烈な酸味が鼻をえぐってくる。

幸い、あの後すぐに糞野郎が魔法をかけてくれ、俺の体は綺麗になった。初めてアイツに感謝した。

とはいえ、心の傷はしっかりと残ったまま。何より、糞野郎の怒りもそのままだ。

魔王

ひとまず飲み直す。このままじゃ気分もわりーし、店に迷惑かけた分は払ってやらねーとな

魔王

だがな、ここを出た後はすぐに魔王省行くぞ! あのマーライオンはもちろん、お前以外全員首にしてやる!

アリサ

ま、まずいですよそんなことしたら……魔王軍がガタガタになっちゃいますよ

魔王

だからもういらねーだろ! 勇者はいないんだし、帝国軍はオレ一人でも楽勝なんだよ!

魔王

オレにはお前だけいればいいんだ、なーアリサちゃん♪

酒臭い息を吐いて抱きついてきたが、俺は必死に自分をこらえる。ここで暴れて、俺も首になったら本当におしまいだ。

アリサ

と……とりあえず、ソフィーヤを介抱してきます。このままじゃ放っとけないんで……

魔王

なんだよ、いいだろそんな行き遅れ糞マーライオンなんざ……早く戻ってこいよ

アリサ

このままじゃ俺達どころか、魔王軍全体が終わりだ……だけどアイツは人の話を聞き入れるような奴じゃない

アリサ

クーデターの準備もまだできていない……どうすりゃいいんだよ、ちくしょう……

ソフィーヤ

おええええええええ

アリサ

うるせぇっ!! いつまで吐いてんだよこの飲んだくれ!!

アリサ

お前が……お前が余計なこと言わなけりゃ……うぅっ……

どれだけ怒っても嘆いていも、もはや後の祭り。俺は泣きそうな気持を堪えながら、ソフィーヤを介抱し続けた。




絶望のどん底に沈んでいた俺の元に、聞き覚えのある声がかけられる。

大丈夫ですか?

アリサ

あ……。あん、貴女、昨日の……

私、魔法を心得ておりますので、ご所望でしたらおかけ致しますが

アリサ

え、えぇ……お願い

藁にもすがる気分で、俺は頭を下げる。女性は泥酔しているソフィーヤを立ち上がらせ、洗面所で顔を洗わせた後に……

ソフィーヤ

……むにゃ……

アリサ

えっ……ね、眠った?

てっきり、酔いを醒ましてくれるのかと思っていた俺。ソフィーヤを抱えながら、女性は淡々と説明する。

治癒魔法と共に、催眠魔法もかけさせて頂きました。鮮明な意識で先程の記憶を思い出されるのは酷だろうと考えたので

アリサ

よ、余計なことすん……しないでよ……謝らせないといけないのに

……お言葉ですが、あの方の様子から見るに、下手な謝罪は逆効果かと思われます。ここは何も言わずに、帰らせた方がいいかと……

アリサ

……それも、そうだけどさ……

アリサ

貴女、どうしてこんなところに?

ソフィーヤの友人です。先程仕事から帰る途中、電話で呼び出されまして

お恥ずかしい話ですが……この子の酒癖はひどいものでして。アルコール自体は強い方なのですが、一度酔ってしまうと……ご覧の有様です

先程の言い争いは見ておりましたが、なにぶん相手はあの魔王様ですから、私も止められませんでした。申し訳ありません

アリサ

いいよ……悪いのはアイツなんだから

彼女は深々と頭を下げる。ソフィーヤとは長い付き合いだが、こんな友人がいたとは知らなかった。

……同時に、酔うとここまで酷くなるというのも始めて知った。俺と呑む時にはそんなそぶりなど欠片も見せなかったのだが。

失礼ですが、貴女は? 先程の様子からして、魔王軍関係者であることは窺えたのですが

アリサ

あー、えっと……仕事仲間、みたいなもんです。役職は下ですけど……

俺は言葉を濁す。同僚と言い切ってしまうと、ソフィーヤが四天王である以上正体を疑われる。

アリサ

あの、申し訳ないんですけど、友人でしたらソフィーヤを送ってやってくれませんか? アタシはまだアイツに付き添わなくちゃいけないから……

構いません。私もそのつもりで来ましたので

アリサ

そうですか、ありがとうございます。それじゃ……

……すみません、一つよろしいですか


糞野郎の元に戻ろうとした俺を、彼女が引きとめた。

ソフィーヤをパウダールームのカウンターに突っ伏させてから、俺と同じ目線までしゃがみこむ。

決して口外しませんので、お答え願えないでしょうか

……貴女は、魔王様がお嫌いですか?

内緒話をするような小さな声で、そっと。

アリサ

え、な、なんで……

あの子がここまで泥酔することは、今までは滅多に無かったのですが……八代目魔王が就任してから、もう数回このような経験がありまして

その度に彼女から聞かされているのです……8代目魔王からのむごい仕打ちを

各種ハラスメントを繰り返し、彼女のみならず同僚の方々にも暴言や乱暴を繰り返す反面、素顔を知らない部下達は魔王の気まぐれによる厚遇にすっかり騙され、現場でも疎んじられている……彼女は泣きながらそう話していました

アリサ

……ソフィーヤ……

私にはとても信じられません……ですが、酔っているとはいえ、この子がここまで手の込んだ嘘をつくとも思えません

この話は本当なのですか? どうか教えて下さい

アリサ

…………

若干躊躇いはあったものの、いつしか無意識に俺の口が動いてしまう。

アリサ

そうだよ。アイツは歴代最低最悪の魔王だ。あんな奴死んじまった方がいい

名前も知らない女性に、俺は抱えていた毒を吐き出してしまった。

……それは、今すぐにでもですか?

アリサ

…………あぁ、そうだ

一瞬心が揺らいだが、俺はきっぱりと頷く。どうせもう、元の姿に戻れる見込みなど無いのだ。

アリサ

お前だって聞いたんだろう? アイツが魔王軍のほぼ全員を首にするっつったのを。アイツは冗談でもなんでもなく、本気でソフィーヤ達を辞めさせる気だ

アリサ

いくら勇者と王国軍を壊滅させても、そんなことしたら俺達はおしまいだ。アイツが魔王軍を滅茶苦茶にする前に、今すぐにでも斃さなければなんねぇんだ

……そうですか。そこまで言うのなら、何か良案をお持ちなのでしょうか?

アリサ

……ねぇよ、何も……あったらこんなところでダレてねぇよ……

紅音とアイヴィアスに伝え……駄目だ。糞野郎に連絡先を消されてしまった。

ソフィーヤの携帯なら連絡できるだろうが、パスワードがかかっているだろう。

……そうですか、分かりました

女性は立ち上がり、寝かせたままだったソフィーヤの肩を持ち、出口へと運んでいく。
その途中で振り返り、

「今すぐにでも斃さなければ」……その言葉を聞いて、安心しました

アリサ

……どういう意味だよ?

私が言わずとも、すぐに分かります。それでは……

俺の質問に答えることなく、女性はソフィーヤを連れて、去っていった。

アリサ

……なんだったんだ、あの人……まるで俺達の計画すら知っているかのような口ぶりだった

魔王

いえぇぇぇい! イッキ! イッキ!

アリサ

ソフィーヤが話しちまったのか……? いや、流石のアイツも無関係な友人に漏らすほどの大馬鹿じゃないはず……

魔王

ご馳走様が聞こえなぁい! そんなんじゃまだまだ飲み足りなぁい!

アリサ

……いや、あのへべれけっぷりを見たら、絶対とは言えねぇけど……よしんば話したとして、魔王軍でも何でもねぇ一般人が噛むか? バレたら重罪だってのに……

魔王

おっけえええええい!! これでいくら使ったぁ!?

おっ、魔王様、ちょうど今ので、100万突破しましたぁ!!!

魔王

よっしゃーーーーー!!!!

魔王

じゃ行くか。会計頼む

アリサ

ちょっ、えっ!?

急変に俺のみならず、ホスト達全員が面食らう。オールしそうな勢いだった糞野郎が、いきなり冷めてしまったのだ。

魔王

ほら立てアリサ

アリサ

えー、ちょ、ちょっと待って下さい! まだ、もうちょっといたいなーなんて……

魔王

いいから行くぞ! 大臣も帰っちまうだろ!

アリサ

だ、大臣って……

魔王

決まってるだろ、魔王大臣だよ。お前がトイレ行ってる間に電話しといたんだ。今から魔王省行くから待ってろってな

魔王

首にするっつったって、ちまちま書類出してなんだかんだってやってたら拉致が開かねーだろ? 直接上行ってちゃっちゃと話つけるんだよ!

アリサ

駄目だぜんっぜん怒り収まってねぇぇえええ!!

楽しげに宴会を続ける様子から、もしやこのまま許してくれるんじゃないかと淡く夢みていたのに……

糞野郎は俺の手首を掴み、無理矢理出口まで引っ張っていく。ホスト達に目で訴えかけるも、誰も奴を引き留めようとはしない。

ほ、本日は、まことにありがとうございやしたー!

魔王

おう! 全員首にできたらまた祝わせてやるからよ! たっぷりボトル用意しとけや!

りょ、了解しましたー!

カウンターで会計を済ませ、スタッフ全員に見送られる。もう駄目だ、おしまいだ……
俺が諦めた、その時。

も、もう無理だーー!! 助けてーー!!

まさに今糞野郎が店を出ようとしたところで、真っ青な顔をした警察官が飛び込んできた。

避ける暇も無く二人はぶつかり、
情けなく床を転げ回る。

魔王

んだテメェ! ちゃんと前見ろや!

す、すみません……って貴方は、魔王様!?

お願いです、なんとかして下さい! 外に、外に……!

起き上がった糞野郎に、
警察官は涙目ですがりつく。

魔王

あぁ? 外に何があんだよ……

彼を引き剥がした糞野郎が、俺を連れてサパークラブの外に出る。そして……

魔王

な、なんだありゃーーーーー!!!

ビルの屋上に立つ二体の巨影を見て、混乱の叫びをあげる。俺に至っては声すら出てこなかった。

地響きの如きうなり声をあげる、全身に鎖が巻かれた狼。見る者全てを威圧するように、全身の毛が逆立っている。

それに相対するのは、白銀の鎧を着込み大槍を軽々と振るう老翁。どちらも元の俺すら上回るほどの巨大な体格。

屋上をリングに、一対の異形は死闘を繰り広げている。かなり遠くで争っているというのに、破壊音と衝撃がここまで伝わってきた。

魔王

あ……ありゃあ、オーディンとフェンリルじゃねぇか!! どうしてこんなところに!!

た、多分、ビックサイトから逃げ出してきたんだと思います!! ほら今あそこ召喚獣展やってるから!!

そ、それと魔王様、アイツらだけじゃないんです! ほら、街を見て下さい!

警官に言われて、俺達は視線を降ろす。二体の怪物から逃げ惑う市民の中に混じっているのは――

おらおらおらぁぁぁ!!! 魔王はどこじゃあああぁぁぁ!!!

さっさと出てこねぇと市民を殺っちまうぞぉぉぉ!!?

わああぁぁぁぁ!!

た、助けて、助けてぇぇ!!

はっ、逃げろ逃げろ! なんだぁ魔族共も案外大したことねぇじゃねぇか!

混乱する夜の繁華街の中、好き放題に暴れまわる男達。あちこちの店のガラスや看板を破壊しては、逃げ惑う市民達に下卑た高笑いをあげている。

着込んでいる画一的な見た目の鎧には見覚えがあった。

アリサ

お……王国軍の兵士!? どうしてこんなところに!?

こっちが聞きたいですよ!! 召喚獣はともかく、なんだって繁華街の真ん中にいきなり人間共が現れたんですか!!?

魔王

し、知らねーよそんなん!!

異常事態に俺も糞野郎も動揺を隠せない。
サパークラブで飲んでいた間に、
街がこんなことになっていたなんて。

外の異変に気付いたクラブのスタッフ達の間にも、同様と恐怖が広がっていく。

お、おい、これヤバくないか!? どうすればいいんだよ!

魔王様、助けて下さい!

魔王

あ、アリサ、どうすんだこういう時……!

アリサ

あぁもう、つっかえねぇ糞野郎が! 民の前でそんな情けねぇ姿見せてんじゃねぇ!

アリサ

ひとまず魔王様は上空から応戦して下さい。兵士達の狙いは貴方ですから、地上にいたら市民が巻き込まれてしまいます

アリサ

オーディンとフェンリルは放って置くしか無いでしょう。幸いアイツらは宿敵のライバル関係。どちらかが斃されない限り俺達には目もくれないはずです

アリサ

スタッフの皆さんは裏口から逃げて。俺は携帯で魔王軍の奴らを呼んできます。魔王様、早く飛んで下さい

魔王

い、いやちょっと待ってくれアリサ。今はもう魔力が無いから、お前も一緒に――

アリサ

飛べっつってんだろ早くしろこの馬鹿ッッッ!!!

魔王

ち、ちくしょう、分かったよ!

俺がありったけの声で怒鳴り散らすと、糞野郎は慌てて上空へと飛んでいく。よし、今の俺ならある程度は奴を制御出来る。

糞魔王がーーー!!! さっさと出てこいやーーー!!!

この辺りにいるのは分かっとんじゃーーー!!!

アリサ

駄目だアイツら、兜被ってるせいで上の糞に気付いてねぇ

アリサ

上だーーーーーーー!!! 上に糞魔王がいるぞーーーーー!!! タマ取ったれやーーーー!!!

再び大声をあげると、兵士達が次々と夜空を見上げる。こそこそ飛び回っていた奴が狼狽えた。

魔王

お、おいっちょ、アリサ――

あぁ!? あっいたぞ、あそこだッ!!

来いや来いや!! 市民なんざほっとけ!!

こっちだこっちだ!!!

みるみるうちに兵士達は糞野郎の下に集合していく。ざっと数えるだけでも、恐らくは二百人以上。その全員がヤクザ顔負けの怒声を放つ。

ごらぁぁぁぁあああ!!! 降りてこいやぁぁぁあああ!!!

魔王

だ、誰が降りるかバーカバーカ!

あーいーよだったらそのまんま串刺しにしたるわ!

そういうと彼らは一旦離散した。そして、手近にあったものを片っ端から拾い集め、

おらおらおらああぁぁあぁぁあ!!

魔王

おわああああああああ!!!

頭上の糞野郎に向かって投げ始めた。

自前の剣から、
どこかの店から取ってきたナイフや包丁、
道ばたで割れているガラス瓶、
はてはレンガやコンクリートの破片まで。

恐ろしく原始的な戦い方だが、
糞野郎にとっては効果抜群だ。

なぜなら、頭上を二体の怪物が飛び回っているせいで、満足な高度を出せないからだ。

落ちてきた獲物は再び拾って投げるため、弾数は実質無限。それどころかどんどん集まっていく。

魔王

ち、ちくしょう、オラ死ねっ!!!

おわぁぁぁああああ!!!

魔王

はっはー!! この雑魚が!! テメー等も消し炭にしてやんよ!!

それがどぉしたぁぁああああ!!! こちとらハナっから差し違える覚悟じゃああああ!!!!

上だ!! 近くの建物上がって、窓からもぶん投げるぞ!!

おおうっ!!!

魔王

ちくしょぉぉぉぉおおおお!!! なんなんだお前等、さっきはあんなに逃げ回ってたくせにぃぃぃぃ!!!

すぐそばで電撃が炸裂しても、兵士達は一切怯まない。言動は荒っぽいが、本物の戦士達だ。

アリサ

こりゃひょっとすると、アイツらが糞野郎を斃してくれるんじゃ……いやいや、もしそうなっても後が大変だ。あんな蛮族じみた奴ら止められねぇぞ

アリサ

と、とりあえず眺めてねぇで連絡しねぇと……真っ先にかけるべきは……

アリサ

ジオットだ! アイツなら魔獣軍はもちろん、紅音とアイヴィアスも呼べるはず!

俺はクラブの扉を閉め、鍵をしっかりとかける。その後逃げ惑うスタッフ達から離れて、店の隅へ向かった。

Xperiaを取り出して、記憶の網を引っ張り、ダイヤル画面でジオットの携帯番号を打ち込む。

アリサ

早く出ろ早く出ろ早く出ろ

アリサ

………………

アリサ

全然出ねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!!

怒りで携帯を放り投げてしまいそうになる。
こんな非常事態に何やってるんだ!

せめて魔獣軍だけでも呼ばなければ。電話を切った俺は、今度はグラドの番号をかける。

幸い、こっちは数コールで電話が繋がる。
聞こえてきたのは眠そうなグラドの声。

グラド

……ふぁぁい、なんですかぁ……

アリサ

グラド! 今どこにいんだ!

グラド

そりゃ決まってるでしょ、前線基地ですよ……当直だって言ったじゃないっすか……まぁ自分は寝てましたけど……

アリサ

ジオットはどこだ! 電話かけても出ねぇぞ!

グラド

えー……? そりゃないでしょ……さっき交代したんですから、司令室にいるはずですよ……

アリサ

とりあえず全員戻ってこい! 魔界に王国軍の兵士が押し寄せてきやがった!

グラド

は……っ

グラド

えぇぇぇぇえええええ!!!? やばいじゃないっすかそれ!!

アリサ

だから戻ってこいって言ってんだろ! さっさと警報鳴らして全員集めろ!

グラド

わ、分かりました!

グラド

………………

グラド

…………あの、エルドラゴさん……

アリサ

どうした!!

グラド

誰も……誰も来ないんですけどぉぉぉぉぉおおお!!!?

アリサ

はああああああ!!? どういうことだよ!!

グラド

ちょ、ちょっと待って下さい!

グラド

おーーーい!!! 誰かーーー!!!

グラド

エルドラゴさん!! だ、誰もいません!! 魔獣軍の奴ら、みんな消え失せてます!! ジオットも!!

アリサ

な、なんでだよ!!? どこ行っちまったんだよ!!

グラド

じ、自分も分かりません! ほんとについさっき、交代する前まで居たはずなのに……!

グラド

あ……もしかして……

アリサ

なんだ!?

グラド

ちょ、ちょっと待ってて下さい!

グラド

も、門が開いてる……

アリサ

……ウソだろ……!?

グラド

え、えーっと最悪な結果ですが一応事態が掴めました……そっちの兵士達はここの門を通って魔界に向かい、魔獣軍はそれを追って基地から出てったんだと思います

アリサ

なんでそんな簡単に通しちまうんだよ!! なんで俺や糞魔王に連絡しねぇんだよ!! なんでお前だけ置いてかれたんだよ!! なんでジオットは電話出ねぇんだよ!!

グラド

そ、そんな矢継早に質問されても……!

アリサ

とにかくお前も帰って来い!! 人間共を止めねぇと!

グラド

わ、分かりました! すぐ向かいます!

アリサ

どうする……どうすりゃいい……!?

通話を切った俺は頭を抱える。魔界に人間共が攻め込んできたという最悪の状況。

おまけに奴らを追ってきたはずの魔獣軍とは、いまだ一切連絡が取れない。一体どうしてこんなことに。

だが、緊迫した状況は、俺に思案を許さなかった。

締め切っていた扉から鈍い音が何度も響いてくる。兵士たちから逃げてきた市民か――

いや違う。その音は明らかに、この店に逃げ込むのではなく……「乗り込もうと」していた。

おらあああぁぁ!!

限界を迎えた扉は、金具がはじけ飛び、轟音と共にこじ開けられる。

木片や鉄くずが四方八方に吹き飛ぶ中、王国軍の兵士が二人、サパークラブに入ってきた。

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